「まずは事業を軌道に乗せることが先決だから、契約書は後回しでいい」――共同創業者とそんな暗黙の了解のまま走り出していませんか。志を同じくするパートナーとの関係は良好に見えても、経営方針の対立や一方の離脱が起きたとき、口約束だけでは事業そのものが立ち行かなくなるリスクがあります。本記事では、創業期に株主間契約書(SHA: Shareholders’ Agreement)へ盛り込むべき主要条項と、税務・会計上の留意点を税理士の視点から解説します。
01株主間契約書とは何か?定款との違い
株主間契約書とは、株主同士の権利義務関係を定める私的な契約です。会社法上の「定款」は登記所に届け出る公的文書であり、記載できる事項は法定されています。一方、株主間契約書は当事者間の合意に基づく契約であるため、定款ではカバーしきれない柔軟な取り決めが可能です。
定款だけでは足りない理由
- 定款は会社と株主の関係を定めるものであり、株主間の個別合意を拘束しにくい
- EXIT(株式売却・買取り)の具体的条件や競業避止義務など、定款に馴染まない事項が多い
- 定款変更には株主総会の特別決議(議決権の3分の2以上)が必要で機動的な対応が難しい
スタートアップの場合、創業者2〜3名が均等出資でスタートするケースが多く、「3分の1超」の拒否権を互いに持ち合う構造になりがちです。この状態で対立が生じるとデッドロック(膠着状態)に陥り、意思決定が完全に止まります。だからこそ、創業初期のうちに株主間契約書で合意形成のルールを決めておくことが重要です。
02株主間契約書がないまま進むとどうなるか
実際に共同創業で株主間契約書を作成せずにトラブルに発展するケースは珍しくありません。以下に典型的なパターンを示します。
ケース1:出資比率50:50で経営方針が対立
共同創業者AとBが各50%ずつ出資して設立。事業が成長する過程で資金調達の方針をめぐり対立が生じたものの、どちらも過半数を持たないため株主総会で何も決議できない状態に。最終的にAが退任を申し出たが、株式の買取価格で折り合わず、1年以上事業が停滞しました。
ケース2:離脱した共同創業者が株式を第三者へ譲渡
3名で出資比率を40:30:30に設定。1名が早期に離脱し、その保有株式を外部の第三者へ自由に売却。残った創業者にとっては見知らぬ株主が経営に口を出す形となり、VC(ベンチャーキャピタル)からの資金調達にも支障が出ました。
注意:会社法上、非公開会社(株式譲渡制限会社)であっても、譲渡制限は会社の承認手続きにすぎず、株主間の譲渡条件や価格算定方法までは規定されません。「うちは非公開会社だから大丈夫」という思い込みは危険です。
03最低限盛り込むべき7つの条項
2026年4月現在、創業期の株主間契約書に盛り込むべき主要条項は以下のとおりです。
- 出資比率と持株割合の確認条項
各株主の出資額・持株数・持株比率を明記し、将来の増資時の希薄化防止(プリエンプティブ・ライト=優先引受権)を定めます。 - 議決権行使と経営参画に関する条項
取締役の選解任権、重要事項(年間予算・新規借入・事業譲渡など)の事前承認プロセスを規定します。 - デッドロック解消条項
意思決定が膠着した場合の仲裁・調停ルール、最終手段としてのロシアンルーレット条項(一方が提示した価格で他方が売却または買取りを選択)などを設けます。 - 株式譲渡制限と先買権(Right of First Refusal)
株式を第三者へ譲渡する場合、まず他の株主に同条件で買い取る権利を与えます。 - 退任時・離脱時の株式買取条項(リーバー/グッドリーバー・バッドリーバー)
「円満退任」の場合は時価ベース、「競業他社への転職」など不適切な離脱の場合は取得価額や額面での買取りとするなど、状況に応じた買取価格の基準を定めます。 - ドラッグ・アロング権 / タグ・アロング権
M&AによるEXIT時に、多数派株主が少数派株主に同条件での売却を強制できる権利(ドラッグ・アロング)と、少数派株主が多数派と同条件で売却に参加できる権利(タグ・アロング)を規定します。 - 競業避止義務・秘密保持義務
在任中だけでなく、退任後一定期間(一般的に1〜2年)の競業避止と情報漏洩防止を定めます。
ポイント:株主間契約書は公正証書にする義務はありませんが、弁護士の関与のもとで作成し、各株主が署名・押印した原本を保管しておくことを強く推奨します。契約書の作成費用は10万〜30万円程度が目安ですが、トラブル発生後の訴訟費用(数百万円規模)を考えれば十分に合理的な投資です。
04税務・会計上の留意点
株式買取価格と「みなし贈与」リスク
退任時の株式買取価格を「額面」や「出資額」と定めた場合、実際の時価との乖離が大きいと、税務上「低額譲渡」とみなされ、買い取る側に贈与税(個人間の場合)や受贈益課税(法人の場合)が発生するリスクがあります。所得税法第59条および相続税法第7条の規定に基づき、時価の2分の1未満での譲渡は特に注意が必要です。
非上場株式の評価方法
国税庁の財産評価基本通達に基づく非上場株式の評価(純資産価額方式・類似業種比準方式・配当還元方式など)は、株主間契約書の買取価格と必ずしも一致しません。契約書に「時価は別途合意する税務上適正な評価方法により算定する」旨の条項を設け、実際の買取時には税理士に評価を依頼することが望ましいです。
株主間契約書の作成費用の経理処理
株主間契約書の作成にかかる弁護士費用は、会社が負担する場合は「支払手数料」として損金算入が可能です。ただし、特定の株主個人の利益のみを目的とする費用と認定されると、役員賞与として損金不算入となる可能性があるため、会社全体のガバナンス整備を目的とする旨を明確にしておきましょう。
05株主間契約書を作るタイミングと見直しの目安
株主間契約書は「会社設立前」または「設立と同時」に作成するのがベストです。事業が動き出してからでは、すでに力関係や利害が生じており、対等な交渉が難しくなります。
また、以下のタイミングでは必ず契約内容の見直しを行いましょう。
- 外部からの資金調達(エンジェル投資家やVCの参画時)
- 新たな共同創業者やCxOの参画時
- ストックオプション制度の導入時
- 事業のピボット(方向転換)や大幅な計画変更時
- 設立から3年経過など一定期間ごとの定期見直し
2026年度においても、経済産業省が公表している「スタートアップとの事業連携に関する指針」等を参考に、最新の実務動向を反映させることが重要です。
06まとめ
- 株主間契約書は定款では対応できない株主間の権利義務を定める重要な契約であり、創業時に作成すべきもの
- 出資比率50:50や3分の1超の拒否権構造はデッドロックの原因となりやすく、解消条項の設計が不可欠
- 最低限、出資比率・議決権行使・デッドロック解消・先買権・退任時の株式買取・ドラッグ/タグアロング権・競業避止義務の7条項を盛り込む
- 株式買取価格の設定には「みなし贈与」や「低額譲渡」のリスクがあるため、税務上の時価評価を踏まえた条項設計が必要
- 資金調達や新メンバー参画など重要な局面では必ず契約内容を見直し、専門家(弁護士・税理士)に相談することが望ましい
