「まずは実績をつくりたいから、最初の数件は無料モニターで」「友人だから半額でいいよ」──創業期によくある光景ですが、こうした無償・低額取引は、税務上思わぬ落とし穴を生むことがあります。寄附金認定、時価課税、消費税のみなし譲渡など、知らなかったでは済まされないリスクを具体例とともに整理します。
01創業期に無償・低額取引が多い理由
スタートアップや個人事業の立ち上げ期には、サービスの品質を検証するための無料モニター、ポートフォリオづくりのためのプロボノ、知人への友人価格など、通常より安い対価で仕事を引き受けるケースが珍しくありません。
もちろんマーケティング戦略としては有効ですが、税務の世界では「対価なし」や「著しく低い対価」での取引に特別なルールが適用されます。法人と個人事業では取り扱いが異なるため、自分の事業形態に合ったリスクを正確に把握しておくことが大切です。
02法人の場合──寄附金認定と時価課税のリスク
無償提供は「寄附金」になり得る
法人税法第37条では、法人が経済的利益を無償または低額で供与した場合、その時価と実際の対価との差額が「寄附金」として認定される可能性があります。寄附金に該当すると、損金算入限度額を超える部分は損金不算入となり、法人税の課税所得が増えてしまいます。
たとえば、通常1件30万円で請け負うウェブ制作を、実績づくりとして無料で5件提供した場合、合計150万円が寄附金と認定されるリスクがあります。資本金1,000万円の新設法人であれば、寄附金の損金算入限度額はごくわずかですので、大部分が課税対象になりかねません。
低額譲渡と「時価」の考え方
法人税法第22条第2項では、無償による役務提供についても益金に算入すべき収益が生じるとされています。つまり、タダで仕事をしても「時価相当の売上があったもの」として扱われる可能性があるのです。友人に時価の半額で提供した場合も、時価との差額部分について同様の論点が生じます。
注意:「実績づくりだから経費にならなくてもいい」と考えがちですが、問題は経費にならないことではなく、売上として課税される可能性がある点です。タダ働きなのに税金が発生するという最悪の事態も起こり得ます。
03個人事業の場合──所得税・贈与税の論点
所得税法上の取り扱い
個人事業主の場合、無償で役務を提供しても、法人のように時価で収益を認識する規定は原則としてありません。ただし、棚卸資産や事業用資産を著しく低い価額(時価の70%未満が一つの目安)で譲渡した場合は、所得税法第40条により時価で譲渡があったものとみなされます。
たとえば、手作りアクセサリーの販売で原価3,000円・通常販売価格10,000円の商品を友人に2,000円で売った場合、時価10,000円での売上として課税される可能性があります。
受け取る側の贈与税リスク
無償や著しく低い価額で経済的利益を受けた側に、贈与税が課税される可能性もあります。個人間の取引で年間110万円の基礎控除を超える利益供与がある場合は、受け手側にも影響が及びます。友人価格とはいえ、高額なサービスを無償で提供すると、相手に迷惑をかける結果になりかねません。
04消費税──見落としやすい「みなし譲渡」
消費税法第4条第5項(個人事業主の場合)および第28条第1項(法人の場合の低額譲渡)にも注意が必要です。
- 個人事業主:棚卸資産を無償または著しく低い対価で譲渡した場合、みなし譲渡として時価で消費税が課税されます(消費税法第4条第5項第1号)。
- 法人:資産の低額譲渡について、時価を課税標準とする規定があります(消費税法第28条第1項ただし書き)。
なお、役務提供(サービス)については、消費税のみなし譲渡の規定は資産の譲渡ほど明確ではありませんが、対価の額が著しく低い場合には時価を基準に課税される余地があります。創業期に課税事業者を選択しているケース(インボイス登録をしている場合など)は特に注意が必要です。
ポイント:2023年10月から始まったインボイス制度により、創業初期でもあえて課税事業者を選択しているスタートアップが増えています。課税事業者の場合、無償・低額取引の消費税リスクは他人事ではありません。2026年現在、2割特例の適用期限にも留意してください。
05税務リスクを避けながら実績をつくる3つの工夫
無償・低額取引をすべてやめる必要はありません。以下の工夫で、実績づくりと税務リスク回避を両立できます。
工夫1:正規料金を明示したうえで「値引き」として処理する
請求書や契約書に正規料金(時価)を記載し、そこから明確な値引き理由とともに割引額を表示します。「モニター割引」「初回限定割引」など、事業上の合理的な理由を明記しましょう。税務調査で問われるのは「なぜその価格にしたか」の説明です。
工夫2:モニター契約書を整備する
無料モニターの場合は、以下の項目を盛り込んだ契約書を作成します。
- モニター募集の目的(サービス改善・品質検証など)
- モニター期間と提供範囲の限定
- フィードバック提出義務(アンケート回答、レビュー執筆など)
- 通常価格の明示と無償提供の理由
- 成果物の利用許諾(実績として公開する旨)
フィードバックを「対価」として位置づけることで、完全な無償供与ではなく広告宣伝目的の取引と整理しやすくなります。
工夫3:件数と期間を限定し記録を残す
無料モニターは「先着5名限定」「2026年6月末まで」のように件数と期間を区切りましょう。無制限に無償提供を続けると、事業としての合理性が疑われます。また、モニター募集の告知(SNS投稿やウェブページ)のスクリーンショットも証拠として保存しておくと安心です。
06会計処理の具体例
法人が無料モニターを実施した場合
通常価格20万円のコンサルティングを無料モニターとして提供し、モニター契約書を整備してフィードバックを受領したケースでは、広告宣伝費として処理する方法が考えられます。
- 借方:広告宣伝費 200,000円 / 貸方:売上 200,000円
時価相当の売上を計上したうえで、同額を広告宣伝費として費用計上する処理です。これにより、益金と損金が両建てとなり、課税所得への影響を最小限に抑えられます。ただし、広告宣伝費としての合理性(モニター契約書、フィードバック記録など)を説明できることが前提です。
友人価格で提供した場合
時価10万円のサービスを友人に5万円で提供した場合、差額5万円の取り扱いが問題になります。値引きの合理的な理由がなければ、差額が寄附金認定されるリスクがあります。「紹介割引」「レビュー協力割引」など、第三者にも説明できる理由を契約書に残しましょう。
- 法人が無償・低額でサービスを提供すると、時価との差額が寄附金認定され、損金不算入となるリスクがある
- 個人事業主でも、棚卸資産の低額譲渡は時価課税(所得税法第40条)の対象になり得る
- 消費税のみなし譲渡規定にも注意。インボイス登録済みの創業者は特に要注意
- 税務リスクを回避するには、正規料金の明示・モニター契約書の整備・件数と期間の限定が有効
- 会計処理では、時価で売上計上し広告宣伝費と両建てにする方法で課税所得への影響を抑えられる
- 判断に迷う場合は、取引を始める前に税理士へ相談するのが最も確実
