「妻に経理を手伝ってもらっているので、その分を給与として経費に計上したい」――創業まもない個人事業主の方から、こうしたご相談をよくいただきます。しかし、所得税法には「生計を一にする親族への支払いは原則として必要経費にできない」という厳格なルールがあります。知らずに経費計上してしまうと、確定申告で否認され、追加の税負担が発生することも。本記事では、この制限ルールの仕組みと、正しい手続きで経費化する方法を2026年の最新情報に基づいて解説します。
01なぜ家族への支払いは経費にならないのか?
所得税法第56条の「生計一親族」ルール
所得税法第56条は、個人事業主と生計を一にする配偶者やその他の親族に対して支払った対価について、原則として必要経費への算入を認めていません。これは、家族間で自由に所得を分散させることによる課税逃れを防ぐ趣旨の規定です。
具体的には、以下のような支払いが対象になります。
- 配偶者に支払う給与・賃金
- 親族が所有する物件の家賃
- 親族から購入した物品・サービスの対価
- 親族への外注費・業務委託料
たとえば、妻に月10万円の給与を支払い、年間120万円を経費に計上したつもりでも、届出がなければこの全額が否認されます。所得税率が20%の方であれば、約24万円(復興特別所得税・住民税を含めるとさらに増加)もの追加負担が生じる計算です。
「生計を一にする」とはどういう状態か
「生計を一にする」とは、必ずしも同居を意味しません。別居していても、生活費の送金を受けている場合や、余暇には一緒に過ごしている場合なども該当します。逆に、同居していても互いに独立した生計を営んでいれば該当しないケースもあります。判断に迷う場合は、税理士にご相談ください。
02経費にできる例外:青色事業専従者給与とは
青色申告の届出+専従者給与の届出が必要
所得税法第57条第1項は、第56条の例外として「青色事業専従者給与」の制度を設けています。青色申告をしている個人事業主が、一定の届出を行ったうえで生計を一にする親族に給与を支払う場合、その金額を必要経費に算入できます。
この制度を利用するには、以下の2つの届出が前提となります。
- 「所得税の青色申告承認申請書」を所轄税務署に提出していること(原則として、適用を受けたい年の3月15日まで。新規開業の場合は開業日から2か月以内)
- 「青色事業専従者給与に関する届出書」を所轄税務署に提出していること(原則として、適用を受けたい年の3月15日まで。1月16日以後に新たに専従者がいることとなった場合はその日から2か月以内)
注意:2026年分の確定申告で青色事業専従者給与を経費にしたい場合、届出の提出期限は原則として2026年3月16日(3月15日が日曜日のため翌日)でした。この期限を過ぎてから届出を出しても、2026年分には適用されません。届出がまだの方は、2027年分からの適用に向けて早めに準備しましょう。
専従者の要件
青色事業専従者として認められるには、次の要件をすべて満たす必要があります。
- 青色申告者と生計を一にする配偶者その他の親族であること
- その年の12月31日現在で年齢が15歳以上であること
- その年を通じて6か月を超える期間(一定の場合には事業に従事することができる期間の2分の1を超える期間)、もっぱらその事業に従事していること
「もっぱら従事」という要件があるため、他にフルタイムの仕事を持っている配偶者を専従者とすることは原則としてできません。パート勤務との兼ね合いも慎重な判断が求められます。
給与額の設定で気をつけること
届出書には支給額の上限を記載しますが、実際に支払う金額は「労務の対価として相当と認められる金額」でなければなりません。業務内容や勤務時間に見合わない高額な給与を設定すると、税務調査で過大部分が否認されるリスクがあります。
目安として、同種の業務に従事する一般の従業員の給与水準と比較するのが有効です。たとえば、経理・事務のサポートであれば月額8万円〜15万円程度が一つの目安になりますが、事業の規模や従事時間に応じて適正額は変わります。
03白色申告の場合はどうなる?事業専従者控除
白色申告の場合は、「事業専従者控除」(所得税法第57条第3項)として一定額を控除できますが、金額は以下のとおり定額です。
- 配偶者:最大86万円
- 配偶者以外の親族:1人あたり最大50万円
ただし、控除額は「事業所得等の金額÷(専従者の数+1)」で計算した金額が上記の上限額より少ない場合は、その金額が控除額となります。つまり、事業の利益が少なければ控除額も小さくなります。
ポイント:白色申告の事業専従者控除は「みなし控除」であり、実際に給与を支払ったかどうかにかかわらず適用されます。一方、青色事業専従者給与は「実際に支払った金額」が経費になるため、金額の自由度が高い点が大きな違いです。年間120万円以上の給与を支払うケースでは、青色申告のほうが節税効果は大きくなります。
04創業期に見落としやすい落とし穴と回避策
よくある失敗パターン
- 開業届だけ出して青色申告の届出を忘れる:開業届と青色申告承認申請書は別の書類です。開業届を出しただけでは青色申告は適用されません。
- 青色申告の届出は出したが、専従者給与の届出を出し忘れる:これも別の届出です。両方揃って初めて家族への給与が経費になります。
- 届出の金額を超えて支給してしまう:届出書に記載した上限額を超える部分は経費に算入できません。増額する場合は変更届出書の提出が必要です。
- 専従者に該当しない家族に給与を支払う:大学生の子どもに短期バイトとして支払うようなケースは、専従者要件を満たさない可能性があります。
回避策のまとめ
- 開業時に「開業届」「青色申告承認申請書」「青色事業専従者給与に関する届出書」の3つをセットで提出する
- 給与額は同業他社の水準を調べ、勤務実態に見合った金額に設定する
- 出勤簿やタイムカード、業務日報などで従事実態を記録・保存する
- 給与は必ず口座振込にして支払いの証拠を残す
- 源泉徴収を正しく行い、年末調整または確定申告で精算する
05法人化すれば制限はなくなる?
法人を設立して役員や従業員として家族に給与を支払う場合、所得税法第56条の制限は適用されません。法人の経費として損金算入でき、個人事業主特有の制約から解放されます。
ただし、法人の場合も役員報酬は「定期同額給与」等のルールに従う必要があり、不相当に高額な部分は損金に算入できません。また、法人設立には登記費用や社会保険料の負担など別のコストも発生します。事業の規模や将来の計画を踏まえて、法人化の是非を総合的に判断することが大切です。
- 生計を一にする家族への支払いは、所得税法第56条により原則として必要経費に算入できない
- 青色事業専従者給与の届出を行えば、実際に支払った給与額を経費にできる(届出期限に注意)
- 白色申告でも事業専従者控除はあるが、配偶者は最大86万円、その他の親族は最大50万円と定額
- 開業時に「開業届」「青色申告承認申請書」「専従者給与届出書」を3点セットで提出するのがベスト
- 給与額は労務の対価として妥当な水準に設定し、勤務実態の記録と証拠の保存を徹底する
- 法人化すれば第56条の制限はなくなるが、別のルールやコストが発生するため総合的な判断が必要
