「スタートアップへの再投資で非課税になる制度があるらしいけれど、自分の会社は対象になるのだろうか」「申請の手続きが複雑そうで手が出せない」――2026年度税制改正で新設された「スタートアップ再投資非課税措置」について、こうした疑問をお持ちの経営者の方は少なくありません。本記事では、制度の概要から対象要件、申請の流れ、そして実際の活用シーンまで、税理士の視点でわかりやすく整理していきます。
01スタートアップ再投資非課税措置の概要
制度が新設された背景
日本のスタートアップ・エコシステムでは、エグジット(株式売却やIPO)後の資金が再び新たなスタートアップへ還流しにくいという課題が長年指摘されてきました。エグジットで得たキャピタルゲインに対する課税が、連続起業家(シリアルアントレプレナー)やエンジェル投資家の再投資意欲を削いでいるとの声が強かったのです。
こうした背景を受け、2026年度税制改正では、スタートアップ株式等の譲渡で得た利益を一定期間内に別のスタートアップへ再投資した場合、その譲渡益に対する所得税・住民税を非課税とする「スタートアップ再投資非課税措置」が創設されました。
制度の基本的な仕組み
本措置のポイントは、「出口で得た利益を、入口に戻す」流れを税制面で後押しすることにあります。具体的には、対象となるスタートアップの株式や持分を譲渡した際に生じた譲渡所得について、再投資額に相当する部分の課税を繰り延べ、最終的に一定要件を満たせば非課税とする仕組みです。
イメージとしては、以下のような流れになります。
- 保有するスタートアップA社の株式を譲渡し、譲渡益が発生する
- 譲渡日の属する年の翌年12月31日までに、別のスタートアップB社へ再投資を行う
- 再投資額に対応する譲渡益について、確定申告で非課税の適用を申請する
- B社が一定期間(原則5年間)対象要件を満たし続けた場合、課税が確定的に免除される
ポイント:本措置は、既存のエンジェル税制(スタートアップへの投資時点での所得控除や株式譲渡益の繰延べ)とは別の制度です。エンジェル税制と併用できるケースもありますが、重複適用の制限があるため、事前に整理しておくことが重要です。
02対象要件を詳しくチェック
譲渡する側(投資家・起業家)の要件
本措置を利用できるのは、以下の要件を満たす個人です。
- 日本国内に住所を有する居住者であること
- 譲渡する株式等を、設立10年以内のスタートアップ(中小企業基本法上の中小企業者に該当するもの)の発行する株式として取得していたこと
- 譲渡した株式等の保有期間が1年以上であること
- 譲渡先が特別関係者(配偶者・直系血族・同族関係者等)でないこと
再投資先(スタートアップ)の要件
再投資先のスタートアップにも、以下の要件が求められます。
- 設立から10年未満の中小企業者であること(資本金10億円未満かつ従業員数2,000人以下)
- 特定の業種制限に該当しないこと(風俗営業等は対象外)
- 経済産業大臣が認定する「特定新規中小企業者」に該当すること、または都道府県知事の確認を受けた企業であること
- 外部資本比率が一定以上であること(大企業の子会社でないことの確認)
再投資の金額・期間要件
非課税の対象となる再投資額には上限があります。
- 年間の再投資額の上限:2億円
- 再投資の期限:株式譲渡を行った日の属する年の翌年12月31日まで
- 非課税となるのは再投資額に対応する譲渡益部分のみ(再投資額が譲渡益を下回る場合は、差額部分は通常どおり課税)
たとえば、A社株式の譲渡益が5,000万円で、そのうち3,000万円をB社に再投資した場合、3,000万円に対応する譲渡益部分が非課税対象となり、残り2,000万円分は通常の株式譲渡所得として課税されます。
03申請手続きの流れ
実際に本措置の適用を受けるためには、以下のステップで手続きを進める必要があります。
ステップ1:再投資先の確認書類を取得する
再投資先のスタートアップが「特定新規中小企業者」の要件を満たすことについて、都道府県知事の確認書または経済産業大臣の認定書を取得します。これは投資先企業側が申請するものですので、投資を行う前に企業側へ確認を依頼しましょう。
