創業期は、前職の退職所得や副業的に始めた不動産投資の赤字、さらには保有株式の譲渡損失など、複数の所得区分が入り乱れやすい時期です。「事業が赤字なのに税金を払いすぎている気がする」「株の損失は他の所得と相殺できないの?」――そんな疑問を抱えたまま確定申告を終えてしまうと、本来取り戻せたはずの税金を見逃すことになりかねません。本記事では、損益通算と損失の繰越控除の基本ルールを整理し、創業期に多いケーススタディで具体的な活用法を解説します。
01損益通算の基本ルール――対象になる所得・ならない所得
損益通算とは
損益通算とは、一定の所得区分で生じた赤字(損失)を、他の黒字の所得から差し引くことができる制度です。所得税法第69条に規定されており、正しく適用すれば課税所得を圧縮し、納税額を大幅に抑えることが可能です。
損益通算できる4つの所得区分
損益通算の対象となるのは、以下の4つの所得区分で生じた損失に限られます。
- 不動産所得の損失
- 事業所得の損失
- 山林所得の損失
- 譲渡所得の損失(ただし土地・建物等および株式等の譲渡損失は原則除外)
覚え方として「ふじさんじょう(不・事・山・譲)」と語呂合わせで押さえておくと便利です。
損益通算できない代表的なケース
創業期の経営者が特に注意すべき「損益通算できないケース」を整理しておきます。
- 上場株式等の譲渡損失:申告分離課税のため、原則として他の総合課税の所得とは通算できません。ただし、上場株式等の配当所得と申告分離課税を選択した場合に限り通算が可能です。
- 不動産所得の損失のうち、土地取得に係る借入金利子部分:損益通算の対象から除外されます(租税特別措置法第41条の4)。
- 雑所得・一時所得の損失:そもそも損益通算の対象外です。副業の暗号資産取引の損失(雑所得)などは他の所得と相殺できません。
- 生活用資産の譲渡損失:マイホームの特例を除き、通算不可です。
ポイント:損益通算には「通算の順序」が定められています。まず経常所得グループ内(不動産所得・事業所得・利子所得・配当所得・給与所得・雑所得)で通算し、次に他のグループ(譲渡所得・一時所得、山林所得、退職所得)へ順次通算していきます。順序を誤ると控除額に差が出る場合があるため、申告書作成時には注意が必要です。
02損失の繰越控除――赤字を3年間持ち越す仕組み
純損失の繰越控除(青色申告の場合)
損益通算をしてもなお控除しきれない損失(純損失)がある場合、青色申告者であれば翌年以降3年間にわたって繰り越し、各年の所得から控除できます(所得税法第70条)。たとえば2025年分の確定申告で200万円の純損失が残った場合、2026年分・2027年分・2028年分の所得から順次差し引くことが可能です。
上場株式等の譲渡損失の繰越控除
上場株式等の譲渡損失については、確定申告で「上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除」の特例を適用することで、翌年以降3年間、上場株式等の譲渡所得および申告分離課税を選択した配当所得から控除できます(租税特別措置法第37条の12の2)。
ここで重要なのは、損失が発生した年から連続して確定申告書を提出し続ける必要があるという点です。途中の年で申告を怠ると、繰越控除の権利を失ってしまいます。
繰戻還付という選択肢
青色申告者には、前年に納めた所得税の還付を受ける「純損失の繰戻還付」(所得税法第140条)という制度もあります。前年が黒字で今年が赤字という場合に有効ですが、前年の所得税額が上限となるため、創業初年度には使えない点に注意してください。
03ケーススタディ――創業2年目の経営者Aさんの場合
Aさんのプロフィール
2025年4月に会社を退職し個人事業を開業したAさん(青色申告届出済み)の2025年分の所得状況は以下のとおりです。
- 事業所得:マイナス300万円(創業赤字)
- 給与所得:250万円(退職前1~3月分の給与)
- 不動産所得:プラス80万円(区分マンション1室の賃貸)
- 上場株式の譲渡損失:マイナス120万円
ステップ1:損益通算の適用
