「売上は順調に伸びているのに、なぜか手元にお金が残らない」——創業2年目を迎えたスタートアップ経営者の方から、このご相談をいただくことが本当に増えました。がむしゃらに走り抜けた1年目を経て、売上が倍になったのに通帳残高を見てがっかり……。その原因は「頑張りが足りない」のではなく、税金と社会保険料の仕組みにあります。今回は、成長フェーズで起きる負担増のメカニズムを可視化し、手残りを最大化するための報酬設計の考え方をお伝えします。

01売上が2倍でも手取りが2倍にならない構造的な理由

まず大前提として、日本の税・社会保険の仕組みには「収入が増えるほど負担率が上がる」という構造が組み込まれています。売上が2倍になったからといって、手取りも2倍になることはありません。その主な要因は次の3つです。

  • 所得税の累進課税:課税所得が増えるほど税率が段階的に上昇(5%~45%)
  • 住民税の後払い構造:前年の所得に基づいて翌年に課税されるため、2年目に1年目の分が一気にのしかかる
  • 社会保険料の等級変動:報酬月額が上がれば標準報酬月額の等級が上がり、保険料も連動して増加

これら3つの負担が同時期に重なるのが、まさに創業2年目なのです。

02シミュレーションで見る「手取り率」の変化

具体的な数字で確認してみましょう。法人の代表者(40歳・扶養なし・東京都)が役員報酬を受け取るケースで、月額報酬ごとの手取り率を試算します(2026年度の税率・料率を前提にした概算です)。

月額報酬別の年間手取り率(概算)

  • 月額30万円(年収360万円):所得税・住民税・社会保険料控除後の手取り率 約78~80%
  • 月額50万円(年収600万円):手取り率 約74~76%
  • 月額80万円(年収960万円):手取り率 約68~71%
  • 月額100万円(年収1,200万円):手取り率 約64~67%

報酬を月額30万円から100万円に約3.3倍にしても、手取り額は約3.3倍にはなりません。年間の手取りで見ると、報酬が増えた分の約3割以上が税金と社会保険料に消えていくイメージです。

ポイント:所得税は「超過累進税率」のため、課税所得が900万円を超えると税率が33%に跳ね上がります。さらに所得が1,800万円を超えると40%、4,000万円超で45%に。報酬を青天井で上げると、増加分のほぼ半分が税金と社会保険料になるゾーンに突入します。

03住民税の「後払い」が2年目の資金繰りを直撃する

創業2年目の経営者が特に驚くのが、住民税の請求です。住民税は前年(2025年1月~12月)の所得をもとに、2026年6月から翌年5月にかけて徴収されます。

つまり、創業1年目にしっかり稼いだ方ほど、2年目に入ってから住民税の天引き額が跳ね上がるのです。所得税は毎月の給与から源泉徴収されるのでリアルタイムに負担を感じますが、住民税は「1年遅れ」で請求が来るため、まるで二重に税金を取られているような感覚に陥ります。

具体例で見る住民税のインパクト

たとえば、創業1年目の役員報酬を月額60万円(年収720万円)に設定していた場合、給与所得控除後の課税所得に対して住民税は年額およそ40万円前後になります。これが2年目の6月から毎月約3.3万円ずつ天引きされます。1年目は住民税がゼロまたは少額だったので、月の手取りが突然3万円以上減る計算です。

04社会保険料の等級変動——随時改定(月額変更届)の落とし穴

売上が伸びたことで役員報酬を期中に引き上げた場合、社会保険料の「随時改定」の対象になる可能性があります。具体的には、固定的賃金が変動し、変動後3か月間の平均報酬月額が従前の標準報酬月額と2等級以上差がある場合に改定が行われます。

健康保険料と厚生年金保険料は労使折半とはいえ、法人の代表者は「会社負担分も実質的に自分の財布から出ている」のと同じです。標準報酬月額が上がると、個人負担分だけでなく法人負担分も増えるため、会社のキャッシュアウトも大きくなります。

注意:役員報酬の変更は原則として事業年度開始から3か月以内に行う「定期同額給与」のルールに従う必要があります。期中に自由に増減させると、増額分が法人税法上の損金として認められないケースがあります。報酬改定のタイミングは、税務上のリスクも踏まえて慎重に判断しましょう。

05成長フェーズに合わせた役員報酬の設計戦略

では、売上が急拡大するフェーズで手残りを最大化するにはどうすればよいのでしょうか。ポイントは「個人の報酬を上げすぎない」ことと「法人に利益を残す選択肢を持つ」ことです。

戦略1:法人税率のメリットを活かす

法人税の実効税率は、中小法人の場合、課税所得800万円以下の部分で約23%程度です。一方、個人の所得税+住民税は課税所得695万円を超えると合計で約33%に達します。つまり、無理に個人の報酬を上げるよりも、法人に利益を残して法人税を払ったほうが手残りが多くなるゾーンが存在します。

戦略2:役員報酬のシミュレーションを毎期行う

創業期は事業の見通しが変わりやすいため、毎事業年度の開始前に売上・利益予測を立て、最適な報酬額をシミュレーションすることが重要です。以下の手順を参考にしてみてください。

  1. 今期の売上・経費を見積もり、法人の課税所得を予測する
  2. 役員報酬の金額を複数パターン(月額30万・50万・80万など)で試算する
  3. 各パターンでの個人の手取り額と法人の税引後利益を算出する
  4. 個人の手取り+法人の税引後利益の合計が最大になるラインを探る
  5. 将来の資金需要(設備投資・採用計画など)も考慮して最終決定する

戦略3:社会保険料の上限も意識する

厚生年金保険料には標準報酬月額の上限(2026年度時点で65万円)があります。報酬月額がこの上限を超えても厚生年金保険料はそれ以上増えません。一方、健康保険料の上限はより高い水準に設定されています。この「天井」の違いを理解しておくと、報酬設計の精度が上がります。

06「稼ぐ力」を「残す力」に変えるために

売上を伸ばすことはとても素晴らしいことです。しかし、成長フェーズだからこそ「稼いだお金をいかに手元に残すか」という視点が欠かせません。税務や社会保険の仕組みを正しく理解し、報酬設計を戦略的に行うことで、同じ売上でも手残りに大きな差が生まれます。

特に創業2年目は、住民税の後払い・社会保険料の等級アップ・消費税の課税事業者への移行など、さまざまな負担が一度に押し寄せるタイミングです。「なんとなく」で報酬を決めるのではなく、数字に基づいた判断を心がけていただければと思います。

当事務所では、創業期の経営者の方に向けて、売上予測に基づいた役員報酬のシミュレーションや、法人・個人トータルでの税負担の最適化についてご相談をお受けしています。「今の報酬設定で大丈夫かな」と少しでも気になった方は、お気軽にご連絡ください。

この記事のまとめ
  • 売上が倍になっても、所得税の累進課税・住民税の後払い・社会保険料の等級変動により手取りは倍にならない
  • 創業2年目は住民税の初回課税と社会保険料の改定が重なり、手取りが大きく減る時期
  • 役員報酬を上げすぎず、法人に利益を残す方が手残りが多くなるゾーンがある(法人実効税率約23% vs 個人の所得税+住民税33%超)
  • 毎期の事業年度開始前に、複数パターンで報酬シミュレーションを行い、個人+法人の手残り合計を最大化する設計を
  • 報酬変更は定期同額給与のルールを守り、税務リスクを回避することが重要