ステップ2:投資契約の締結と払込み
所定の期限内に、再投資先企業の株式(新株発行に限る)を取得します。既発行株式の取得(いわゆるセカンダリー取得)は原則対象外となるため注意してください。払込みの事実を証する書類(株式引受契約書、払込証明書等)を保管しておきます。
ステップ3:確定申告で非課税適用を申請する
株式を譲渡した年分の確定申告において、以下の書類を添付して非課税措置の適用を申請します。
- 株式譲渡に関する計算明細書
- 再投資先の確認書(都道府県知事発行)または認定書の写し
- 株式引受契約書・払込証明書の写し
- 非課税措置の適用に関する明細書(所定様式)
ステップ4:事後報告(5年間)
適用後5年間にわたり、再投資先企業が要件を満たし続けていることを確認するため、毎年の確定申告時に継続届出書を提出する必要があります。この期間中に要件を満たさなくなった場合は、遡って課税が行われる点に注意が必要です。
注意:再投資先の企業が5年以内に解散・廃業した場合や、大企業の完全子会社になった場合などは、非課税の適用が取り消されます。取り消しが生じた年分の確定申告で修正が必要となりますので、投資先企業の状況は継続的にモニタリングしてください。
04具体的な活用シーン――ケーススタディで理解する
ケース1:シリアルアントレプレナーのAさん
Aさんは2022年に創業したSaaS企業の株式を2026年3月に事業会社へ譲渡し、約8,000万円の譲渡益を得ました。通常であれば約20.315%の税率で約1,625万円の税負担が生じます。
しかしAさんは、2026年10月に新たなAIスタートアップを設立し、自ら5,000万円を出資しました。この再投資が本措置の要件を満たせば、5,000万円に対応する譲渡益部分が非課税となり、課税対象は残りの3,000万円分(約609万円の税負担)に圧縮されます。差額の約1,016万円を新事業の運転資金に充てることが可能です。
ケース2:エンジェル投資家のBさん
Bさんは複数のスタートアップに投資を行っており、2026年にそのうち1社がM&Aでエグジットし、2,000万円の譲渡益が発生しました。Bさんは同年中に別のスタートアップ2社へそれぞれ1,000万円ずつ、合計2,000万円を再投資しました。全額が非課税対象となり、約406万円の税負担がゼロになります。
このように、本措置はスタートアップ・エコシステム内で資金が循環する好循環を生み出すことが期待されています。
05活用にあたっての注意点と税理士からのアドバイス
エンジェル税制との関係を整理する
先述のとおり、本措置は既存のエンジェル税制とは別の制度ですが、同一の再投資について両方の優遇を重複して受けることはできません。どちらの制度を利用した方が有利かは、譲渡益の金額・再投資額・他の所得の状況によって異なります。必ず事前にシミュレーションを行いましょう。
「新株発行」への出資であることを確認する
本措置の対象となるのは、再投資先企業が新たに発行する株式の取得(増資引受け)に限られます。既存株主からの株式購入は対象外です。投資形態を間違えると非課税措置を受けられなくなるため、契約前に必ず確認してください。
5年間の継続要件を軽視しない
非課税が確定するのは5年後です。その間、再投資先企業が要件を逸脱すれば課税が復活します。投資先の経営状態や企業規模の変動に注意を払い、必要に応じて税理士と連携して継続届出書の提出を怠らないようにしましょう。
- 2026年度税制改正で「スタートアップ再投資非課税措置」が新設され、スタートアップ株式の譲渡益を再投資に回すことで非課税となる仕組みが整備された
- 対象となるのは設立10年未満の中小企業者への新株出資で、再投資上限は年間2億円、再投資期限は譲渡年の翌年末まで
- 確定申告時に所定の書類を添付して申請し、その後5年間は継続届出が必要
- エンジェル税制との重複適用は不可のため、事前にどちらが有利かシミュレーションを行うことが重要
- 5年以内に再投資先が要件を満たさなくなった場合は課税が復活するため、投資先のモニタリングを欠かさないこと
