「法人を設立したけれど、自分の役員報酬をいくらにすればいいのか分からない……」
これは、創業期の経営者からもっとも多くいただくご相談のひとつです。高く設定すれば手取りは増えるけれど法人の資金が減る。低く設定すれば法人にお金は残るけれど、自分の生活費が足りない——。しかも、役員報酬は一度決めると原則1年間変更できないというルールがあるため、「とりあえず」で決めてしまうと後悔につながりかねません。
この記事では、創業期の役員報酬の決め方について、手取り額・社会保険料・法人税と所得税のバランスを踏まえた考え方を、具体的な数字を交えながら解説します。
そもそも役員報酬とは?給与との違い
役員報酬とは、会社の取締役や監査役などの役員に対して支払われる報酬のことです。従業員の給与と異なり、法人税法上、損金(経費)として認められるためには一定のルールに従う必要があります。
もっとも一般的な方法が「定期同額給与」です。これは、事業年度を通じて毎月同じ金額を支払う方法で、期首から3か月以内の株主総会等で決議し、その後は原則として期末まで金額を変更できません。
つまり、創業初年度であれば、設立後最初の事業年度開始日から3か月以内に金額を決め、そこから決算月までずっと同額を支給し続ける必要があるのです。
役員報酬を決めるときに考えるべき3つの視点
① 手取り額(生活費)から逆算する
まず最優先で考えるべきは、ご自身の生活に必要な手取り額です。家賃・住宅ローン、食費、教育費、保険料など、毎月最低限必要な生活費を洗い出しましょう。
たとえば、毎月の生活費として手取り30万円が必要な場合、社会保険料や所得税・住民税を考慮すると、額面ではおおむね月額40万〜42万円程度の役員報酬が必要になります(扶養家族の有無や居住地によって変わります)。
② 社会保険料の負担を把握する
法人を設立すると、たとえ社長一人の会社でも健康保険と厚生年金への加入が義務となります。社会保険料は役員報酬の額に応じて決まり、会社負担分と個人負担分を合わせると報酬額のおよそ30%前後にもなります。
具体的に見てみましょう(東京都・協会けんぽ・2024年度概算)。
- 月額報酬30万円の場合:社会保険料の本人負担 約4.4万円/会社負担 約4.4万円(合計約8.8万円)
- 月額報酬50万円の場合:社会保険料の本人負担 約7.4万円/会社負担 約7.4万円(合計約14.8万円)
- 月額報酬80万円の場合:社会保険料の本人負担 約11.7万円/会社負担 約11.7万円(合計約23.4万円)
ここで見落としがちなのが「会社負担分」です。会社負担分も会社のキャッシュから出ていくため、実質的な人件費コストは「役員報酬+会社負担の社会保険料」になります。月額50万円の報酬を設定すると、会社からは毎月約57万円が出ていく計算です。
③ 法人税と所得税のバランスを考える
役員報酬は法人の経費(損金)になるため、報酬を高くするほど法人の利益は減り、法人税は安くなります。一方で、報酬を受け取る個人側では所得税・住民税が高くなります。
この「法人税と所得税のシーソー関係」を意識することが大切です。
- 法人税の実効税率:年間所得800万円以下の部分はおよそ約25%前後(中小法人の場合)
- 所得税+住民税:課税所得330万円超〜695万円以下で約30%、695万円超〜900万円以下で約33%
創業期で年間の売上・利益がまだ読みにくい段階では、役員報酬を高く設定しすぎて法人が赤字になるリスクも考慮すべきです。法人の赤字は最大10年間繰り越せるメリットはあるものの、資金繰りに直結するため慎重に判断しましょう。
創業期ならではの注意点
資金繰りを最優先に考える
創業期は売上が安定しないことがほとんどです。「税金の最適化」よりも「会社のキャッシュが尽きないこと」を最優先に考えてください。
目安として、最低でも6か月分の運転資金(固定費×6か月)を確保したうえで、無理のない金額に設定することをおすすめします。たとえば手元資金が600万円で、役員報酬以外の固定費が月20万円かかるなら、役員報酬を月50万円に設定すると6か月で(50万+社保会社負担7万+固定費20万)×6=462万円が出ていきます。売上がゼロでも半年は耐えられる計算ですが、余裕があるとは言えません。
「低め設定+法人に利益を残す」という選択肢
創業初年度は、あえて役員報酬を低めに設定し、法人に利益を残すという方法も有効です。法人に残った利益には法人税がかかりますが、そのキャッシュは運転資金や将来の投資に使える「体力」になります。
また、金融機関からの融資を検討する場合、法人に利益が出ている(黒字である)ことは審査上プラスに働きます。創業融資を受ける予定がある場合は、この点も意識しておきましょう。
一度決めたら原則変更できない
繰り返しになりますが、定期同額給与は原則として事業年度の途中で変更できません。期中に増額・減額すると、変更部分が損金として認められなくなる可能性があります。
ただし、「経営状況の著しい悪化」など、やむを得ない事情がある場合には例外的に減額が認められるケースもあります。とはいえ、税務調査で否認されるリスクもあるため、安易な変更は避けるべきです。
シミュレーション例:月額30万円 vs 50万円 vs 70万円
年間の売上が1,500万円、役員報酬以外の経費が年間500万円の法人を想定し、役員報酬の金額別におおまかな税負担を比較してみます(概算・扶養なし・東京都の場合)。
- 月額30万円(年360万円):法人利益 約640万円 → 法人税等 約160万円/個人の所得税・住民税 約20万円/社会保険料(会社+本人合計)約106万円 → 合計税・社保負担 約286万円
- 月額50万円(年600万円):法人利益 約400万円 → 法人税等 約100万円/個人の所得税・住民税 約42万円/社会保険料合計 約178万円 → 合計税・社保負担 約320万円
- 月額70万円(年840万円):法人利益 約160万円 → 法人税等 約40万円/個人の所得税・住民税 約78万円/社会保険料合計 約240万円 → 合計税・社保負担 約358万円
このケースでは、報酬が低いほど全体の税・社保負担は軽くなる傾向がありますが、手取り(生活費)が確保できるか、法人の資金繰りは問題ないかを総合的に判断する必要があります。数字だけで「正解」は決まりません。
まとめ:後悔しない役員報酬の決め方
- 生活に必要な手取り額を最初に把握する
- 社会保険料(会社負担分を含む)を忘れずに計算に入れる
- 法人税と所得税のバランスを意識する
- 創業期は「税金の最適化」より「資金繰りの安全性」を優先する
- 一度決めたら原則1年間変更できないことを肝に銘じる
- 迷ったら低めに設定して法人に利益を残すことも選択肢
役員報酬の設定は、税金・社会保険・資金繰り・将来の事業計画が複雑に絡み合う、経営判断そのものです。「いくらが正解?」という問いに対する答えは、お一人おひとりの状況によって異なります。
平川文菜税理士事務所では、創業期の法人設立サポートや役員報酬シミュレーションを行っております。「自分の場合はいくらが最適なのか」を一緒に考えさせていただきますので、お気軽にご相談ください。
創業期の税務・経理についてのその他の記事は、平川文菜税理士事務所ホームページもあわせてご覧ください。
