「お客様が増えているのに、なぜか通帳の残高が増えない——」
創業から1〜2年目の経営者の方から、こうしたご相談をいただくことが少なくありません。実績づくりのために安い価格で受注し、そのまま値上げできずに走り続けてしまう。売上は伸びているのに、利益が残らない。これは多くのスタートアップが陥る「安売りの沼」です。
京セラ創業者の稲盛和夫氏の有名な言葉に「値決めは経営」というものがあります。価格設定は単なる営業判断ではなく、事業の生死を左右する経営判断そのものです。本記事では、数字をベースにした価格戦略の基本から、値上げのタイミング・伝え方まで、実践的に解説します。
なぜスタートアップは「安売りの沼」にはまるのか
創業期に低価格で受注してしまう理由は、大きく3つあります。
- 実績がないから自信がない:まだ成功事例が少ない段階では「この価格でお願いされるだけありがたい」という心理が働きます。
- 競合の価格に引っ張られる:大手や老舗の価格帯を意識しすぎて、差別化の手段を「安さ」に求めてしまいます。
- 原価と利益率を正確に把握していない:そもそも自分の商品・サービスの「本当のコスト」を計算していないケースが多いのです。
問題は、安い価格で始めたものの、そこから抜け出せないまま事業を拡大してしまうことです。人を雇い、設備を増やし、売上は伸びる。しかし手元に残るお金は増えない。最悪の場合、「黒字倒産」という事態にもなりかねません。
まず押さえたい「原価率」と「粗利率」の基本
原価率と粗利率の計算方法
価格設定の出発点は、自社のコスト構造を正確に把握することです。基本的な計算式を確認しましょう。
- 原価率(%)= 売上原価 ÷ 売上高 × 100
- 粗利率(%)=(売上高 − 売上原価)÷ 売上高 × 100
例えば、1件あたりの売上が10万円で、材料費・外注費・直接人件費などの原価が6万円であれば、原価率は60%、粗利率は40%です。この粗利4万円の中から、家賃・通信費・広告費・間接人件費などの固定費を賄い、さらに利益を残す必要があります。
業種別の粗利率の目安
粗利率は業種によって大きく異なります。一般的な目安を知っておくと、自社の水準が適正かどうかを判断する参考になります。
- 飲食業:60〜70%(ただし人件費・家賃負担が大きい)
- 小売業:25〜50%
- 製造業:30〜50%
- IT・Web制作:50〜80%
- コンサルティング・士業:70〜90%
サービス業は原価のほとんどが「自分自身の時間」です。だからこそ見えにくいのですが、自分の時間にも適正なコストを設定することが不可欠です。
「時間単価」で考えると安売りの怖さが見える
特にフリーランスやサービス業のスタートアップにおすすめしたいのが、時間単価での逆算です。
たとえば、月の売上目標が50万円で、月の稼働可能時間が160時間だとします。しかし、実際に売上を生む「稼働時間」は、営業・経理・移動などを差し引くと半分の80時間程度が現実的です。
この場合、必要な時間単価は50万円 ÷ 80時間 = 6,250円となります。さらに、ここから社会保険料・税金・将来の投資資金を確保するなら、実質的にはその1.3〜1.5倍、つまり時間単価8,000〜9,500円は最低ラインです。
1件5万円の仕事に20時間かけていたら、時間単価は2,500円。最低賃金を下回ることすらあり得ます。この計算をしてみるだけで、「今の価格が適正かどうか」は一目瞭然です。
適正価格の設定——3つのアプローチ
値決めには主に3つのアプローチがあります。これらを組み合わせて考えることが重要です。
①コストベース(原価積み上げ方式)
原価に必要な利益を上乗せする方法です。「原価 ÷(1 − 目標粗利率)= 販売価格」で計算します。原価6万円で粗利率50%を目標とするなら、販売価格は6万円 ÷ 0.5 = 12万円です。
②マーケットベース(市場価格参照方式)
競合他社の価格帯を調査し、その中でのポジションを決めます。ただし、単に「競合より安くする」だけでは消耗戦になります。価格以外の付加価値で差別化する視点が欠かせません。
③バリューベース(提供価値基準方式)
お客様がそのサービスから得る価値を基準にする方法です。例えば、税理士の節税提案で年間100万円のコスト削減ができるなら、その報酬が30万円でも「お客様にとっては70万円のプラス」になります。価値を言語化・数値化できれば、高い価格でも納得いただけます。
値上げのタイミングと伝え方
値上げすべき3つのサイン
- 稼働率が常に90%以上:仕事を断らざるを得ない状態は、価格が低すぎるサインです。
- 粗利率が業種平均を下回っている:前述の業種別目安と比較してみましょう。
- 新規受注を増やしても手元資金が増えない:売上と利益が比例していない状態です。
既存顧客への値上げの伝え方
値上げは経営者にとって心理的なハードルが高いものですが、以下のポイントを押さえれば、関係を壊さずに実行できます。
- 1〜2ヶ月前に事前告知する:突然の値上げはお客様の信頼を損ねます。
- 値上げの理由を誠実に伝える:「品質向上のため」「サービス内容の拡充に伴い」など、お客様にとってのメリットを添えましょう。
- 新規顧客から先に新価格を適用する:既存顧客には猶予期間を設けることで、段階的に移行できます。
- 松竹梅のプラン設計を用意する:価格帯の選択肢を設けることで、値上げへの心理的抵抗を軽減できます。
実際に、当事務所にご相談いただいたWeb制作会社の経営者の方は、1件あたりの単価を30%引き上げた結果、受注件数は1割ほど減少したものの、粗利益は約15%増加し、労働時間にも余裕が生まれました。「もっと早く値上げすればよかった」というお声をいただいています。
数字で語れる経営をするために
価格設定を「感覚」から「数字」に変えるだけで、経営の意思決定は格段にクリアになります。そのために、日常的に取り組んでいただきたいのが以下の3点です。
- 月次で粗利率を確認する:年に一度の決算だけでは手遅れになることがあります。
- 案件ごとの原価(時間を含む)を記録する:「儲かっている仕事」と「儲かっていない仕事」を見える化しましょう。
- 税理士・会計の専門家と定期的に数字を振り返る:客観的な視点を入れることで、値決めの判断精度が上がります。
まとめ
値決めは経営の根幹です。安売りは短期的には仕事を得る手段になりますが、長期的には事業の体力を奪います。
- 原価率・粗利率を正しく計算し、自社のコスト構造を把握する
- 時間単価で逆算し、適正な価格水準を見極める
- コスト・市場・提供価値の3つの視点から価格を設定する
- 値上げのサインを見逃さず、誠実な伝え方で実行する
「自分のサービスの適正価格がわからない」「値上げしたいけど、どう進めればいいか不安」——そんなお悩みがあれば、ぜひ一度ご相談ください。平川文菜税理士事務所では、数字に基づいた価格戦略・経営計画のサポートを行っています。
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