「創業時に一度計算したきり、損益分岐点を見直していない」——そんな経営者の方は少なくありません。しかし、2026年の夏を迎えた今、エアコンの電気代や季節アルバイトの人件費が加わり、固定費の構造は創業時と大きく変わっているはずです。損益分岐点が古いままでは、値決めも投資判断も”過去の数字”に基づいた危うい意思決定になりかねません。本記事では、月次で損益分岐点を再計算する具体的な手順と、その数字を経営にどう活かすかを実践的にお伝えします。
01そもそも損益分岐点とは?——「利益ゼロ」のラインを知る意味
損益分岐点売上高(BEP: Break-Even Point)とは、売上高と総費用がちょうど等しくなる売上水準のことです。この数字を下回れば赤字、上回れば黒字というシンプルな指標ですが、創業期においてはとりわけ重要な意味を持ちます。
損益分岐点売上高の基本式
損益分岐点売上高は、次の算式で求められます。
損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ 限界利益率
ここで「限界利益率」とは、売上高から変動費を差し引いた限界利益を売上高で割ったもの(限界利益 ÷ 売上高)です。たとえば、月間固定費が80万円、限界利益率が40%であれば、損益分岐点売上高は200万円(80万円 ÷ 0.4)となります。
創業時に事業計画書で一度計算した方は多いでしょう。しかし問題は、この数字をそのまま放置しているケースが非常に多い点です。
02夏に固定費が膨らむ具体的な要因
「夏になると固定費が増える」と聞いてピンとこない方もいるかもしれません。しかし、以下のような費用増は多くの創業期企業に共通しています。
- 光熱費の増加:オフィスや店舗のエアコン稼働により、電気代が冬場と比べて月2万〜5万円程度上がるケースは珍しくありません。2026年現在、電気料金の高止まり傾向も続いており、影響は小さくないでしょう。
- 季節的な人件費の上昇:夏季限定のアルバイト雇用、繁忙期対応の外注費、社員への夏季賞与の支給など、人件費関連の固定的支出が増加します。
- 設備投資のランニングコスト:春に導入した新システムのサブスクリプション料金や、リース料の支払いが本格的に始まる時期でもあります。
- 保険・社会保険料の改定:毎年9月には社会保険料の標準報酬月額が改定(算定基礎届による定時決定)されるため、8月時点で翌月以降の人件費増を織り込んでおく必要があります。
仮に創業時の月間固定費が80万円だったものが、これらの要因で90万円に増えていたとしましょう。限界利益率40%の場合、損益分岐点売上高は200万円から225万円へと12.5%も上昇します。月25万円の売上増が必要になるわけですから、これは決して無視できない変化です。
ポイント:固定費が月10万円増えるだけで、限界利益率40%の事業では損益分岐点売上高が25万円上がります。「たかが数万円」と放置すると、気づかないうちに赤字ラインが売上を追い越す事態になりかねません。
03Excelテンプレートを使った月次再計算の手順
損益分岐点の月次アップデートは、難しい作業ではありません。Excelやスプレッドシートで以下の手順に沿って管理できます。
ステップ1:費用を「固定費」と「変動費」に分ける
まず、毎月の支出を固定費と変動費に分類します。完璧な分類を目指す必要はありません。迷ったら「売上がゼロでも発生するか?」を基準に判断してください。
- 固定費の例:家賃、人件費(固定給部分)、リース料、保険料、通信費、サブスクリプション費用、減価償却費
- 変動費の例:仕入原価、販売手数料、外注費(売上連動型)、配送料、クレジットカード決済手数料
ステップ2:月ごとの実績を入力する
Excelのシートに、縦軸を費目、横軸を月として、毎月の実績値を入力していきます。テンプレートの構成例は次のとおりです。
- A列:費目名(家賃、給与、仕入原価…)
- B列:固定費/変動費の区分
- C列以降:2026年4月、5月、6月…と月ごとの実績金額
- 最下行:固定費合計、変動費合計、売上高、限界利益率、損益分岐点売上高を自動計算するセル
ステップ3:損益分岐点売上高を自動算出する
固定費合計と限界利益率が出れば、あとは「=固定費合計セル ÷ 限界利益率セル」の数式を入れるだけです。毎月の数字を入力するたびに、損益分岐点が自動更新されるようにしておきましょう。
この作業に要する時間は、月に15〜30分程度です。月次の試算表(会計ソフトから出力できます)の数字を転記するだけで済みます。
04算出した損益分岐点を経営判断に活かす3つの方法
損益分岐点を計算するだけでは意味がありません。重要なのは、その数字をどう活かすかです。
方法1:値決め(価格設定)の根拠にする
損益分岐点売上高が月225万円で、現在の月間顧客数が150人であれば、1人あたり最低15,000円の売上が必要です。もし現在の客単価が12,000円なら、値上げを検討すべきタイミングだと数字で判断できます。
感覚ではなく根拠のある値決めができることは、創業期の経営者にとって大きな武器になります。
方法2:新規投資のGo/No-Go判断に使う
たとえば月額5万円の新しいマーケティングツールを導入するか迷っているとしましょう。固定費が5万円増えると、損益分岐点売上高は12.5万円上がります(限界利益率40%の場合)。そのツールで月12.5万円以上の売上増が見込めるのであれば投資する価値がある、と定量的に判断できるわけです。
方法3:事業・サービスの撤退判断に使う
複数の事業やサービスラインを持つ場合は、それぞれの損益分岐点を個別に把握しておくことが重要です。あるサービスの損益分岐点売上高が実際の売上を継続的に上回っている場合、そのサービスの縮小・撤退を検討すべきシグナルといえます。
注意:損益分岐点はあくまで「利益ゼロ」のラインです。借入金の返済原資や将来の設備投資資金を確保するためには、損益分岐点を超えるだけでは不十分です。返済額や積立目標額を固定費に加えた「実質的な損益分岐点」も併せて算出しておくことをおすすめします。
05月次アップデートを「仕組み化」するコツ
損益分岐点の再計算を習慣化するには、次の3つの工夫が有効です。
- 月次試算表の確定日に合わせる:会計ソフトで月次の試算表を締めたタイミングで、そのままExcelに転記する流れを作りましょう。
- グラフで推移を可視化する:損益分岐点売上高と実際の売上高を折れ線グラフで並べると、両者の距離感が直感的にわかります。乖離が縮まってきたら黄色信号です。
- 顧問税理士との月次面談で共有する:数字を出したら、専門家の目でチェックを受けるとより精度が上がります。固定費と変動費の分類に迷う費目がある場合は、税理士に相談するのが確実です。
月に15分の手間で、経営判断の精度が格段に上がる。損益分岐点の月次アップデートは、創業期の経営者にとって最もコストパフォーマンスの高い管理会計の実践といえるでしょう。
- 損益分岐点売上高は「固定費 ÷ 限界利益率」で算出。創業時に一度計算しただけでは、現在の費用構造と乖離するリスクがある。
- 夏はエアコン代・人件費・社会保険料改定などで固定費が膨らみやすい。固定費が月10万円増えれば、限界利益率40%の場合、損益分岐点売上高は25万円上昇する。
- Excelで固定費・変動費を分類し、月次の実績を入力するだけで損益分岐点は自動更新できる。作業時間は月15〜30分程度。
- 算出した数字は、値決めの根拠、新規投資のGo/No-Go判断、事業撤退の判断材料として活用する。
- 借入金返済額も含めた「実質的な損益分岐点」を把握しておくと、より安全な経営判断ができる。
