「事業が回り始めて、そろそろ人を雇いたい。でも届出や給与計算って何から手を付ければいいの?」——創業期の経営者からもっとも多くいただくご相談のひとつです。届出先は労働基準監督署・ハローワーク・年金事務所・税務署と多岐にわたり、期限もバラバラ。本記事では2026年3月時点の制度をもとに、1人目の採用で慌てないためのロードマップを時系列で整理します。

01採用「前」に確認しておくべき3つのこと

雇用形態と労働条件の整理

正社員・パート・アルバイトのいずれであっても、雇い入れる際には「労働条件通知書」を書面(またはメールなど電磁的方法)で交付する義務があります(労働基準法第15条)。少なくとも以下の項目は採用前に決めておきましょう。

  • 契約期間(有期・無期)
  • 就業場所と業務内容
  • 始業・終業時刻、休日、休憩
  • 賃金の額・計算方法・締め日・支払日
  • 退職に関する事項(解雇事由を含む)

社会保険・労働保険の加入義務を事前に判定する

後述しますが、法人であれば従業員数にかかわらず社会保険(健康保険・厚生年金保険)の適用事業所となります。個人事業主の場合は常時5人以上を使用する一定の業種で強制適用です。1人目の採用前に、自社がどの保険に加入すべきかを確認しておくとスムーズです。

02採用後の届出ロードマップ——提出先・書類・期限を一覧で整理

労働基準監督署への届出

従業員を1人でも雇ったら、以下を管轄の労働基準監督署に届け出ます。

  1. 労働保険 保険関係成立届:保険関係が成立した日の翌日から10日以内
  2. 労働保険 概算保険料申告書:保険関係が成立した日の翌日から50日以内

労災保険は雇用形態を問わず、1人でも雇えば加入が必要です。パート・アルバイトも対象になる点に注意してください。

ハローワークへの届出

週20時間以上勤務し、31日以上の雇用見込みがある従業員は雇用保険の被保険者となります。

  1. 雇用保険 適用事業所設置届:設置の日の翌日から10日以内
  2. 雇用保険 被保険者資格取得届:雇入れの翌月10日まで

年金事務所への届出(社会保険)

法人の場合、役員報酬を受け取る代表者1名の段階ですでに社会保険の適用事業所ですが、従業員を新たに雇う場合は「被保険者資格取得届」を事実発生から5日以内に提出します。

ポイント:届出の「起算日」は届出書類ごとに異なります。最短で「5日以内」のものがあるため、採用日が決まったら届出書類の準備を同時に進めましょう。届出が遅れると、遡及して保険料を徴収されるケースもあります。

税務署への届出

給与を支払う事業者は、初めて給与を支払う日の前日までに「給与支払事務所等の開設届出書」を所轄税務署に提出します。開業届と同時に提出済みの場合は不要です。

また、従業員が常時10人未満であれば「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」を提出することで、源泉所得税の納付を年2回(7月と1月)にまとめることが可能です。資金繰りの観点から、小規模事業者にはおすすめの制度です。

03給与計算の基本——毎月やるべきことを押さえる

給与計算の流れ

給与計算は大きく「総支給額の計算」「控除額の計算」「差引支給額の算出」の3ステップです。

  1. 総支給額:基本給+残業手当+通勤手当などを合計
  2. 控除額:健康保険料・厚生年金保険料・雇用保険料・所得税(源泉徴収)・住民税を差し引く
  3. 差引支給額:手取り額を算出し、指定日に振り込む

源泉徴収のしくみ

毎月の給与から所得税を天引きし、原則として翌月10日までに国に納付します。税額は「給与所得の源泉徴収税額表」を用いて決定します。従業員から「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を受け取り、甲欄・乙欄の判定を行うことが最初の一歩です。

住民税の特別徴収

住民税は、従業員の住所地の市区町村から届く「特別徴収税額決定通知書」に基づき、毎月の給与から天引きして翌月10日までに納付します。新たに採用した従業員が前職で普通徴収だった場合には「特別徴収切替届出書」を市区町村へ提出します。

注意:住民税の特別徴収は原則として全ての給与所得者に対して行う義務があります。「少人数だから普通徴収で」という対応は認められないケースがほとんどです。自治体によっては切替届出を厳格に運用しているため、早めの手続きが安心です。

04社会保険の加入義務——パート・アルバイトの判定基準

法人は従業員数に関係なく強制適用

株式会社・合同会社などの法人は、従業員が1人でもいれば社会保険の強制適用事業所です。個人事業主の場合は、常時5人以上の従業員を使用する法定16業種が強制適用となります。

パート・アルバイトの加入判定

2024年10月から、従業員数51人以上の企業で短時間労働者への社会保険適用が拡大されました。2026年3月現在の判定基準は以下のとおりです。

  • 週の所定労働時間が20時間以上
  • 月額賃金が8万8,000円以上
  • 2か月を超える雇用の見込みがある
  • 学生でないこと

従業員数50人以下の企業では、フルタイム従業員の所定労働時間・日数のおおむね4分の3以上であれば加入義務が生じます。1人目がパートの場合でもこの基準を満たせば届出が必要ですので、労働時間の設計段階から意識しておきましょう。

05採用後に忘れがちな年間スケジュール

1人目を雇ったあとも、年間を通じてさまざまな手続きが発生します。主なものを挙げておきます。

  • 毎月:給与計算、源泉所得税・住民税の納付
  • 6月:住民税の年度切替(特別徴収税額の更新)
  • 7月:算定基礎届(社会保険の標準報酬月額の見直し)、労働保険の年度更新
  • 11月~12月:年末調整の準備・実施
  • 1月:法定調書の提出、給与支払報告書の市区町村への提出

とくに初年度は年末調整が初めての作業となるため、秋口から早めに従業員へ必要書類の案内を始めると余裕を持って対応できます。

この記事のまとめ
  • 従業員を1人でも雇ったら、労働基準監督署・ハローワーク・年金事務所・税務署への届出が必要。届出期限は最短5日のものもあるため、採用決定と同時に準備を進める。
  • 給与計算では「総支給額の計算→社会保険料・税金の控除→差引支給額の算出」の流れを毎月繰り返す。源泉徴収税額表の適用区分(甲欄・乙欄)の確認を忘れずに。
  • 法人は従業員数に関係なく社会保険の強制適用。パート・アルバイトも労働時間や賃金の基準を満たせば加入対象となる。
  • 住民税の特別徴収は原則義務。少人数でも普通徴収への切替は基本的に認められない。
  • 年末調整や労働保険の年度更新など、年間を通じた手続きも視野に入れて計画的に対応することが大切。