「思ったより売上が伸びないから役員報酬を下げたい」「逆に業績が好調だから増額したい」――創業期の経営者にとって、期初に決めた役員報酬を途中で変更したくなる場面は珍しくありません。しかし、法人税法上の「定期同額給与」のルールを知らないまま変更してしまうと、超過分が損金不算入となり、想定外の税負担が発生することがあります。本記事では、2026年4月時点の最新情報をもとに、定期同額給与の基本ルールと、期中変更が認められる例外ケースを具体的な数字を交えて解説します。
01そもそも「定期同額給与」とは何か
定期同額給与とは、法人税法第34条第1項第1号に規定される役員給与の損金算入要件のひとつです。簡単に言えば、「毎月同じ金額を、事業年度を通じて継続的に支給する役員報酬」のことを指します。
法人税法上、役員報酬を損金(経費)として認めてもらうためには、原則として以下の3つの支給形態のいずれかに該当する必要があります。
- 定期同額給与:毎月同額を支給するもの
- 事前確定届出給与:事前に税務署へ届出をして確定額を支給するもの(賞与等)
- 業績連動給与:一定の要件を満たした利益連動型の報酬(上場企業向け)
創業期のスタートアップや小規模法人では、ほとんどの場合「定期同額給与」を選択します。期首(または設立日)から3か月以内の株主総会等で金額を決定し、その後は事業年度末まで毎月同額を支払い続けるのが原則です。
02期中で金額を変更すると何が起こるのか
ここが最も注意すべきポイントです。例えば、2026年4月に設立した法人が月額40万円の役員報酬を設定したとします。ところが8月になって売上が好調だからと月額60万円に増額した場合、どうなるでしょうか。
増額した場合の損金不算入
8月以降に増額した差額分(60万円 − 40万円 = 月20万円)が「定期同額」を超える部分とみなされ、損金不算入となります。仮に8月から翌3月まで8か月間支給した場合、20万円 × 8か月 = 160万円が損金不算入です。この160万円には法人税等が課税され、さらに役員個人の所得税・住民税もかかるため、実質的に二重課税の状態が生じます。
減額した場合の損金不算入
逆に、月額40万円を8月から25万円に減額した場合はどうでしょうか。この場合、減額後の25万円が「定期同額」の基準額とみなされ、4月から7月までの4か月間について、40万円 − 25万円 = 月15万円、合計60万円が損金不算入となるリスクがあります。
注意:増額でも減額でも、正当な理由なく期中変更を行うと損金不算入が発生します。「少しだけなら大丈夫だろう」という判断は危険です。金額の大小にかかわらず、税務調査で指摘されるケースがありますのでご注意ください。
03期中変更が認められる3つの例外パターン
定期同額給与にも例外があり、以下のケースでは期中の変更が認められます。
パターン1:期首から3か月以内の改定(通常改定)
最も一般的なのが、事業年度開始から3か月以内に行う定時株主総会での改定です。例えば3月決算法人であれば、2026年6月末までに株主総会を開催し、役員報酬を改定すれば「通常改定」として認められます。創業初年度は設立日が期首となるため、設立から3か月以内がデッドラインです。
パターン2:臨時改定事由による改定
役員の職制上の地位の変更や、職務内容の重大な変更があった場合に認められます。具体例としては以下のようなケースです。
- 取締役が代表取締役に昇格した
- 合併や組織再編により役員の職務内容が大幅に変わった
- 病気・事故等により職務執行が困難になった
ただし、単に「業務が忙しくなった」「営業成績が良かった」といった理由は臨時改定事由には該当しません。
パターン3:業績悪化改定事由による減額改定
経営状況が著しく悪化した場合に、役員報酬を減額する方向でのみ認められる例外です。「著しい悪化」とは、法人税基本通達9-2-13において以下のような状況が例示されています。
- 株主・債権者・取引先等との関係上、役員報酬の減額がやむを得ない状況
- 経営状況の悪化により、第三者である利害関係者から見ても減額が相当と認められる状況
- 銀行との借入条件(財務制限条項)に抵触するおそれがある場合
単なる「業績見通しの下方修正」や「一時的な資金繰りの悪化」だけでは認められにくいため、客観的な証拠の整備が重要です。
