「個人事業主のままでいいのか、それとも最初から法人を設立した方がいいのか?」——創業のご相談をいただくなかで、これは本当にもっとも多いご質問です。

ネットで調べると「売上が○○万円を超えたら法人化すべき」といった情報がたくさん出てきますが、実はそんなに単純な話ではありません。業種、ご家族の状況、将来の事業ビジョン、さらには社会保険料や信用面まで含めて総合的に判断する必要があります。

税理士としてこれまで数多くのスタートアップの立ち上げに携わってきた経験から、「失敗しない選び方」のポイントを具体的な数字とともにお伝えします。これから創業を考えている方はもちろん、すでに個人事業主として活動していて法人化を迷っている方にも、ぜひ参考にしていただければ幸いです。

個人事業主と法人、基本的な違いをおさらい

まず、両者の基本的な違いを簡単に整理しておきましょう。

個人事業主のメリット・デメリット

  • 開業手続きが簡単:税務署に「開業届」を提出するだけで始められます。費用もほぼゼロです。
  • 会計・申告がシンプル:青色申告であっても、法人に比べると記帳や決算の手間は少なめです。
  • 社会保険料の負担が軽い:国民健康保険+国民年金となるため、所得が低いうちは法人より負担が軽くなるケースが多いです。
  • 税率が累進課税:所得が増えるほど税率が上がり、最高で所得税45%+住民税10%=55%にもなります。
  • 社会的信用がやや弱い:取引先や金融機関によっては、法人でないと取引が難しい場合があります。

法人(会社設立)のメリット・デメリット

  • 税率がフラット:法人税の実効税率は中小法人で約22~34%程度。所得が大きくなるほど有利です。
  • 経費の幅が広い:役員報酬・退職金・出張日当・社宅など、個人事業では使えない節税手段があります。
  • 社会的信用が高い:法人格があることで、融資や大手企業との取引がスムーズになります。
  • 設立費用がかかる:株式会社で約25万円、合同会社でも約10万円の初期費用が必要です。
  • 社会保険への加入が義務:役員1人でも健康保険・厚生年金への加入が必要で、会社負担分が発生します。
  • 赤字でも税金がかかる:法人住民税の均等割(最低約7万円/年)は赤字でも納付が必要です。

「売上○○万円で法人化」は本当?|具体的な数字で比較

よく「売上1,000万円を超えたら法人化」と言われますが、これは消費税の免税制度を念頭に置いた話です。確かに、個人事業主が法人を新たに設立すると、一定の条件を満たせば最大2年間の消費税免税期間を得られる場合があります(※資本金1,000万円未満など条件あり。2023年10月のインボイス制度開始後は状況が変わっていますのでご注意ください)。

しかし、より重要なのは「所得(利益)ベース」での判断です。以下に、簡易的なシミュレーションをご紹介します。

ケース1:年間所得500万円の場合

個人事業主(青色申告65万円控除適用)の場合、所得税・住民税・事業税を合わせた税負担はおおよそ約90万円前後です。一方、法人化して役員報酬として同額を受け取る場合、法人税等+個人の所得税・住民税+社会保険料の会社負担分を合計すると、トータルコストは個人事業主とほぼ同等か、やや高くなるケースが多いです。

→ 所得500万円以下であれば、個人事業主のままの方がシンプルかつ有利なことが多いと言えます。

ケース2:年間所得800万円~1,000万円の場合

この水準になると、個人の所得税率が23~33%の区分に入ってきます。法人化して役員報酬を適切に設定すれば、給与所得控除(最大195万円)を使えるため、トータルの税負担が年間で30万円~80万円ほど軽くなるケースが出てきます。さらに、小規模企業共済と法人の経営セーフティ共済を組み合わせた退職金対策なども可能になります。

→ 所得800万円を超えてきたら、法人化のメリットが具体的に見えてくるラインです。

ケース3:年間所得1,500万円以上の場合

個人事業主のままだと所得税率43%(住民税と合わせて53%)の区間に突入します。法人化による節税メリットは非常に大きく、年間100万円以上の差が生じることも珍しくありません。この水準では、法人化しない理由を探す方が難しいと言えるでしょう。

税金だけじゃない!判断すべき5つのポイント

税負担の比較は大切ですが、それだけで判断するのは危険です。私がご相談の際に必ずお伝えしている「5つの判断ポイント」をご紹介します。

① 社会保険料の負担

法人化すると厚生年金・健康保険への加入が義務付けられ、会社と個人で折半負担になります。役員報酬を月額30万円に設定した場合、社会保険料の会社負担分だけで年間約55万円。将来の年金が増えるというメリットはありますが、足元のキャッシュフローには確実に影響します。

② 取引先・業界の慣習

BtoB取引が中心の業種では、「法人でなければ取引口座を開設できない」というケースが実際にあります。特にIT業界や建設業界では法人格を求められる場面が多く、売上が少なくても最初から法人にする方が合理的なこともあります。

③ 融資・資金調達の予定

日本政策金融公庫や銀行からの融資を検討している場合、法人の方が信用力で有利な傾向があります。特に創業融資では、事業計画書の信頼性を高めるために法人化を選ぶ方も少なくありません。

④ 将来の事業規模・ビジョン

「いずれ従業員を雇いたい」「数年以内に年商1億円を目指したい」「将来的にM&AやIPOを視野に入れている」——こうした成長ビジョンがある場合は、早い段階で法人を設立しておく方がスムーズです。個人事業から法人への切り替え(法人成り)には手続きやコストもかかるため、二度手間を避ける意味でも有効です。

⑤ 家族構成とライフプラン

配偶者やご家族を役員にすることで所得を分散し、世帯全体の税負担を軽減できるのは法人ならではのメリットです。一方、お一人で小規模に活動するフリーランスの方であれば、個人事業主のまま身軽に続ける方が良いケースも多いです。

実際のご相談事例

事例1:Webデザイナー Aさん(30代女性・年間所得約600万円)

開業2年目で法人化を検討されていましたが、取引先はすべて個人名義で問題なく、今後も一人で活動する予定とのこと。社会保険料の負担増を考慮し、「まずは個人事業主のまま、所得が800万円を超えたタイミングで改めて検討しましょう」とアドバイスしました。

事例2:ITコンサルタント Bさん(40代男性・年間所得約1,200万円)

大手企業との取引拡大を計画しており、法人格が必須の案件がいくつかありました。所得面でも法人化メリットが明確だったため、合同会社を設立し、役員報酬と法人利益のバランスを最適化。初年度から約60万円の税負担軽減を実現しました。

まとめ:正解は一つではありません

個人事業主か法人か——この問いに「絶対にこっちが正解」という答えはありません。大切なのは、ご自身の事業内容・所得水準・将来のビジョン・ライフプランを総合的に見て判断することです。

目安として整理すると、以下のようになります。

  • 所得500万円以下で一人で活動 → 個人事業主がおすすめ
  • 所得800万円前後で成長中 → 法人化を具体的に検討するタイミング
  • 所得1,000万円以上または法人格が必要な取引あり → 法人化のメリットが大きい

ただし、これはあくまで一般的な目安です。業種やご家庭の状況によって最適解は変わります。

平川文菜税理士事務所では、創業前の段階から「個人と法人、どちらで始めるべきか」のご相談を承っています。具体的な数字でシミュレーションを行い、あなたに合ったベストな選択肢を一緒に考えます。初回のご相談は無料ですので、どうぞお気軽にお問い合わせください。

「まだ何も決まっていないんだけど…」という段階で大丈夫です。早めにご相談いただくことで、よりスムーズなスタートを切ることができます。お会いできることを楽しみにしております。