「自分が倒れたら、この会社は明日から売上ゼロになる」——ひとり社長や少人数チームで事業を回しているスタートアップ経営者の方なら、一度はそんな不安を感じたことがあるのではないでしょうか。創業期は目の前の売上づくりに全力で、自分自身の「もしも」に備える余裕がないのが正直なところです。しかし、備えがないまま経営者が入院や長期療養を余儀なくされれば、事業そのものが消滅しかねません。本記事では、創業期から無理なく始められるBCP(事業継続計画)の基本と、税務上の取り扱いを含めた「お金の備え」を具体的にご紹介します。
01なぜ創業期こそBCPが必要なのか
BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)というと、大企業が災害対策として策定するものというイメージがあるかもしれません。しかし、本当にリスクが高いのは、むしろ「代わりがいない」小規模事業者です。
中小企業庁の調査によれば、小規模企業のBCP策定率は約15%程度にとどまっています。そして、経営者が1か月以上事業から離脱した場合に「事業継続が困難になる」と回答した小規模事業者は半数を超えるという調査結果もあります。
創業期の会社では、次のような特徴があるため、リスクがとりわけ大きくなります。
- 経営者本人が営業・開発・経理のすべてを兼務している
- 取引先との関係が「経営者個人の信頼」で成り立っている
- キャッシュの余裕が少なく、売上停止が即座に資金ショートにつながる
- 代表者が不在のとき、銀行口座の操作や契約手続きができない
つまり、創業期こそ「自分がいなくなったときに事業が止まらない仕組み」を考えておく必要があるのです。大がかりな計画は不要です。まずは「お金の備え」と「最低限の情報共有」から始めましょう。
02まず押さえたい3つの「お金の備え」
(1)所得補償保険(就業不能保険)
経営者自身が病気やケガで働けなくなったとき、毎月の生活費と固定費をカバーするのが所得補償保険です。一般的に、月額報酬の50~70%程度を保険金として受け取れる設計が多く、免責期間(支払い開始までの待機日数)は7日~60日の間で選べます。
創業期の経営者であれば、まずは月額20万~30万円程度の保障で、免責期間7日~14日のプランを検討するのが現実的です。年間保険料は年齢や職種にもよりますが、30代の事務系職種で月額3,000円~5,000円程度から加入できるものもあります。
ポイント:所得補償保険の保険料の税務上の取り扱いは、契約形態によって異なります。個人事業主が個人で加入した場合、保険料は生命保険料控除(介護医療保険料控除)の対象となり、受け取る保険金は非課税です。一方、法人が役員を被保険者として加入し、保険金受取人を法人とする場合は、保険料を損金算入できますが、受取保険金は法人の益金となります。どちらが有利かは個別の状況によりますので、加入前に税理士にご相談ください。
(2)小規模企業共済
小規模企業共済は、個人事業主や小規模法人の役員が退職・廃業時に備えて積み立てる国の制度です。掛金は月額1,000円~70,000円の範囲で自由に設定でき、全額が「小規模企業共済等掛金控除」として所得控除の対象になります。
この制度がBCPの文脈で重要なのは、「契約者貸付制度」があるからです。積み立てた掛金の範囲内で、低利(2026年4月現在、一般貸付で年利1.5%)の貸付を受けることができます。さらに、傷病による事業活動の制限時に利用できる「傷病災害時貸付」は年利0.9%と、より低い金利が設定されています。
たとえば、月額30,000円を3年間積み立てていれば、掛金合計は108万円。この範囲で緊急時に低利で資金を借りられるのは、創業期の経営者にとって大きな安心材料です。
(3)緊急時の資金枠(融資枠・当座貸越枠)の確保
平時のうちに金融機関との関係を構築し、いざというときに使える融資枠を確保しておくことも重要です。具体的には以下の選択肢があります。
- 日本政策金融公庫の「経営環境変化対応資金(セーフティネット貸付)」——業況の悪化時に利用可能
