「本業のスタートアップ事業で事業所得があるけれど、個人で所有しているマンションの家賃収入もある。確定申告でどう書き分ければいいのか分からない」——創業期の経営者からこうしたご相談をいただくことが増えています。所得区分を誤ると税額計算が狂い、さらに青色申告特別控除65万円をどちらの所得から差し引くかで手取り額に差が出ることもあります。本記事では、2026年(令和8年)分の確定申告を見据え、事業所得と不動産所得を併せ持つ方が押さえておくべきルールを具体例付きで整理します。
01まず確認——「事業所得」と「不動産所得」の区分基準
所得税法では、所得を10種類に区分しています。創業期の経営者が混同しやすいのが「事業所得」と「不動産所得」です。基本的な判定基準は次のとおりです。
事業所得に該当するもの
- 製造業・小売業・サービス業・ITビジネスなど、自己の計算と危険において営む事業から生じる所得
- フリーランスのコンサルティング報酬やシステム開発報酬など
不動産所得に該当するもの
- アパート・マンション・駐車場など不動産の貸付けによる賃料収入
- 不動産の貸付けが「事業的規模(いわゆる5棟10室基準)」であっても、原則として不動産所得に区分される
注意すべきは、不動産賃貸業を「事業として」行っていても所得区分はあくまで不動産所得であるという点です。事業所得にはなりません。一方、民泊やホテル業のように旅館業法の許可を得て運営するケースは事業所得に該当する場合があります。迷ったときは税理士に確認しましょう。
02損益通算のルールと「通算できない」不動産所得の赤字
事業所得と不動産所得はいずれも損益通算の対象です。つまり、一方が黒字で他方が赤字の場合、合算して課税所得を圧縮できるのが原則です。しかし、不動産所得の赤字には重要な例外があります。
損益通算の原則
- 不動産所得・事業所得・山林所得・譲渡所得の赤字は、他の所得の黒字と通算できる(所得税法第69条)
- 通算の順序は、まず経常所得グループ内(不動産所得・事業所得・利子所得・配当所得・給与所得・雑所得)で通算し、それでも赤字が残れば他のグループと通算する
不動産所得の赤字で通算「できない」ケース
租税特別措置法第41条の4により、不動産所得の赤字のうち「土地等の取得に要した借入金の利子」に相当する部分は、他の所得と損益通算することができません。これは創業期に物件をローンで購入した経営者が見落としやすいポイントです。
注意:たとえば不動産所得の赤字が年間120万円、そのうち土地取得に係る借入金利子が80万円ある場合、損益通算に使えるのは120万円 − 80万円 = 40万円のみです。残り80万円は切り捨てとなり、翌年への繰越しもできません。申告書の付表(損益通算の計算書)で正しく除外する必要があります。
具体例で見る損益通算
以下のケースで確認してみましょう。
- 事業所得(ITサービス業):+500万円
- 不動産所得(区分マンション1室の賃貸):△150万円(うち土地取得借入利子100万円)
この場合、不動産所得の赤字150万円のうち損益通算できるのは150万円 − 100万円 = 50万円です。したがって、通算後の合計所得金額は500万円 − 50万円 = 450万円となります。
03青色申告特別控除65万円——どちらの所得から差し引くか
青色申告特別控除は、最大65万円(電子申告またはe-Taxによる申告・電子帳簿保存の要件を満たす場合)が適用されます。事業所得と不動産所得の両方がある場合、この控除をどちらの所得から差し引くかにはルールがあります。
差し引く順序のルール
- まず不動産所得の金額から控除する
- 不動産所得の金額から控除しきれない場合に限り、残額を事業所得の金額から控除する
これは所得税基本通達(措通25の2-2等)に基づくルールであり、納税者が自由に選べるわけではありません。不動産所得から先に差し引く、という点を覚えておきましょう。
配分の具体例
前述のケースに青色申告特別控除65万円を適用してみます(e-Tax申告・正規の簿記の原則で記帳済みと仮定)。
- 不動産所得:収入300万円 − 必要経費450万円 = △150万円(赤字のため控除適用なし)
- 事業所得:500万円 − 青色申告特別控除65万円 = 435万円
不動産所得がすでに赤字の場合は控除を差し引く余地がないため、65万円の全額を事業所得から差し引けます。
逆に、不動産所得が30万円の黒字、事業所得が500万円の黒字であれば、次のようになります。
- 不動産所得:30万円 − 30万円(控除の一部)= 0円
- 事業所得:500万円 −(65万円 − 30万円)= 500万円 − 35万円 = 465万円
ポイント:不動産所得が事業的規模(5棟10室基準)でなくても、事業所得で青色申告をしていれば65万円控除の適用は可能です。ただし不動産所得単独で青色申告特別控除65万円を受けるには事業的規模が必要とされていますので、両方の所得がある場合は事業所得での青色申告承認が前提となります。
04確定申告書への記載方法——実務上の流れ
2026年(令和8年)分の確定申告書(B様式は廃止され統一様式)の記載手順を整理します。
ステップ1:所得ごとに収支内訳書(または青色申告決算書)を作成
- 事業所得用:青色申告決算書(一般用)
- 不動産所得用:青色申告決算書(不動産所得用)
それぞれの決算書で収入金額・必要経費・差引金額を計算し、青色申告特別控除額を上記の配分ルールに従って記入します。
ステップ2:確定申告書の第一表に転記
- 「収入金額等」欄:事業(営業等)と不動産をそれぞれ記入
- 「所得金額等」欄:青色申告特別控除後の所得金額を記入
ステップ3:損益通算がある場合
不動産所得が赤字で損益通算を行う場合は、申告書第四表(損失申告用)を使用します。土地取得借入利子の除外計算もこの付表で行います。
05創業期に多い3つの誤りパターン
当事務所にご相談に来られる方の中で、特に多い誤りを3つご紹介します。
誤り1:不動産賃貸収入を「雑所得」で申告してしまう
不動産の貸付けによる収入は不動産所得です。雑所得で申告すると、損益通算ができなくなるなどの不利益が生じます。
誤り2:青色申告特別控除65万円を「有利な方」に自由に配分する
前述のとおり不動産所得から先に差し引くルールがあり、納税者の任意選択ではありません。税務調査で否認されるリスクがあります。
誤り3:土地取得借入利子の除外計算を忘れる
不動産所得の赤字全額を損益通算してしまうケースです。過少申告加算税の対象になり得ますので必ず確認が必要です。
- 不動産の貸付けによる収入は事業として行っていても「不動産所得」に区分される(事業所得とは別)
- 損益通算は可能だが、不動産所得の赤字のうち「土地取得に要した借入金利子」に相当する部分は通算不可
- 青色申告特別控除65万円は「不動産所得から先に差し引く」ルールがあり、納税者が自由に選ぶことはできない
- 確定申告書は事業所得用・不動産所得用の青色申告決算書をそれぞれ作成し、損益通算がある場合は第四表も添付する
- 判断に迷う場合は、誤った申告で加算税が発生する前に税理士へ相談することをおすすめします
