「法人を設立したばかりで、役員は自分だけ。健康診断や慶弔見舞金を福利厚生費にできるのだろうか?」――創業期の経営者からよく寄せられるご相談です。福利厚生費は節税策として注目されやすい一方、少人数法人やひとり社長の会社では「全従業員を対象」という要件がハードルとなり、税務調査で否認されるケースが後を絶ちません。本記事では、2026年5月時点の実務を踏まえ、創業期の小規模法人が押さえるべき福利厚生費の範囲と落とし穴を具体例とともに整理します。
01そもそも「福利厚生費」が損金になる条件とは
福利厚生費として法人の損金(経費)に算入するためには、税務上、以下の3つの条件をすべて満たす必要があります。
- 全従業員(役員を含む)を対象としていること――特定の個人だけが恩恵を受ける支出は給与課税の対象になります。
- 社会通念上相当な金額であること――一般的にみて常識の範囲を超えない金額であることが求められます。
- 業務上の必要性・合理性があること――単なる私的支出の付け替えではなく、従業員の福祉向上という目的が認められることが前提です。
大企業であれば「全従業員対象」の要件は制度として整えやすいのですが、問題は従業員が数名、あるいはゼロのスタートアップ法人です。対象者が限られるほど、「結局は特定個人(=社長本人)の私的支出ではないか」と疑われやすくなります。
02ひとり社長法人でも認められやすい福利厚生費の具体例
役員しかいない法人であっても、次のような支出は実務上、福利厚生費として認められるケースが多いとされています。
健康診断・人間ドック
法人が全役員・全従業員を対象とする健康診断の費用を負担する場合、社会通念上相当な範囲であれば福利厚生費として処理できます。国税庁の取扱いでは、おおむね年1回の一般的な健康診断や人間ドック(費用目安:1人あたり数万円程度)は認められるとされています。ただし、特定の役員だけが受診する高額な検査(例:PET検査を含む50万円超のプレミアムドックなど)は、給与認定されるリスクがあります。
慶弔見舞金
結婚祝い金や香典、傷病見舞金などは、社内規程にもとづき一律の基準で支給していれば福利厚生費となります。金額の目安として、慶弔見舞金規程で「結婚祝い金3万円」「香典1万円~5万円」など社会通念上妥当な水準を定めておくことが重要です。ひとり社長であっても、規程を策定しておけば将来従業員を雇用した際に同じ基準が適用される点を示すことができ、税務調査への備えになります。
永年勤続表彰
勤続年数に応じて記念品や旅行券を支給する制度です。所得税基本通達36-21では、おおむね勤続10年以上の者に対し、社会通念上相当な記念品を支給する場合は課税しなくて差し支えないとされています。創業期では該当者が出にくい項目ですが、規程自体を整備しておくことに意味があります。
ポイント:ひとり社長法人では「今は対象者が自分だけ」でも、規程上は全役員・全従業員を対象とする設計にしておくことが大切です。将来の従業員雇用を見据えた制度として合理的に説明できれば、税務上のリスクは大幅に下がります。
03否認されやすい福利厚生費――少人数法人の「落とし穴」
一方で、以下のような支出は少人数法人において否認リスクが高いため注意が必要です。
社員旅行・レクリエーション
国税庁の通達では、社員旅行が福利厚生費として認められるための目安として、「旅行期間が4泊5日以内」「全従業員の50%以上が参加」といった基準が示されています。ところが、ひとり社長法人や家族だけの会社の場合、「参加率100%=社長(と家族)だけ」となり、実質的に個人旅行と区別がつきません。税務調査では「業務との関連性」が厳しく問われ、否認されて役員給与として課税されるリスクが非常に高い項目です。
社内イベント費(忘年会・新年会など)
従業員が複数いる場合、全員参加の忘年会や懇親会の費用(1人あたり5,000円~1万円程度)は福利厚生費として認められるのが一般的です。しかし、参加者が社長1人や家族のみの場合は、交際費または給与として認定される可能性が高くなります。外部の取引先を招いている場合は交際費での処理を検討すべきでしょう。
食事補助・昼食代
法人が役員・従業員の食事代を補助する場合、所得税基本通達36-38の2では「従業員が食事代の半額以上を負担していること」かつ「法人負担額が月額3,500円(税抜)以下であること」が非課税の要件です。ひとり社長が毎日のランチ代を全額会社負担にしている場合は、これらの要件を満たさず給与課税の対象となります。
注意:少人数法人で最も否認されやすいのが「社員旅行」と「飲食関連費用」です。参加者がごく少数の場合、いくら社内規程を整備していても「実態として特定個人への経済的利益の供与」と判断されれば、役員賞与として法人・個人の双方に課税されるリスクがあります。役員賞与は法人税法上、損金不算入となるため、法人にも個人にも税負担が生じる二重課税の状態になりかねません。
04税務調査で指摘されないための社内規程整備3つのポイント
では、少人数法人が福利厚生費を安全に活用するために、どのような準備をすればよいのでしょうか。実務上、特に重要な3つのポイントをお伝えします。
1. 福利厚生規程を書面で作成・保存する
慶弔見舞金規程・健康診断実施規程・社員旅行規程など、支出の種類ごとに対象者・金額基準・支給条件を明文化します。取締役会議事録(ひとり社長の場合は取締役決定書)で制定日と内容を記録しておくことも有効です。
2. 「全員対象」の建付けを崩さない
規程上の対象を「全役員および全従業員」としたうえで、現時点で該当者が少ないだけ、という形を保ちます。「代表取締役のみ」「特定の役員のみ」と限定する記載は避けてください。
3. 支出の記録と証拠書類を残す
健康診断であれば受診結果の写し、慶弔見舞金であれば支給申請書と支払記録、社内イベントであれば参加者名簿や写真など、実態を裏付ける資料をセットで保管しましょう。税務調査では「規程はあるが実態がない」と指摘されることが少なくありません。規程と実態の一致が最も重要です。
05創業期に活用しやすい福利厚生費の一覧
最後に、創業期の小規模法人が比較的安全に活用できる福利厚生費と、注意が必要な項目を一覧で整理します。
認められやすい項目
- 健康診断・人間ドック(全役員対象、常識的な金額の範囲内)
- 慶弔見舞金(規程に基づく一律支給)
- 社会保険料の法定福利費(健康保険・厚生年金等の会社負担分)
- 制服・作業服の支給(業務に必要なもの)
- 資格取得費用・研修費用(業務関連性が明確なもの)
否認リスクが高い項目
- 社員旅行(参加者が社長のみ・家族のみ)
- スポーツクラブの法人会員(特定の役員だけが利用)
- 社内飲食費(参加者がごく少数で私的色彩が強い場合)
- 高額な人間ドック・美容関連の施術費用
判断に迷う支出がある場合は、計上する前に税理士へご相談いただくことをおすすめします。事後に否認されるより、事前に適切な処理方法を確認するほうが、結果的にコストも手間も抑えられます。
- 福利厚生費の損金算入には「全従業員対象」「社会通念上相当な金額」「業務上の合理性」の3要件が必要
- ひとり社長法人でも、健康診断・慶弔見舞金などは規程を整備すれば認められやすい
- 社員旅行・飲食関連費用は少人数法人で最も否認されやすく、役員賞与認定のリスクがある
- 社内規程を書面で作成し、対象を「全役員・全従業員」とする建付けを維持することが重要
- 規程だけでなく実態を裏付ける証拠書類の保管が税務調査対策の鍵となる
