「創業から半年、在庫は増えてきたけれど棚卸しなんてやったことがない」「評価方法の届出?そんなもの出した覚えがない」――創業期のスタートアップや個人事業主の方から、こうしたご相談をよくいただきます。7月〜8月は上半期の在庫を見直す絶好のタイミングです。在庫評価方法の選び方ひとつで期末利益が大きく変わり、法人税額や融資審査にまで影響が及びます。本記事では、2026年現在の制度をもとに、評価方法の違い・届出のルール・事業形態別の選び方を具体的なシミュレーション付きで解説します。

01なぜ「夏の棚卸し」が創業期に重要なのか

多くの法人は3月決算ですが、創業期は設立時期により決算月がバラバラです。たとえば2026年1月設立・12月決算の法人であれば、7月はちょうど折り返し地点にあたります。ここで在庫の実態を把握しておくことには、次のようなメリットがあります。

  • 期末に慌てて棚卸しをする必要がなくなり、精度が上がる
  • 在庫評価方法を見直す時間的余裕が生まれる
  • 上半期の粗利率を正しく把握でき、下半期の価格戦略に活かせる
  • 不良在庫・滞留在庫を早期に発見し、資金繰りの改善につなげられる

特に創業1期目は「評価方法の届出」を出すかどうかの判断期限が迫っていることが多いため、夏のうちに検討を始めておくことが肝心です。

02届出を出していない場合の「デフォルト適用ルール」

法人税法施行令第28条・所得税法施行令第99条では、棚卸資産の評価方法を届け出なかった場合の法定評価方法を定めています。

法人の場合

法定評価方法は「最終仕入原価法による原価法」です。届出書(「棚卸資産の評価方法の届出書」)を確定申告書の提出期限までに所轄税務署へ提出しなければ、自動的にこの方法が適用されます。

個人事業主の場合

所得税でも同様に、届出がなければ最終仕入原価法による原価法が法定評価方法として適用されます。届出の期限は、その評価方法を採用しようとする年の3月15日までです。

注意:創業1期目の届出期限は「最初の確定申告書の提出期限まで」です。たとえば2026年4月設立・3月決算の法人であれば、2027年5月末日が届出期限となります。ただし、届出を忘れたまま1期目の申告を終えると、2期目以降に変更届出書を出さない限り最終仕入原価法が固定されます。早めの検討をおすすめします。

03三つの代表的な評価方法を比較する

創業期の中小企業が選択肢として検討することが多い評価方法は、主に次の3つです。

最終仕入原価法

期末に最も近い時期に仕入れた単価で、在庫全体を評価する方法です。計算が極めて簡単で、届出不要(デフォルト)のため、多くの中小企業が採用しています。ただし、仕入単価が期中に大きく変動した場合、直近1回の仕入単価だけで在庫全体を評価するため、実態と乖離するリスクがあります。

総平均法

期首在庫と当期仕入の合計金額を、合計数量で割った平均単価で在庫を評価します。仕入価格の変動を均すため、利益のブレが小さくなるのが特徴です。ただし、期末にならないと単価が確定しないため、月次での原価管理にはやや不向きです。

個別法

個々の棚卸資産について、実際の取得原価をそのまま適用する方法です。宝石・不動産・中古車など、1点ごとに原価が大きく異なる商品を扱う事業に向いています。精度は最も高い一方、管理の手間は最も大きくなります。

04シミュレーションで見る——評価方法の違いが利益に与えるインパクト

以下のケースで、評価方法ごとの期末在庫金額と売上原価の違いを確認してみましょう。

前提条件(アパレルEC・創業1期目)

  • 期首在庫:なし(新規創業のため)
  • 4月仕入:100個 × @800円 = 80,000円
  • 7月仕入:100個 × @1,000円 = 100,000円
  • 11月仕入:100個 × @1,200円 = 120,000円
  • 当期仕入合計:300個・300,000円
  • 当期販売数量:250個(期末在庫50個)
  • 売上高:500,000円

