「うちはモノを売っていないから棚卸しは関係ない」――創業期のスタートアップやフリーランスの方から、よくこんな声をいただきます。しかし、在庫を持たないサービス業やIT系の事業でも、期末時点で完了していないプロジェクトや案件があれば、それは「仕掛品」として棚卸資産に計上しなければならないケースがあります。計上漏れは利益の過少申告につながり、税務調査で思わぬ指摘を受けるリスクも。この記事では、創業期に押さえておきたい棚卸しの基本ルールと、見落としを防ぐ実務ステップを具体例とともに解説します。

01「在庫がない=棚卸し不要」は大きな誤解

棚卸しと聞くと、倉庫にある商品を数えるイメージが強いかもしれません。しかし、税法上の「棚卸資産」は商品や製品だけではありません。法人税法第2条第20号および所得税法施行令第3条では、棚卸資産に「半製品」「仕掛品」「原材料」なども含まれると規定されています。

つまり、以下のような業種でも棚卸資産の計上が必要になる場面があります。

  • システム開発・Web制作会社:納品前のプロジェクトにかかった外注費や人件費
  • コンサルティング業:期末時点で完了していない調査・分析業務の原価
  • 建設業・内装工事業:引渡し前の未成工事にかかった材料費・労務費
  • デザイン・映像制作業:クライアントへの納品が翌期にまたがる制作物

これらの業種では、物理的な「在庫」が目に見えにくいため、期末処理で見落とされがちです。しかし、期末時点で売上に対応する原価が確定していないものは、費用として計上せず「仕掛品」や「未成工事支出金」として資産計上するのが原則です。

02仕掛品・未成工事支出金とは何か

仕掛品

仕掛品とは、製造やサービスの提供過程にあり、まだ完成・納品に至っていないものの原価を指します。例えば、2026年3月決算のIT企業が、2026年2月に着手した開発案件を期末時点でまだ納品していない場合、その案件にかかった人件費・外注費・経費は「仕掛品」として貸借対照表の資産に計上します。

未成工事支出金

建設業や工事業で使われる勘定科目で、引渡しが完了していない工事に投じた原価を集計したものです。性質は仕掛品と同じですが、建設業会計では慣行としてこの名称が使われます。

ポイント:仕掛品に含めるべき原価は「その案件のために直接かかった費用」が基本です。具体的には、外注費、プロジェクト専任スタッフの人件費(按分計算が必要な場合もあり)、案件に紐づく旅費交通費や材料費などが該当します。家賃や管理部門の人件費といった間接費は、原則として仕掛品に含めなくてよい場合が多いですが、製造原価に算入する方針を採用している場合は含めることもあります。自社の原価計算方法を決算前に整理しておきましょう。

03計上漏れが招く具体的リスク

リスク1:利益の過少申告になる

仕掛品を費用のまま計上してしまうと、本来は翌期に対応させるべき原価が当期の経費に含まれることになります。結果として当期の利益が過少に計算され、税金の申告額も少なくなります。

たとえば、3月決算の法人で期末に200万円分の仕掛品計上漏れがあった場合、課税所得が200万円過少になります。実効税率を約30%とすると、約60万円の税額に影響が出る計算です。

リスク2:税務調査での指摘

税務調査では、期末付近の売上と原価の対応関係が重点的にチェックされます。「4月に大きな売上が立っているのに、3月末時点で仕掛品がゼロ」という状態は、調査官の目に不自然に映ります。指摘を受ければ修正申告が必要になり、過少申告加算税(原則10%、悪質な場合は重加算税35%)や延滞税が課される可能性があります。

リスク3:融資・資金調達への悪影響

創業期には金融機関や投資家に決算書を提出する場面も多くあります。棚卸資産の計上が正しく行われていないと、決算書の信頼性が低下し、融資審査にマイナスの影響を与えることがあります。

注意:「金額が小さいから大丈夫」と思っていても、創業期は売上規模自体が小さいため、少額の計上漏れでも利益率に大きなインパクトを与えます。2026年3月期や2026年5月期の決算を控えている方は、今のうちに確認しておきましょう。

04創業期に正しい棚卸しの習慣をつける5つのステップ

「仕掛品の計上が必要なのはわかった。でも具体的にどうすればいい?」という方のために、実務で使えるステップを整理しました。

  1. 案件・プロジェクトの一覧表を作成する
    期末時点で進行中のすべての案件をリストアップします。Excelやスプレッドシートで十分です。案件名、契約金額、着手日、納品予定日、進捗状況を記載しましょう。
  2. 案件ごとに原価を集計する
    各案件に紐づく外注費、人件費(工数×単価)、その他直接経費を集計します。日頃からプロジェクトコードを振って経費を管理しておくと、決算時の作業が大幅に楽になります。
  3. 完了基準を明確にする
    「納品完了」「検収書受領」「役務提供完了」など、売上を計上する基準(収益認識基準)を社内で統一しておきます。完了基準が曖昧だと、仕掛品にすべきか売上にすべきかの判断がブレてしまいます。
  4. 期末日時点の未完了案件を仕掛品として計上する
    ステップ1~3で整理した情報をもとに、会計ソフト上で仕掛品(または未成工事支出金)の仕訳を入力します。仕訳例は次のとおりです。
    (借方)仕掛品 ×××円 /(貸方)期末仕掛品棚卸高 ×××円
  5. 翌期首に振り戻す
    翌期の期首に逆仕訳を行い、前期末の仕掛品を費用に戻します。そして案件完了時に売上と対応する原価が正しく計上される流れを作ります。

この5つのステップを毎期末のルーティンに組み込むだけで、計上漏れのリスクは大幅に低減できます。

05よくある疑問と実務上の判断ポイント

Q. 月額報酬型のコンサルティング契約でも仕掛品は発生する?

月単位で役務提供が完了し、毎月売上を計上している場合は、基本的に仕掛品は発生しません。ただし、3か月分まとめて請求する契約で、期末をまたいで未請求の役務提供分がある場合は、その原価部分の取り扱いを検討する必要があります。

Q. 一人社長で外注も使っていない場合は?

自分の人件費(役員報酬)は原価に含めないケースが一般的です。ただし、案件のために購入した素材や資料代、交通費などの直接経費がある場合は仕掛品に含める必要があります。金額が僅少であっても、税務調査対応の観点から「確認した結果、計上すべき仕掛品はなかった」と記録を残しておくことをおすすめします。

Q. 工事進行基準(一定の期間にわたり充足される履行義務)を適用すべき?

2021年4月以降に開始する事業年度から適用されている「収益認識に関する会計基準」では、一定の要件を満たす場合に進行基準での収益認識が求められます。ただし、中小企業(法人税法上の中小法人等)では従来の完成基準の適用が認められるケースも多いため、顧問税理士と相談のうえ判断しましょう。

06まとめ

この記事のまとめ
  • 在庫を持たないサービス業・IT業でも、期末に未完了の案件があれば「仕掛品」として棚卸資産の計上が必要になる
  • 計上漏れは利益の過少申告につながり、税務調査で過少申告加算税や延滞税を課されるリスクがある
  • 仕掛品に含める原価は、外注費・プロジェクト専任人件費・直接経費が基本
  • 案件一覧の作成、原価の案件別集計、完了基準の明確化を期末ルーティンに組み込むことで見落としを防げる
  • 創業期に正しい期末処理の習慣をつけておくことが、将来の税務リスク軽減と決算書の信頼性向上につながる