「売上は確かに伸びている。なのに、通帳の残高がなかなか増えない――」創業から1〜2年目の経営者からよくいただくご相談です。売上高だけを追いかけていると見落としがちなのが「粗利率(売上総利益率)」の低下。本記事では、案件別・サービス別の粗利を”見える化”する方法と、値決め・見積もりの段階で利益を守る仕組みづくりを、税理士の視点から具体的にお伝えします。

01売上が伸びても手残りが増えない本当の理由

2026年3月現在、物価高や人件費の上昇を背景に、創業期の企業でも「原価率の悪化」が経営を圧迫するケースが増えています。当事務所の顧問先でも、売上が前期比120%に成長したにもかかわらず、営業利益はほぼ横ばいという法人が複数ありました。

原因を一言でいうと、売上の伸びに比例して原価・外注費がそれ以上のペースで膨らんでいたということです。たとえばWeb制作会社のA社は、売上1,200万円→1,440万円へ伸びたものの、外注比率が35%→48%に上昇し、粗利額はむしろ減少していました。

粗利率低下の典型パターン

  • 案件を取るために安値受注が常態化している
  • 外注・仕入の単価上昇を価格転嫁できていない
  • 「忙しいのに儲からない」低粗利案件の割合が増えている
  • 見積もり時に原価を正確に積算していない

これらはいずれも「数字を案件単位で把握していない」ことが根本的な原因です。損益計算書の合計だけを見ていては、どの案件・どのサービスが利益を生み、どれが足を引っ張っているのかは分かりません。

02案件別・サービス別の粗利を「見える化」する方法

粗利管理というと大がかりな原価管理システムを想像するかもしれませんが、創業期であればExcelやGoogleスプレッドシートで十分に対応できます。

ステップ1:最低限の項目を決める

案件ごとに以下の5項目を記録するだけで、粗利の”見える化”は一気に進みます。

  1. 案件名(顧客名)
  2. 売上金額(税抜)
  3. 直接原価(外注費・仕入・材料費など、その案件に直接ひもづくコスト)
  4. 粗利額(売上 − 直接原価)
  5. 粗利率(粗利額 ÷ 売上 × 100)

たとえば「案件A:売上50万円、外注費18万円 → 粗利32万円・粗利率64%」「案件B:売上80万円、外注費52万円 → 粗利28万円・粗利率35%」と並べるだけで、売上金額が大きい案件Bよりも案件Aの方が利益貢献度が高いことが一目で分かります。

ステップ2:クラウド会計のタグ・部門機能を活用する

freeeやマネーフォワードクラウドをお使いの場合は、取引登録時に「タグ」や「部門」を付けることで、サービスライン別・案件別の損益をレポートとして抽出できます。入力の手間は1取引あたり数秒ですが、月次で集計したときの情報量は格段に変わります。

ポイント:粗利管理で大切なのは「正確さ」より「継続」です。最初は直接原価の80%程度を把握できれば十分。完璧を目指して挫折するより、まずは月に1回、案件別の粗利一覧を眺める習慣をつけましょう。

ステップ3:月次で「粗利率ワースト3」を確認する

毎月の締めで粗利率の低い案件を3つピックアップし、「なぜ低いのか」「改善できるのか」「撤退すべきか」を検討します。当事務所では顧問先との月次ミーティングで必ずこの確認を行っており、半年間続けるだけで粗利率が5〜8ポイント改善した事例もあります。

03値決め・見積もり段階で利益を確保する仕組みづくり

粗利を守るもう一つの鍵は、「受注する前」に利益を設計することです。見積もりを出す段階で粗利率の下限ラインを設定しておけば、安値受注による利益の目減りを未然に防げます。

目標粗利率の設定方法

まず、自社の固定費(人件費・家賃・通信費・顧問料など)を月単位で把握し、それをカバーするために必要な粗利総額を算出します。

たとえば月の固定費が80万円、目標営業利益が20万円なら、必要粗利総額は月100万円です。月の想定売上が200万円であれば、最低粗利率は50%になります。この数字を「値決めの下限」として社内で共有しておくことが重要です。

見積もりテンプレートに粗利チェック欄を組み込む

Excelやスプレッドシートの見積もりテンプレートに、以下の自動計算欄を追加するだけで仕組み化できます。

  • 想定原価の入力欄(外注費・材料費など)
  • 粗利額・粗利率の自動計算セル
  • 目標粗利率との差分表示(下回る場合はセルの色が変わるよう条件付き書式を設定)

こうしておけば、見積もりを作成するたびに「この案件は利益が出るのか」を自動的に確認できます。判断に迷ったら見積もりを出す前に立ち止まれる、という点が最大のメリットです。

注意:「この案件は赤字でも次につながるから」と例外を認め続けると、値決めの仕組みは形骸化します。例外を設ける場合は、月に何件まで・粗利率何%以上という条件をあらかじめルール化しておきましょう。

04値上げ交渉を成功させるためのポイント

原価が上がっているのに価格を据え置いたままでは、粗利率は必然的に下がります。とはいえ「値上げしたら顧客が離れるのでは」という不安は当然です。創業期の値上げ交渉で押さえておきたいポイントを3つご紹介します。

  1. 根拠を数字で示す:「外注単価が1年前から15%上昇している」など、客観的なデータを提示すると納得感が高まります。
  2. 付加価値とセットで提案する:価格改定と同時に、サービス範囲の拡充やレポートの追加など「値上げ分の価値」を明示すると受け入れられやすくなります。
  3. 段階的に実施する:一度に大幅な改定をするのではなく、半年ごとに5%ずつなど段階的に行うと、顧客側も予算を調整しやすくなります。

実際に当事務所の顧問先であるコンサルティング会社では、2025年度にサービスメニューの再編と合わせて平均8%の値上げを実施しました。事前に丁寧な説明を行った結果、解約率は2%未満に抑えられ、粗利率は42%から51%に改善しています。

05粗利管理を「経営の習慣」にするために

粗利管理は一度やって終わりではなく、月次で継続してこそ効果を発揮します。最後に、習慣化のためのチェックリストをまとめます。

  • 月初に前月の案件別粗利一覧を作成する(所要時間の目安:30分〜1時間)
  • 粗利率ワースト3の原因を分析し、改善策または撤退を検討する
  • 新規見積もりには必ず粗利チェック欄を通してから提出する
  • 四半期ごとに目標粗利率を見直し、必要に応じて価格改定を検討する
  • 税理士との月次面談で粗利推移を共有し、第三者の目でチェックを受ける

売上を伸ばすことも大切ですが、それ以上に「残る利益」を意識することが、創業期の資金繰りと事業の持続性を大きく左右します。まずはこの週末、直近3か月の案件別粗利を一覧にしてみるところから始めてみてください。

この記事のまとめ
  • 売上が伸びても手残りが増えない主因は「粗利率の低下」。案件別・サービス別に粗利を把握することが改善の第一歩。
  • Excelやクラウド会計のタグ機能で、案件ごとの売上・直接原価・粗利率を記録・集計する習慣をつける。
  • 見積もりテンプレートに粗利チェック欄を組み込み、受注前に利益を設計する仕組みをつくる。
  • 月次で粗利率ワースト3を確認し、価格改定・サービス見直し・撤退の判断を継続的に行う。
  • 値上げ交渉は根拠データ・付加価値提案・段階的実施の3点を押さえることで成功率が上がる。