「売上は順調に伸びているのに、なぜか手元にお金が残らない」——創業期の経営者からよくいただくご相談です。その原因の多くは、取引先やプロジェクト単位で見たときに”隠れた赤字”が発生していることにあります。全体の売上が黒字であっても、特定の顧客に過剰なコストをかけていたり、採算割れの案件を受け続けていたりすれば、利益はじわじわと削られていきます。本記事では、創業期だからこそ取り組んでおきたい「顧客別・プロジェクト別の採算管理」の始め方と、不採算取引を見つけた後の判断フレームワークを解説します。
01なぜ創業期に「取引先別の利益率」が見えにくくなるのか
創業直後は売上を立てることが最優先になるため、「どの取引先からいくら利益が出ているか」を細かく管理する余裕がないのが実情です。しかし、取引先が5社を超え始めると、見えないコストが蓄積していきます。
創業期に利益率が曖昧になる3つの典型パターン
- 値引きの常態化:実績づくりのためにと安価で受注した案件が、いつまでも元の単価に戻せない
- 工数の過小見積もり:修正対応やミーティングなど、見えない作業時間が計上されていない
- 間接費の未配賦:交通費・通信費・ツール利用料などが特定の取引先に紐づけられていない
ある制作会社の事例では、売上構成比30%を占める主要取引先の利益率を計算したところ、実質マイナス8%だったことが判明しました。原因は「追加修正の無償対応」が常態化していたことです。月間約40時間の工数が未回収となっていました。
02取引先別・プロジェクト別の採算管理の始め方
採算管理と聞くと大掛かりなシステムが必要だと思われがちですが、創業期はスプレッドシートで十分対応できます。大切なのは「仕組みをシンプルに保ち、継続すること」です。
ステップ1:取引先ごとに売上・直接原価・工数を記録する
まず、以下の5項目を月次で記録するシートを用意しましょう。
- 取引先名(プロジェクト名)
- 月間売上高:請求ベースで記録
- 直接原価:外注費・材料費など、その取引に直接かかったコスト
- 投下工数:社内メンバーがその取引に費やした時間(時間単位)
- 間接費の按分額:全社の間接費を売上比率や工数比率で按分した金額
ステップ2:時間単価を設定し、人件費を可視化する
個人事業主や少人数の法人では、自分自身の人件費が「タダ」として扱われがちです。しかし、採算管理上は必ず時間単価を設定してください。目安として、年間の目標所得(生活費+貯蓄+社会保険料等)を年間稼働時間(例:1,800時間)で割った金額を使います。
例えば、目標年収を600万円とすると、時間単価は約3,300円です。月に40時間をかけた取引先には、人件費として約13万2,000円を計上することになります。
ポイント:工数の記録は「ざっくり」で構いません。最初は15分単位ではなく、1日の終わりに「この取引先に何時間使ったか」を振り返るだけで十分です。Togglやクラウド勤怠ツールの無料プランを活用すると、記録の負担を軽減できます。
ステップ3:月次で利益率を算出し、一覧にする
各取引先について以下の計算を行います。
粗利益 = 売上高 − 直接原価 − 投下工数 × 時間単価
粗利益率 = 粗利益 ÷ 売上高 × 100
これを一覧にすると、利益率の高い取引先と低い取引先が一目瞭然になります。業種にもよりますが、サービス業では粗利益率30%以上を一つの基準として考えるとよいでしょう。
03不採算取引を発見したらどうする?——判断のフレームワーク
利益率が低い、あるいはマイナスの取引先が見つかったとしても、即座に取引を打ち切ればよいわけではありません。以下の4つの観点から総合的に判断しましょう。
判断軸1:改善の余地があるか
利益率が低い原因が「工数の過多」にある場合は、業務プロセスの効率化や作業範囲の再定義で改善できる可能性があります。まずは原因を特定し、改善策を検討します。
判断軸2:価格改定は可能か
原材料費や人件費の上昇を理由とした価格改定は、2026年現在、多くの業界で受け入れられやすい環境にあります。まずは取引先に現状のコスト構造を丁寧に説明し、適正な価格への見直しを交渉しましょう。値上げ幅の目安として、最低でも粗利益率がプラスになる水準を設定してください。
判断軸3:戦略的価値はあるか
以下に該当する場合は、短期的に不採算でも継続を検討する余地があります。
- その取引先からの紹介で他の高収益案件が生まれている
- 実績として対外的なブランディングに活用できる
- 将来的に取引規模が拡大する確度が高い
ただし、戦略的価値がある場合でも「いつまで」「どの水準まで」許容するかの期限と基準を明確にしておくことが重要です。
判断軸4:撤退のタイミングと方法
改善も価格改定も見込めず、戦略的価値も薄い場合は、撤退を検討します。契約書に定められた解約条件を確認したうえで、十分なリードタイムを確保して取引終了の意向を伝えましょう。感情的にならず、「経営方針の変更」として冷静に対応することが、関係性を悪化させないコツです。
注意:売上構成比が30%を超える取引先からの撤退は、資金繰りに大きな影響を与えます。必ず事前にキャッシュフローのシミュレーションを行い、代替の売上見込みを確保してから判断してください。1社依存度が高い場合は、まず取引先の分散を進めることが先決です。
04モニタリングを仕組み化する——月次チェックの習慣づくり
採算管理は「一度やって終わり」では意味がありません。毎月の経理処理と合わせて、取引先別の利益率を更新する流れを作りましょう。
月次レビューで確認すべき3つのポイント
- 利益率の変動:前月比で5ポイント以上の変動があれば原因を調査する
- 工数の推移:売上が変わらないのに工数が増えていないかチェックする
- 取引先構成比:特定の取引先への依存度が高まっていないか確認する
理想は、月次の試算表を作成するタイミングで取引先別の採算データも一緒に更新することです。クラウド会計ソフトの「部門別」や「タグ機能」を使えば、日常の仕訳入力の中で取引先別の集計が自動化できます。freeeやマネーフォワードクラウドでは、取引先タグを設定するだけで売上・原価の取引先別集計が可能です。
05採算管理が経営判断の質を高める
取引先別の利益率を可視化することで、「どの顧客に注力すべきか」「営業リソースをどこに配分すべきか」という経営判断が、感覚ではなくデータに基づいて行えるようになります。
創業から1〜2年の段階では、取引先の数もまだ限られているため、管理の仕組みを構築するハードルは低いはずです。取引先が増えてから始めようとすると、過去のデータがなく比較ができません。「今のうちに」始めることが、将来の経営の精度を大きく左右します。
採算管理の仕組みづくりや、不採算取引の判断に迷われた際は、税理士にご相談ください。数字の見方から改善策の検討まで、経営者の意思決定をサポートいたします。
- 売上全体が黒字でも、取引先単位で見ると赤字が隠れていることは創業期に多い
- 取引先ごとに売上・直接原価・工数を記録し、時間単価を使って粗利益率を算出する
- スプレッドシートやクラウド会計ソフトのタグ機能で、シンプルかつ継続できる仕組みを作る
- 不採算取引は「改善余地」「価格改定」「戦略的価値」「撤退判断」の4軸で総合的に判断する
- 月次で利益率・工数・取引先構成比をレビューする習慣を早期に確立することが重要