まず、事業所得の損失300万円を、同じ経常所得グループの給与所得250万円・不動産所得80万円と通算します。
−300万円 + 250万円 + 80万円 = +30万円
損益通算の結果、経常所得グループは30万円の黒字となりました。事業所得の赤字はすべて吸収されています。
ステップ2:上場株式の譲渡損失の取り扱い
上場株式の譲渡損失120万円は、総合課税の所得とは損益通算できません。しかし、確定申告で繰越控除の特例を適用すれば、2026年分以降3年間、上場株式等の譲渡益や申告分離課税を選択した配当所得から差し引けます。
ステップ3:2026年分での繰越控除の活用
翌2026年分でAさんの事業が軌道に乗り、上場株式の譲渡益が80万円出たとします。前年から繰り越した120万円の譲渡損失のうち80万円を控除でき、譲渡所得はゼロに。残る40万円の損失はさらに2027年分へ繰り越せます。
注意:上場株式等の譲渡損失の繰越控除を適用するには、損失が生じた年の確定申告書に「株式等に係る譲渡所得等の金額の計算明細書」および「確定申告書付表(上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除用)」を添付する必要があります。特定口座(源泉徴収あり)を利用している場合でも、繰越控除を受けるためには確定申告が必須です。翌年以降も利益の有無にかかわらず連続して申告書を提出してください。
04申告書の記載箇所と添付書類のチェックリスト
損益通算・繰越控除を正しく適用するために、2025年分(2026年3月期限)の確定申告で確認すべきポイントを整理します。
確定申告書への記載
- 確定申告書第一表・第二表:各所得金額を正確に記載し、損益通算後の合計所得金額を算出
- 確定申告書第四表(損失申告用):純損失が残る場合、繰越損失額を記載。翌年以降に繰り越す金額を明示
- 確定申告書第三表(分離課税用):上場株式等の譲渡損失の通算・繰越控除を適用する場合に使用
- 付表(上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除用):損失額・通算額・繰越額を年度ごとに記載
主な添付書類
- 青色申告決算書(事業所得・不動産所得)
- 株式等に係る譲渡所得等の金額の計算明細書
- 特定口座年間取引報告書(特定口座利用の場合)
- 前年分の確定申告書控え(繰越損失の確認用として手元に保管)
05創業期に損益通算・繰越控除を最大限活かすための3つのポイント
- 初年度から青色申告を選択する:純損失の繰越控除は青色申告者の特権です。開業届と同時に「青色申告承認申請書」を提出しておきましょう。開業日から2か月以内(1月1日~1月15日に開業した場合はその年の3月15日まで)が提出期限です。
- 株式の譲渡損失は「あえて確定申告する」意識を持つ:特定口座(源泉徴収あり)で完結させてしまうと、繰越控除の適用機会を逃します。損失が出た年は必ず申告し、翌年以降も連続申告を維持してください。
- 不動産所得の損失は「土地の借入金利子」に注意:物件購入のローンのうち、建物部分と土地部分の利子を区分できない場合は、合理的な按分計算が必要です。この処理を誤ると、損益通算の否認リスクがあります。
創業期は資金繰りが厳しい時期だからこそ、使える制度はフル活用して手元資金を確保することが重要です。損益通算と繰越控除の組み合わせは、正しく理解すれば非常に強力な節税ツールになります。
- 損益通算できるのは「不動産・事業・山林・譲渡」の4区分の損失。上場株式の譲渡損失や雑所得の損失は原則として他の所得と通算できない
- 青色申告者は損益通算で引ききれなかった純損失を翌年以降3年間繰り越せる。上場株式の譲渡損失にも3年間の繰越控除の特例がある
- 繰越控除を受けるには、損失が発生した年から連続して確定申告書を提出することが必須条件
- 創業初年度から青色申告を選択し、確定申告書第四表・付表の記載と添付書類を漏れなく準備することが実務上のカギ
- 不動産所得の土地借入金利子や株式の申告分離課税など、通算の可否を左右する細かいルールにも注意が必要
