「一緒に会社を立ち上げた仲間が、方向性の違いで会社を離れることになった」――スタートアップの現場では決して珍しくない出来事です。しかし、感情的な決着だけで手続きを放置すると、株式の評価をめぐる紛争、想定外のみなし配当課税、登記の不備による信用リスクなど、法務・税務の両面でトラブルが長期化します。本記事では、2026年4月現在の制度をふまえ、共同創業者が退任する際に確認すべきチェックリストと、事前に備えておくべき契約上の仕組みを時系列で整理します。

01共同創業者の退任が起きやすいタイミングと典型的なトラブル

創業メンバーの離脱は、設立から1〜3年のフェーズで最も多く発生します。事業の方向転換、資金調達方針の相違、個人の家庭事情など理由はさまざまですが、問題になるのは「退任後の株式の扱い」が決まっていないケースです。

典型的なトラブルパターン

  • 退任する側が株式を持ったまま連絡が取れなくなり、増資や事業譲渡の決議が通らない
  • 株式買取価格で合意できず、数百万円〜数千万円規模の訴訟に発展する
  • 役員退任の登記を怠り、退任者が法律上「役員」のまま残り続ける
  • 買取時の税務処理を誤り、売主・買主双方に追徴課税が発生する

資本金300万円で50%ずつ出資して設立したケースを想像してください。退任時に純資産が3,000万円に成長していた場合、出資額150万円で買い取ろうとする残留側と、時価1,500万円を主張する退任側で深刻な溝が生まれます。

02退任が現実味を帯びたら最初に確認すべきチェックリスト

話し合いの段階で以下の5点を早めに確認しておくことが、円満な解決への第一歩です。

  1. 定款の株式譲渡制限条項:多くの非公開会社は「取締役会(または株主総会)の承認が必要」と定めています。この制限がないと、退任者が第三者に株式を売却するリスクがあります。
  2. 株主間契約(SHA)の有無と内容:退任時の買取条項(リーバー・グッド/バッド条項)が設定されているかを確認します。
  3. 直近の決算書と株式評価の基礎資料:純資産価額方式、類似業種比準方式、DCF法など、どの評価方法を採用するかで金額が大きく変わります。
  4. 退任者の役員報酬・退職金の未払い状況:未払報酬がある場合は株式買取と相殺する交渉も考えられます。
  5. 役員変更登記の期限:会社法上、退任から2週間以内に変更登記を申請する義務があります(会社法第915条第1項)。

ポイント:株主間契約(SHA)を創業時に締結していれば、退任時の買取価格の算定方法や買取義務者をあらかじめ定めておけるため、交渉が大幅にスムーズになります。契約書がない場合でも、退任協議の冒頭で「評価方法のルール」を先に合意することで感情的な対立を減らせます。

03株式買取価格の算定方法と税務上の注意点

非上場株式の主な評価方法

非上場会社の株式には市場価格がありません。実務上よく用いられる評価方法は以下の3つです。

  • 純資産価額方式:会社の純資産(資産−負債)を発行済株式数で割る方法。計算がシンプルで小規模法人に多用されます。
  • 類似業種比準方式:国税庁が公表する類似業種の株価をもとに算定する方法。相続税・贈与税の評価で用いられます。
  • DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュフロー法):将来のキャッシュフローを現在価値に割り引く方法。VC投資や M&A の場面で使われますが、前提条件で結果が大きくブレます。

個人間の売買であっても、税務上は「時価」を基準に課税関係が判断されます。時価と大きく乖離した金額で取引すると、以下のリスクがあります。

時価より著しく低い価格で買い取った場合

  • 買主側:時価との差額が「贈与」とみなされ、贈与税が課税される可能性(相続税法第7条)
  • 売主側:譲渡所得の計算上、実際の売却額ではなく時価で計算されるリスク

会社が自己株式として取得する場合の「みなし配当」

退任者から会社自身が株式を買い取る(自己株式取得)場合、買取価格のうち「資本金等の額」を超える部分は「みなし配当」として課税されます(所得税法第25条第1項)。みなし配当は総合課税の対象となり、最高税率55.945%(所得税+復興特別所得税+住民税)が適用される可能性があります。

たとえば出資額150万円の株式を会社が1,500万円で買い取った場合、差額1,350万円がみなし配当となり、退任者に高額の所得税が発生します。一方、個人である残留創業者が買い取れば、退任者側は譲渡所得(申告分離課税20.315%)で済むケースが多く、税負担に大きな差が生じます。

注意:自己株式取得と個人間売買では退任者の税負担が大幅に異なります。どちらのスキームを選ぶかは、会社の資金余力・残留者の個人資金・退任者の所得状況を総合的に検討したうえで判断してください。事前に税理士へ相談し、シミュレーションを行うことを強くおすすめします。

04役員変更登記と残った経営者が整理すべき実務

登記手続きのポイント

退任した共同創業者が取締役(または代表取締役)を兼ねていた場合、法務局への変更登記が必要です。申請期限は退任日から2週間以内で、怠った場合は100万円以下の過料が科される可能性があります(会社法第976条)。

必要書類は一般的に以下のとおりです。

  • 株主総会議事録(辞任の場合は辞任届)
  • 取締役の就任承諾書(後任がいる場合)
  • 印鑑届出書(代表取締役変更時)
  • 登録免許税:役員変更1件につき1万円(資本金1億円以下の場合)

退任後に残った経営者がやるべきこと

  1. 持株比率の再設計:退任者の株式を買い取った後、必要に応じて新たな共同経営者や投資家への割当てを検討します。議決権の3分の2以上(特別決議要件)を確保できるかが最重要ポイントです。
  2. 役員退職金の損金算入:退任者に退職金を支給する場合、「最終報酬月額 × 在任年数 × 功績倍率」の算式で計算した金額が適正額の目安となります。過大な退職金は損金不算入となるため注意が必要です(法人税法第36条)。
  3. 競業避止・秘密保持契約の締結:退任合意書のなかで、一定期間の競業禁止条項や顧客情報の持ち出し禁止を明文化しておくことで、将来の紛争リスクを低減できます。

05泥沼化を防ぐために創業時から備えておくべき仕組み

退任トラブルの多くは「事前の取り決めがなかった」ことに起因します。創業時、あるいは今からでも以下の仕組みを整備しておくことを推奨します。

  • 株主間契約(SHA)の締結:退任時の株式買取義務、価格算定方法、支払期限を明記する
  • ベスティング条項:在籍期間に応じて株式の権利確定割合を段階的に増やす仕組み。早期離脱時に株式の大半を創業者側に戻せる
  • 定款での譲渡制限:取締役会または株主総会の承認なしに株式を第三者に譲渡できない旨を明記する
  • 種類株式の活用:議決権制限株式や取得条項付株式を設計しておくと、退任時の株式回収がスムーズになる

これらの仕組みは、VCからの資金調達時にも「ガバナンスが整備されている」と評価されるため、一石二鳥の効果があります。

この記事のまとめ
  • 共同創業者の退任時は、株式買取価格の算定方法・税務処理・登記手続きの3点を同時に整理する必要がある
  • 自己株式取得と個人間売買では退任者の税負担(みなし配当 vs. 譲渡所得)が大きく異なるため、スキーム選択が重要
  • 役員変更登記は退任日から2週間以内が期限。放置すると過料のリスクがある
  • 株主間契約(SHA)やベスティング条項を創業時から整備しておくことが、泥沼化を防ぐ最も有効な手段
  • 退任協議が始まったら、早い段階で税理士・弁護士に相談し、税務シミュレーションと合意書の作成を並行して進めることが重要