「法人を設立したら、まず生命保険に入って節税しましょう」——創業直後にこうした提案を受けた経験はありませんか。保険営業の方から「全額経費になります」「実質タダで保障が手に入ります」と勧められ、よく分からないまま契約してしまうケースは少なくありません。しかし、2019年の税制改正以降、法人保険の損金算入ルールは大きく変わっています。創業期の貴重な資金を保険に回す前に、正しいルールと「節税効果」の実態を押さえておきましょう。
01なぜ創業期に法人保険を勧められるのか
法人を設立すると、保険代理店や金融機関から法人向け生命保険の提案を受ける機会が増えます。その背景には主に次のような理由があります。
- 経営者の万が一に備える保障ニーズ:創業期は経営者個人の信用力に依存する部分が大きく、もしもの事態に会社が立ち行かなくなるリスクがある
- 「保険料=経費」という節税トーク:保険料の一部または全部が損金(経費)に算入できるため、法人税の課税所得を圧縮できると説明される
- 退職金準備の提案:将来の役員退職金を保険の解約返戻金で賄うスキームの紹介
こうした提案自体が悪いわけではありません。しかし問題は、2019年以降のルール変更を十分に説明しないまま「全額損金」を強調するケースがいまだに見られることです。
022019年改正で何が変わったか——法人保険の経費算入ルールの基本
法人保険の税務処理を大きく変えたのが、2019年6月28日に公表・同年7月8日以降の契約に適用された国税庁の法人税基本通達の改正です。この改正により、定期保険・第三分野保険の損金算入割合は「最高解約返戻率」に応じて制限されるようになりました。
最高解約返戻率ごとの損金算入ルール
現行ルールでは、保険期間を通じた最高解約返戻率(ピーク返戻率)に応じて、次のように損金算入割合が決まります。
- 最高解約返戻率50%以下:支払保険料の全額を損金算入可能
- 最高解約返戻率50%超70%以下:保険期間の前半4割の期間は保険料の60%のみ損金算入。残り40%は資産計上し、後半期間で取り崩して損金算入
- 最高解約返戻率70%超85%以下:保険期間の前半4割の期間は保険料の40%のみ損金算入。残り60%は資産計上
- 最高解約返戻率85%超:最高解約返戻率に応じた割合(最高返戻率×90%など)を資産計上。損金に算入できる部分は非常に小さい
ポイント:改正前は「全額損金タイプ」として人気だった返戻率80〜90%台の定期保険が、改正後は大部分が資産計上を求められるようになりました。現在、全額損金算入が可能なのは返戻率50%以下の保険に限られます。つまり「払った保険料の半分以上は戻ってこない」保険だけが全額経費にできるのです。
終身保険・養老保険の取扱い
なお、終身保険の保険料は原則として全額が資産計上です。養老保険もハーフタックスプラン(受取人の設定により保険料の1/2を損金算入する方法)はありますが、役員・従業員の福利厚生目的で一定の要件を満たす必要があり、経営者一人だけの法人では適用が難しいケースが大半です。
03「節税」の正体——解約返戻金には課税される
法人保険の「節税効果」を考えるうえで最も重要なポイントは、解約返戻金を受け取ったときの課税です。
課税の繰り延べに過ぎない
たとえば、年間保険料100万円を全額損金に算入した場合、その年度の課税所得は100万円減り、実効税率を約34%とすると約34万円の法人税等が減少します。しかし数年後に解約して返戻金を受け取ると、その返戻金は雑収入として益金に算入されます。
仮に返戻率が50%で50万円の返戻金を受け取った場合、資産計上額がゼロであれば50万円全額が課税対象です。つまり「保険料を払ったときに税金が減り、返戻金を受け取ったときに税金が増える」という構造であり、税金の支払いを先送りにしているだけ(課税の繰り延べ)に過ぎません。
数字で見る「節税効果」の実態
具体的な例で確認しましょう。
年間保険料100万円、保険期間20年、最高解約返戻率45%(全額損金タイプ)の定期保険に加入したケースを考えます。
- 支払総額:100万円 × 20年 = 2,000万円
- 損金算入による税軽減効果(累計):2,000万円 × 34% = 約680万円
- 解約返戻金(返戻率45%):2,000万円 × 45% = 900万円
- 返戻金受取時の課税:900万円 × 34% = 約306万円
- 差引の実質コスト:支払総額2,000万円 − 返戻金900万円 = 1,100万円(この1,100万円が保障を得るための純粋なコスト)
損金算入で680万円税金が減っても、返戻金受取時に306万円の税金が増えるため、正味の税効果は約374万円です。一方で保険そのものに1,100万円を費やしています。節税額374万円を得るために1,100万円の実質コストを負担している計算になります。
注意:解約返戻金の受取時に赤字決算であれば課税が発生しないケースもありますが、「赤字にするために解約する」という発想は本末転倒です。また、役員退職金の支給と解約返戻金の受取を同じ期に合わせて損益を相殺する方法もありますが、退職金の損金算入には「功績倍率法」等による適正額の制約があり、無制限に経費化できるわけではありません。
04創業期に本当に必要な保障の見極め方
法人保険の「節税効果」が限定的であることを踏まえたうえで、それでも創業期に保険が必要なケースはあります。重要なのは「節税目的」ではなく「保障目的」で判断することです。
保険加入を検討すべきケース
- 経営者に万が一のことがあると事業が即座に立ち行かなくなる場合:借入金の返済、従業員の給与支払い、取引先への支払いなど、当面の運転資金を確保する目的での加入は合理的です
- 金融機関から融資条件として求められる場合:創業融資の条件として経営者保険への加入を求められることがあります
- 連帯保証をしている場合:経営者個人の遺族に債務が及ぶリスクを軽減する目的で加入する価値があります
創業期に優先すべきこと
一方で、創業1〜2年目の法人にとって最も大切なのは手元資金(キャッシュ)の確保です。月々5万円の保険料でも年間60万円、3年で180万円になります。この資金を事業投資に回すほうがリターンが大きいケースは多いでしょう。
保険を検討する際は、次の手順で進めることをおすすめします。
- まず「何のリスクに備えるのか」を明確にする
- 必要保障額を算出する(借入金残高+半年分の運転資金が目安)
- 保障に対するコストが妥当か比較する(掛け捨ての定期保険は保険料が安く、保障目的なら合理的)
- 節税効果は「おまけ」として考え、意思決定の主要因にしない
05法人保険を検討するなら税理士に相談を
法人保険の税務処理は、保険の種類・契約形態(契約者・被保険者・受取人の組み合わせ)・保険期間・最高解約返戻率によって異なり、非常に複雑です。保険営業の方の説明だけで判断すると、「思っていたほど経費にならなかった」「解約返戻金に想定外の税金がかかった」というトラブルにつながりかねません。
特に2026年4月現在、2019年改正から7年が経過し、改正前に加入した保険の見直しタイミングを迎えている法人も増えています。既存契約の税務処理の確認も含めて、保険加入・見直しの前には税理士にご相談ください。
- 2019年の通達改正により、全額損金算入できる法人保険は最高解約返戻率50%以下のものに限定されている
- 法人保険の「節税効果」の多くは課税の繰り延べに過ぎず、解約返戻金受取時に課税される
- 創業期は手元資金の確保が最優先。保険加入は「節税目的」ではなく「保障目的」で判断すべき
- 必要保障額を算出し、掛け捨ての定期保険など合理的な商品を選択する
- 法人保険の税務処理は複雑なため、加入前に必ず税理士に相談することが重要
