「夏のイベント対応で従業員に深夜まで残業してもらったけれど、割増賃金の計算、これで合っているのだろうか」――創業間もない事業者の方から、毎年この時期になるとそんなご相談をいただきます。割増賃金の計算ミスは、未払い賃金というだけでなく、源泉徴収額や社会保険料の算定にまで連鎖します。2026年の夏を安心して乗り切るために、正しい計算の考え方と、給与計算ソフトで見落としがちな設定ポイントを整理しました。

01なぜ「夏の残業代」は計算ミスが起きやすいのか

創業期の小規模事業者にとって、夏は繁忙期の入り口です。飲食・小売・イベント関連はもちろん、BtoB企業でも上半期の追い込みで残業時間が急増します。しかし、普段は定時退社が多い職場ほど、いざ残業が発生したときに計算ルールが曖昧なままというケースが少なくありません。

よくあるミスは次のようなパターンです。

  • 基礎となる時間単価の算出に、本来除外すべき手当を含めている(または含めるべき手当を除外している)
  • 法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えた部分と、所定労働時間を超えた部分を混同している
  • 深夜帯(22時~翌5時)の割増と時間外の割増が重複する場面で、片方しか加算していない
  • 給与計算ソフトの初期設定を確認しないまま運用を始めている

こうしたミスが積み重なると、後述するように税務・労務の両面で深刻なリスクにつながります。

02割増賃金の基本ルールをおさらい

割増率の一覧

労働基準法で定められた割増率は以下のとおりです。

  • 時間外労働(法定労働時間超):25%以上
  • 時間外労働が月60時間を超える部分:50%以上(中小企業も2023年4月から適用済み)
  • 深夜労働(22時~翌5時):25%以上
  • 法定休日労働:35%以上

たとえば、時間外労働かつ深夜帯に該当する場合は、25%+25%=50%以上の割増が必要です。法定休日の深夜であれば35%+25%=60%以上となります。

基礎単価の計算で除外できる手当

割増賃金の基礎となる「1時間あたりの賃金」を算定する際、以下の7種類に限定して除外が認められています(労働基準法施行規則第21条)。

  1. 家族手当(扶養人数に応じて支給されるもの)
  2. 通勤手当
  3. 別居手当
  4. 子女教育手当
  5. 住宅手当(住宅費用に応じて定率・定額で支給されるもの)
  6. 臨時に支払われた賃金
  7. 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等)

逆にいえば、役職手当・資格手当・業務手当など名称を問わず上記7種に該当しないものは、すべて基礎単価に含めなければなりません。創業期に「なんとなく基本給だけで計算していた」というミスは非常に多いため、要注意です。

ポイント:「住宅手当」「家族手当」でも、一律定額で全員に支給している場合は除外できません。たとえば全従業員に一律月1万円の「住宅手当」を支給しているケースでは、割増賃金の基礎に含める必要があります。除外できるのは、あくまで住宅費用の実額や扶養人数など個別事情に応じて金額が変動する場合に限られます。

03計算ミスが「税務」「社会保険」に連鎖するメカニズム

源泉徴収額への影響

割増賃金を過少に計算すると、支給額そのものが少なくなるため、毎月の源泉所得税の預り額も本来あるべき額と乖離します。後日、労基署の調査や従業員からの申告で未払い残業代をまとめて精算した場合、その精算月に一括して課税対象となり、源泉徴収のやり直しが必要になります。

年末調整・確定申告の時期をまたぐと、従業員側の所得税額にも影響が及び、修正が大がかりになりかねません。

社会保険料への影響

社会保険の標準報酬月額は、原則として毎年7月に届け出る算定基礎届(4月・5月・6月の報酬の平均)で決定されます。この3か月間に残業代の計算ミスがあると、標準報酬月額が実態と乖離し、保険料の過不足が生じます。また、残業代が大幅に増えた場合は随時改定(月額変更届)の対象となることもあります。

2026年8月現在、すでに今年の算定基礎届は届出済みの時期ですが、計算誤りに気づいた場合は訂正届の提出が必要になります。

注意:未払い残業代をまとめて支払った場合、支払った月の報酬に含めるのが原則です。これにより標準報酬月額が急激に上がり、社会保険料の負担増につながるケースがあります。「あとでまとめて払えばいい」という考えは、キャッシュフロー面でも大きな負担になり得ます。毎月正しく計算・支給することが最も経済的です。

