「優秀なエンジニアを採用したいけれど、大手企業のような給与は出せない…」「創業メンバーのモチベーションを高める仕組みがほしい」――スタートアップ経営者なら、一度はこうした悩みを抱えたことがあるのではないでしょうか。

そんなときに強力な武器となるのがストックオプション(SO)です。将来の株価上昇によるキャピタルゲインを報酬として共有できるため、資金力に限りがある創業期でも優秀な人材を惹きつけることができます。

しかし、ストックオプションは発行の仕方を間違えると、付与時や行使時に想定外の課税が発生し、せっかくのインセンティブが台無しになってしまうケースも少なくありません。とくに「税制適格」の要件を正しく理解していないと、従業員が権利を行使した瞬間に多額の所得税がかかり、手取りが大幅に目減りしてしまいます。

この記事では、2024年度(令和6年度)税制改正の内容も踏まえながら、税制適格ストックオプションの要件・税務上の注意点・発行時の手続きを、創業期の経営者向けにわかりやすく整理します。

ストックオプション(SO)の基本的な仕組み

ストックオプションとは、あらかじめ決められた価格(行使価額)で自社株式を取得できる権利(新株予約権)のことです。将来、会社の株価が上昇すれば、行使価額と時価の差額が利益になります。

SOの課税タイミングは3つ

  • ① 付与時:ストックオプションを受け取ったとき
  • ② 行使時:権利を行使して株式を取得したとき
  • ③ 売却時:取得した株式を売却したとき

通常の(税制非適格の)ストックオプションでは、②の行使時に「行使時の時価 − 行使価額」が給与所得として課税されます。累進課税の対象となるため、最大で約55%(所得税45%+住民税10%)の税負担が生じる可能性があります。

一方、税制適格ストックオプションの要件を満たせば、行使時の課税が繰り延べられ、③の売却時にまとめて譲渡所得(約20%)として課税されます。手取り額に大きな差が出るため、SO設計において税制適格の要件を満たすかどうかは極めて重要です。

税制適格ストックオプションの主な要件

税制適格SOの要件は租税特別措置法第29条の2に定められています。主な要件を整理すると、以下のとおりです。

1. 付与対象者の要件

  • 自社(または発行会社の子会社)の取締役・執行役・使用人(従業員)であること
  • 大口株主(発行済株式の1/3超を保有する者)およびその特別関係者は対象外
  • 2024年度税制改正により、一定の要件を満たす社外の高度人材(プログラマー、弁護士等)にも付与対象が拡大されました

2. 権利行使価額の要件

  • 権利行使価額が、SO付与時の株式の時価以上であること
  • 非上場会社の場合は、原則として所得税法上の「1株当たり純資産価額」等を基準に時価を算定します

3. 権利行使期間の要件

  • 付与決議の日後2年を経過した日から10年を経過する日までの間に行使すること
  • 2024年度税制改正で、設立から5年未満のスタートアップは行使期間が最長15年に延長されました(従来は10年)

4. 権利行使限度額の要件

  • 1暦年あたりの権利行使価額の合計が1,200万円以下であること(非上場のスタートアップ等の場合)
  • 2024年度改正前は上限が年間1,200万円でしたが、改正により一定の非上場企業は年間2,400万円、さらに設立5年未満の企業は年間3,600万円まで引き上げられました

5. その他の要件

  • 譲渡禁止:SOの権利自体を第三者に譲渡できないこと
  • 保管委託:行使により取得した株式を、証券会社等に保管委託すること(非上場の場合は発行会社への管理も可)
  • 無償発行:SOが無償で付与されること

【具体例】税制適格と非適格でこれだけ手取りが変わる

実際に数字で比較してみましょう。

前提条件:行使価額=100円/株、行使時の時価=1,000円/株、売却時の時価=1,500円/株、1万株行使した場合

税制非適格SOの場合

  • 行使時:(1,000円−100円)× 1万株 = 900万円が給与所得として課税(税率約33%と仮定 → 約297万円の税負担)
  • 売却時:(1,500円−1,000円)× 1万株 = 500万円が譲渡所得(税率約20% → 約100万円)
  • 税負担合計:約397万円

税制適格SOの場合

  • 行使時:課税なし(繰り延べ)
  • 売却時:(1,500円−100円)× 1万株 = 1,400万円が譲渡所得(税率約20% → 約280万円)
  • 税負担合計:約280万円

この例では、税制適格にするだけで約117万円も手取りが増える計算です。株数やキャピタルゲインが大きくなるほど、差はさらに広がります。

発行時に必要な手続きと注意点

① 株主総会の特別決議

新株予約権の発行には、原則として株主総会の特別決議(議決権の2/3以上の賛成)が必要です。発行条件(行使価額、行使期間、付与対象者の範囲等)を決議事項に盛り込みます。

② 新株予約権の発行要項・割当契約書の作成

税制適格の要件を網羅した発行要項と、各付与対象者との割当契約書を作成します。ここで要件を一つでも漏らすと税制非適格になるリスクがあるため、専門家のチェックが不可欠です。

③ 登記手続き

新株予約権の発行後は、2週間以内に登記を行う必要があります。登記を怠ると過料の対象になりますのでご注意ください。

④ 調書の提出

SOの行使があった場合、発行会社は「特定新株予約権等の付与に関する調書」等を税務署に提出する義務があります。提出漏れは税制適格の否認につながるリスクがあるため、管理体制を整えておきましょう。

会計処理のポイント

未上場のスタートアップであっても、ストックオプションの会計処理には注意が必要です。「企業会計基準第8号 ストック・オプション等に関する会計基準」に基づき、公正な評価額を見積もって株式報酬費用として費用計上する必要があります。

ただし、中小企業会計指針等に準拠している場合は、実務上簡便的な処理が認められるケースもあります。自社の規模やIPO準備の状況に応じて、適切な処理方法を選択しましょう。

まとめ:税制適格SOは「設計段階」がすべて

ストックオプションは、創業期のスタートアップにとってコストを抑えながら優秀な人材を確保できる強力なツールです。しかし、税制適格の要件を一つでも満たさなければ、行使時に高い税率で課税され、受け取る側のメリットが大きく損なわれます。

  • 行使価額は付与時の時価以上に設定する
  • 行使期間・年間行使限度額の要件を確認する(2024年改正で拡充あり)
  • 付与対象者が要件を満たしているか確認する
  • 割当契約書・発行要項の作成は専門家に相談する
  • 行使後の調書提出など、継続的な管理体制を整える

税制適格SOは「設計段階」でほぼ結果が決まります。発行後に修正するのは非常に困難ですので、ぜひ早い段階で税理士にご相談ください。

平川文菜税理士事務所では、スタートアップの創業支援やストックオプション発行に関する税務相談を承っております。「うちの会社でも税制適格SOを出せるの?」「要件を満たしているか確認してほしい」といったご相談がありましたら、お気軽にお問い合わせください。

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※この記事は2025年6月時点の法令等に基づいて作成しています。最新の改正内容については、個別にご確認ください。