ポイント:業績悪化改定事由はあくまでも「減額」の場合に限られます。業績が悪化した後に回復したからといって、期中で再び増額することは原則として認められません。増額は翌期首から3か月以内の通常改定で対応しましょう。
04創業期のケーススタディ3選
ケース1:設立半年で売上が激減したIT企業
2025年10月に設立した9月決算のA社(ソフトウェア開発)。設立時に代表取締役の月額報酬を50万円に設定。しかし2026年4月、主要取引先との契約が解除され、月商が80万円から20万円に急落。銀行からも融資条件の見直しを打診されました。
この場合、取引先喪失による売上の大幅減少と金融機関からの要請という客観的事実があるため、業績悪化改定事由に該当する可能性が高いと考えられます。臨時株主総会で月額25万円への減額を決議し、議事録を作成して証拠を残すことで、減額後の25万円を基準に定期同額給与として損金算入が認められる見込みです。
ケース2:共同創業者が取締役に昇格した飲食ベンチャー
2026年1月設立・12月決算のB社(飲食業)。設立時は代表取締役1名で月額報酬35万円。2026年7月、共同創業メンバーが正式に取締役に就任し、代表取締役の職務範囲が大幅に変更されました。
役員構成の変更に伴い代表取締役の職務内容が重大に変わった場合は、臨時改定事由に該当し得ます。ただし、代表の報酬を増額するためには、職務内容の変更が実質的であることを示す資料(職務分掌規程の改定等)を整備しておく必要があります。
ケース3:「なんとなく」減額してしまったコンサル会社
2025年7月設立・6月決算のC社(コンサルティング業)。月額報酬45万円で開始したが、2026年1月に「生活費が足りるから」という理由で月額30万円に自主的に減額。特段の業績悪化はなく、株主総会の議事録も未作成でした。
このケースでは業績悪化改定事由にも臨時改定事由にも該当せず、正当な理由のない期中変更とみなされます。4月から12月の6か月間の差額15万円 × 6か月 = 90万円が損金不算入となるリスクがあります。
05期中で判断に迷ったときの実務フロー
役員報酬の変更を検討する際は、以下のステップで判断してください。
- 変更理由の確認:通常改定(期首3か月以内)・臨時改定事由・業績悪化改定事由のいずれかに該当するか整理する
- 客観的証拠の収集:月次試算表、取引先との契約書、金融機関からの通知書、議事録など、変更の合理性を裏付ける書類を準備する
- 株主総会(社員総会)の開催と議事録作成:一人会社であっても、必ず議事録を作成し、変更日・変更理由・変更後の金額を記録する
- 税理士への事前相談:変更を実行する前に、損金算入の可否について専門家に確認する
- 変更の実行と記録保存:変更後は毎月同額を支給し、関連書類を最低7年間保管する
特に重要なのは、変更を実行する「前」に相談することです。変更後に「実は損金不算入でした」と判明しても、遡って元に戻すことはできません。
06創業期だからこそ慎重に設定したい役員報酬
創業期は事業計画の精度が低いため、役員報酬の設定は特に難しい判断です。以下の点を意識して初期設定を行いましょう。
- 保守的な金額からスタートする:最初は低めに設定し、翌期の通常改定で見直す方が安全
- 最低限の生活費+社会保険料を考慮する:低すぎると生活が立ち行かなくなるため、月額20万〜30万円程度を目安に検討
- 法人の資金繰りシミュレーションを行う:少なくとも12か月分の固定費として耐えられるか確認する
- 事前確定届出給与の活用を検討する:業績に応じた賞与を支給したい場合は、事前に届出を行うことで対応可能
なお、事前確定届出給与は原則として届出期限が「株主総会等の決議日から1か月以内」または「事業年度開始日から4か月以内」のいずれか早い日までとなっています。届出と異なる金額を支給した場合は全額が損金不算入となりますので、こちらも慎重な判断が必要です。
- 定期同額給与は「毎月同額を事業年度を通じて支給する」ことが損金算入の原則要件
- 正当な理由なく期中変更すると、増額・減額いずれの場合も差額分が損金不算入となる
- 期中変更が認められるのは「期首3か月以内の通常改定」「臨時改定事由」「業績悪化改定事由(減額のみ)」の3パターン
- 業績悪化改定事由は客観的な証拠が必要。議事録や財務資料を必ず整備する
- 創業期は保守的な金額設定からスタートし、翌期の通常改定で見直すのが安全策
- 変更を実行する前に、必ず税理士に相談して損金算入の可否を確認する