04具体例で見る「正しい計算」と「ありがちなミス」

以下の条件で比較してみましょう。

  • 月給:基本給22万円+役職手当3万円=合計25万円
  • 月の所定労働時間:160時間
  • ある日、9時~24時まで勤務(休憩1時間)=実労働14時間

正しい計算

1時間あたりの基礎単価=250,000円÷160時間=1,562.5円(端数処理は就業規則に基づく)

  • 所定内労働(9時~18時、休憩1時間):8時間 → 通常賃金
  • 法定時間外労働(18時~22時):4時間 → 1,562.5円×1.25×4時間=7,812.5円
  • 法定時間外+深夜労働(22時~24時):2時間 → 1,562.5円×1.50×2時間=4,687.5円
  • 割増賃金合計:12,500円

ありがちなミス

役職手当3万円を除外して基礎単価を計算してしまうケースです。

誤った基礎単価=220,000円÷160時間=1,375円

この場合、同じ計算をすると割増賃金合計は11,000円となり、1日あたり1,500円の不足が生じます。月に10日こうした勤務があれば15,000円、従業員5人なら月75,000円もの未払いが発生する計算です。

05給与計算ソフトの設定チェックポイント

freee人事労務、マネーフォワードクラウド給与、弥生給与など主要な給与計算ソフトを導入していても、初期設定が正しくなければ計算結果は間違います。以下の項目を今一度確認してください。

  1. 割増賃金の基礎に含める手当の設定:各手当の項目ごとに「割増基礎に含める/含めない」のフラグがあります。役職手当や業務手当が「含めない」になっていないか確認しましょう。
  2. 所定労働時間の設定:月の所定労働時間が実態と合っているか(月によって異なる場合は年間平均を使用するのが一般的です)。
  3. 深夜時間帯の設定:22時~翌5時が正しく設定されているか。業種によってはシフトの開始・終了時刻との整合性も要確認です。
  4. 法定休日の設定:週1日(または4週4日)の法定休日がどの曜日に設定されているか。法定休日労働と法定外休日労働では割増率が異なります。
  5. 月60時間超の割増率:中小企業でも50%以上の割増率が必要です。ソフトの設定が25%のままになっていないか確認してください。
  6. 端数処理のルール:1時間あたりの賃金額や割増賃金額の端数処理方法(切り上げ・四捨五入・切り捨て)が就業規則と一致しているか。労働者に不利な切り捨ては、1か月の合計で50円未満切り捨て・50円以上切り上げとする処理のみ認められています。

06創業期だからこそ「最初の設定」を専門家と一緒に

創業期は事業そのものに集中したい時期です。しかし、給与計算の設定ミスは、時間が経つほど修正コストが膨らみます。従業員を初めて雇用するタイミング、あるいは繁忙期に入る前のこの時期に、一度専門家のチェックを受けておくことを強くおすすめします。

特に以下のような状況にある方は、早めの見直しが有効です。

  • 給与計算ソフトを自分で設定して、そのまま検証していない
  • 従業員に固定残業代(みなし残業代)を支給しているが、超過分の精算方法が不明確
  • アルバイト・パートを含めた複数の雇用形態が混在している
  • 今年初めて従業員を雇った

税務面では源泉徴収の正確性、労務面では割増賃金の適法性、その両方に目を配ることが、結果的に事業を守ることにつながります。

この記事のまとめ
  • 割増賃金の基礎単価には、役職手当・業務手当など除外が認められない手当を必ず含める
  • 時間外+深夜の重複割増(50%以上)や、月60時間超の割増(50%以上)の見落としに注意
  • 計算ミスは源泉徴収額・社会保険料の誤りに連鎖し、修正コストが膨らむ
  • 給与計算ソフトの初期設定(手当の基礎算入フラグ・所定労働時間・深夜時間帯・端数処理)を必ず確認する
  • 創業期こそ「最初の設定」を専門家にチェックしてもらうことが、将来のリスクを最小化する