- 取引銀行の当座貸越枠——あらかじめ設定しておけば、必要なときに即座に借入可能
- 法人カードやビジネスローンの与信枠——少額の運転資金として活用
重要なのは、「資金が必要になってから申し込むのでは遅い」という点です。経営者が入院してからでは、金融機関との交渉自体が困難になります。最低でも月商3か月分の運転資金を確保できる体制を目標にしましょう。
03お金以外に整えておくべき「情報の備え」
BCPは資金面の備えだけでは不十分です。経営者が突然不在になっても事業が最低限回るよう、以下の情報を整理・共有しておきましょう。
- 銀行口座・ネットバンキングのアクセス情報——信頼できる家族や共同経営者がアクセスできるように、法人口座の代理人登録やネットバンキングの権限設定を済ませておく
- 主要取引先リストと連絡先——売上の80%を占める取引先には、緊急時の連絡窓口(経営者以外)を事前に伝えておく
- 税理士・社労士・弁護士の連絡先——顧問専門家にも「経営者不在時の対応方針」を共有しておく
- 進行中のプロジェクトや請求・支払いスケジュール——クラウドツールで一元管理し、経営者以外もアクセスできるようにしておく
- パスワード管理——業務用のID・パスワードをパスワード管理ツールで一元管理し、マスターキーの保管場所を信頼できる人に伝えておく
これらは特別なコストをかけずに、今日から着手できるものばかりです。
04法人と個人事業主で異なる税務上のポイント
BCPに関連する各種制度の税務上の取り扱いは、法人か個人事業主かで異なります。以下に主な違いを整理します。
個人事業主の場合
- 小規模企業共済の掛金 → 全額が所得控除(小規模企業共済等掛金控除)
- 所得補償保険の保険料 → 介護医療保険料控除の対象(年間上限40,000円)
- 受け取る所得補償保険金 → 非課税(所得税法第9条)
法人(ひとり社長)の場合
- 小規模企業共済の掛金 → 役員個人の所得控除(法人の経費にはならない)
- 法人契約の所得補償保険 → 保険料は原則損金算入可能、受取保険金は益金
- 役員報酬の継続 → 休業中も定期同額給与を支払い続ける場合、損金算入は通常どおり可能。ただし、長期にわたり実態と乖離する場合は税務上の論点になりうる
注意:法人で所得補償保険に加入する場合、保険金の受取人を「法人」にするか「役員個人」にするかで課税関係が大きく変わります。役員個人が受取人の場合、保険料が役員への給与(現物給与)と認定される可能性があります。契約設計は必ず税理士に相談のうえ進めてください。
05創業期BCPの「最初の一歩」チェックリスト
最後に、今日からすぐに取りかかれるアクションをチェックリスト形式でまとめます。すべてを一度に完璧にする必要はありません。まずはひとつでも着手することが大切です。
- 小規模企業共済に加入する(月額1,000円からでもOK。余裕ができたら増額)
- 所得補償保険の見積もりを取る(複数社を比較し、免責期間と保障額を検討)
- 銀行口座の代理人登録・ネットバンキングの権限設定を確認する
- 主要取引先5社に「緊急連絡先」を伝えておく
- 業務用パスワードをパスワード管理ツールに集約する
- 月商3か月分の運転資金確保を目標に、融資枠・貯蓄計画を立てる
- 上記の内容を顧問税理士と共有し、税務面の最適化を相談する
創業期は「攻め」に集中しがちですが、「守り」の仕組みがあってこそ、安心して攻められるものです。経営者が健康なうちにこそ、備えを始めましょう。
- ひとり社長・少人数チームでは、経営者の離脱が即座に事業停止につながるため、創業期からBCPの発想が不可欠
- 「お金の備え」として、所得補償保険・小規模企業共済・緊急時の融資枠確保の3つを優先的に検討する
- 小規模企業共済は全額所得控除になるうえ、緊急時の低利貸付制度があり、BCPと節税を兼ねた有力な選択肢
- 所得補償保険は契約形態(個人契約か法人契約か、受取人は誰か)で税務上の取り扱いが大きく異なるため、税理士への相談が重要
- お金の備えと合わせて、銀行口座の代理人登録・取引先への緊急連絡先共有・パスワード管理など「情報の備え」も整えておく