最終仕入原価法の場合

期末在庫 = 50個 × @1,200円 = 60,000円
売上原価 = 300,000円 − 60,000円 = 240,000円
売上総利益 = 500,000円 − 240,000円 = 260,000円

総平均法の場合

平均単価 = 300,000円 ÷ 300個 = @1,000円
期末在庫 = 50個 × @1,000円 = 50,000円
売上原価 = 300,000円 − 50,000円 = 250,000円
売上総利益 = 500,000円 − 250,000円 = 250,000円

比較結果

最終仕入原価法のほうが期末在庫が10,000円多く計上され、その分だけ売上総利益も10,000円大きくなります。仕入単価が上昇傾向にある場合、最終仕入原価法は利益を大きく見せる方向に働くことが分かります。法人税の実効税率を約25%とすれば、この差だけで約2,500円の納税額の差が生じます。在庫規模が大きくなればインパクトは数十万〜数百万円に拡大します。

ポイント:融資審査では粗利率や経常利益が重視されます。評価方法の選択によって利益の「見え方」が変わるため、金融機関から評価方法について説明を求められるケースもあります。事業実態に合った方法を一貫して採用し、説明できるようにしておくことが信頼につながります。

05事業形態別・おすすめ評価方法の選び方

評価方法に「万能の正解」はありません。事業の特性に合わせて選ぶことが重要です。

少品種・大量仕入のEC事業や小売業

仕入単価の変動が比較的大きい場合は総平均法が安定的です。利益のブレが小さく、月次推移も読みやすくなります。一方、仕入単価がほぼ一定であれば、管理コストの低い最終仕入原価法で十分な場合も多いです。

高単価・一点もの商材を扱う事業

中古車販売、アンティーク、宝飾品、不動産などは個別法が適しています。1点ごとの利益管理が経営判断に直結するため、手間をかけてでも個別に原価を紐付けるメリットがあります。

飲食・食品製造業

仕入頻度が高く、単価変動も起きやすい業種です。最終仕入原価法のシンプルさが実務的に好まれますが、原材料費の高騰が続く2026年現在の状況では、総平均法のほうが利益の平準化に寄与する場合もあります。

06届出・変更届出の実務手続き

新規届出

  1. 「棚卸資産の評価方法の届出書」を作成する
  2. 棚卸資産の区分(商品、製品、原材料など)ごとに評価方法を記載する
  3. 設立第1期の確定申告書の提出期限までに、所轄税務署へ提出する

変更届出

すでに届出済み、またはデフォルト適用で1期以上経過した後に変更したい場合は、「棚卸資産の評価方法の変更承認申請書」を、変更しようとする事業年度開始の日の前日までに提出し、税務署長の承認を受ける必要があります。正当な理由がないと承認されないこともあるため、変更を検討する場合は早めに税理士へ相談してください。

07夏のうちにやっておきたい3つのアクション

  1. 実地棚卸しを実施する:帳簿在庫と実在庫の差異を把握し、記録に残す
  2. 現在の評価方法を確認する:届出書の控えを確認し、届出未提出なら最終仕入原価法が適用されていることを認識する
  3. 評価方法と事業実態の整合性を検証する:仕入単価の推移を確認し、現行の評価方法が利益を適切に反映しているか検討する

特に創業1期目の方は、確定申告期限までに届出を出すかどうかの判断をこの夏のうちに固めておくと安心です。

この記事のまとめ
  • 在庫評価方法の届出を出していない場合、法人・個人ともに「最終仕入原価法」がデフォルトで適用される
  • 最終仕入原価法・総平均法・個別法はそれぞれ特性が異なり、仕入単価の変動幅や商品特性に応じて選ぶべき方法が変わる
  • 仕入単価が上昇局面にある場合、最終仕入原価法は利益を大きく見せ、総平均法は利益を平準化する傾向がある
  • 評価方法の違いは法人税額だけでなく、融資審査時の財務評価にも影響する
  • 創業1期目の届出期限は「最初の確定申告書の提出期限」。夏のうちに方針を固め、届出の要否を判断しておくことが重要