「個人事業のときは夫(妻)の扶養に入っていたから、健康保険料も年金もゼロだった。でも法人化したら急に社会保険料の請求が来て驚いた……」——創業期のご相談で、こうしたお声をよくいただきます。法人設立は節税メリットが語られがちですが、社会保険料の負担増家族の扶養が外れるリスクは見落とされやすいポイントです。

この記事では、法人化に伴う社会保険の基本ルール、役員報酬と社会保険料の関係、そして家族の扶養判定で失敗しないためのチェックポイントを、具体的な数字を交えて整理します。

法人化すると社会保険は「原則加入」になる

個人事業と法人で何が変わる?

個人事業主の場合、常時5人未満の従業員を雇用する事業所であれば、健康保険・厚生年金の適用事業所にはなりません。事業主本人は国民健康保険と国民年金に加入し、一定の要件を満たせば配偶者の社会保険の被扶養者でいることも可能です。

ところが、法人(株式会社・合同会社など)を設立すると、たとえ社長一人の会社であっても社会保険(健康保険+厚生年金)への加入が義務となります(健康保険法第3条、厚生年金保険法第9条)。つまり、これまで配偶者の扶養に入っていた方も、法人から役員報酬を受け取る時点で自ら被保険者になる必要があるのです。

「報酬ゼロ」なら社会保険に入らなくてよい?

役員報酬を0円に設定すれば、加入義務を回避できるのではないか——こうした質問もよくいただきます。実務上、報酬が支払われていない場合は被保険者資格を取得できない(=加入できない)とされるケースが多いですが、年金事務所の判断によっては加入を求められることもあります。また、報酬ゼロでは法人の経費にならないため、法人税の節税効果が得られないというデメリットもあります。報酬ゼロを安易に選ぶのはおすすめしません。

役員報酬の金額で社会保険料はこう変わる

社会保険料のしくみをざっくり理解する

社会保険料は「標準報酬月額」に保険料率を掛けて計算されます。令和6年度の協会けんぽ(東京都)の場合、目安となる料率は以下のとおりです。

  • 健康保険料率(介護保険第2号該当・40~64歳):約11.58%
  • 厚生年金保険料率:18.300%

これらを会社と本人で折半するため、本人負担は合計で約15%前後。ただし法人の代表者の場合、会社負担分も実質的には自分のお金から出ていることに注意が必要です。

【シミュレーション】役員報酬の額による手取り比較

たとえば、法人の利益が年600万円ある一人社長のケースで、役員報酬を月額15万円・30万円・50万円に設定した場合を比較してみましょう(東京都・40歳・協会けんぽ・令和6年度概算)。

  • 月額15万円(年収180万円)
    社会保険料(本人負担):約2.2万円/月|所得税・住民税:年間約5万円
    → 年間手取り:約149万円
  • 月額30万円(年収360万円)
    社会保険料(本人負担):約4.5万円/月|所得税・住民税:年間約18万円
    → 年間手取り:約288万円
  • 月額50万円(年収600万円)
    社会保険料(本人負担):約7.5万円/月|所得税・住民税:年間約43万円
    → 年間手取り:約467万円

※上記はあくまで概算です。扶養親族の有無、他の所得控除、法人側の法人税負担も含めた総合的な試算が重要です。

ポイントは、会社負担分も含めた社会保険料の総額法人に残る利益にかかる法人税等のバランスです。役員報酬を上げすぎると社会保険料と所得税が増え、下げすぎると法人税が重くなります。最適な報酬額は事業の利益水準や家族構成によって異なるため、シミュレーションが欠かせません。

家族の扶養判定で見落としやすい3つのポイント

①「130万円の壁」は収入の見込みで判定される

社会保険の被扶養者になれるかどうかは、年間収入が130万円未満(60歳以上または障害者の場合は180万円未満)であることが要件の一つです。ここで注意したいのは、税金の扶養(103万円基準)と社会保険の扶養(130万円基準)は別物であること。さらに、社会保険の判定は「過去の実績」ではなく「将来の見込み収入」で行われるため、法人から少額でも報酬が出始めた時点で月額108,334円(130万円÷12か月)以上なら扶養から外れる可能性があります。

②法人の代表者・役員は被扶養者になれない

法人から役員報酬を受け取る代表取締役や取締役は、原則としてその法人の社会保険の被保険者となります。したがって、配偶者の会社の健康保険の被扶養者にとどまることは認められないのが通常の取り扱いです。「報酬が少額だから扶養のままでいいだろう」と放置すると、あとから遡って保険料を請求される可能性があります。

③配偶者や子どもを自社の扶養に入れるときの注意

法人で社会保険に加入すると、今度は自分が被保険者となり、配偶者や子どもを被扶養者にすることができます。ただし、配偶者自身にパート収入等がある場合は130万円基準を超えていないか、夫婦共働きの場合はどちらの扶養に入れるか(原則、年収の高い方の被扶養者とする)など、細かなルールがあります。年金事務所や健康保険組合によって運用が異なる場合もあるため、事前に確認しましょう。

創業期に押さえておきたい実務チェックリスト

  • ☑ 法人設立後5日以内に「健康保険・厚生年金保険 新規適用届」を提出しているか
  • ☑ 役員報酬の金額は、社会保険料・所得税・法人税を総合的にシミュレーションしたうえで決めたか
  • ☑ 配偶者の扶養から外れる届出(被扶養者異動届)を忘れていないか
  • ☑ 家族を自分の社会保険の被扶養者にする場合、収入要件を確認したか
  • ☑ 役員報酬は「定期同額給与」のルールに沿って設定しているか(期中の変更は原則不可)

まとめ——「知らなかった」で損をしないために

法人化は節税の手段として非常に有効ですが、社会保険料の負担増と扶養の取り扱いを見落とすと、「思ったより手取りが増えない」「扶養を外し忘れて遡及請求を受けた」といったトラブルにつながります。

特に創業期は、役員報酬の設定が今後1年間の社会保険料・税金・手取り額を大きく左右します。設立前のタイミングで専門家に相談し、最適な報酬額をシミュレーションすることが、安心して事業に集中するための第一歩です。

平川文菜税理士事務所では、法人設立前後の役員報酬シミュレーションや社会保険に関するご相談を承っております。「自分のケースではいくらに設定するのがベストか知りたい」という方は、お気軽にご相談ください。

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