「ファインチューニングの外注費、これって研究開発費で落とせるの?」「RAG用に購入したデータセット、資産計上しなきゃダメ?」——2026年に入り、生成AI関連の支出が急増する中、確定申告の処理に頭を悩ませるスタートアップ経営者や個人事業主の方が増えています。本記事では、AI関連支出の税務上の取り扱いを「用途」「金額」「成果物の有無」の3軸で整理し、申告時に迷わない実務指針をお伝えします。
01なぜ今、AI関連支出の税務処理が問題になるのか
2025年後半から2026年にかけて、OpenAIやGoogle、国産LLMの各種APIを活用したサービス開発が一気に加速しました。それに伴い、従来は大企業の研究部門だけの話だった「学習データの購入」「モデルのファインチューニング外注」「RAG(検索拡張生成)用データセットの構築」といった支出が、従業員数名のスタートアップや個人事業主にも広がっています。
問題は、これらの支出が税務上どのカテゴリーに該当するかが一律に決まらない点です。同じ「ファインチューニング外注費50万円」でも、用途や成果物の性質によって、以下のように処理が分かれます。
- 全額を当期の経費(損金)として処理できるケース
- ソフトウェアとして資産計上し、3年または5年で償却するケース
- 研究開発費として処理し、さらに試験研究費の税額控除を受けられるケース
判断を誤ると、税務調査で否認されたり、逆に本来受けられる控除を見逃したりするリスクがあります。以下、順を追って整理していきましょう。
02判定の3つの軸——用途・金額・成果物の有無
軸1:用途——「自社利用」か「販売・提供目的」か
ファインチューニングしたモデルやRAGシステムを自社の業務効率化のためだけに使う場合と、SaaSプロダクトとして外部に提供する場合では、税務処理が大きく異なります。自社利用目的のソフトウェアは、将来の収益獲得または費用削減が確実であれば資産計上(耐用年数5年)が原則です。一方、研究段階にとどまり、実用化の見通しが立っていなければ、発生時の費用として処理できます。
軸2:金額——少額の場合は一括経費にできる可能性
取得価額が10万円未満であれば少額減価償却資産として即時償却が可能です。また、青色申告をしている中小企業者等(資本金1億円以下の法人)や個人事業主は、取得価額30万円未満の減価償却資産について年間合計300万円まで即時償却できる「少額減価償却資産の特例」を活用できます。たとえば、RAG用の専門データセットを1件25万円で購入した場合、この特例の対象になり得ます。
軸3:成果物の有無——「モデル」が残るか「知見」が残るか
外注先に依頼した結果、ファインチューニング済みモデルのウェイトファイルが納品される場合は、無形固定資産(ソフトウェア)としての性質を持つ可能性が高くなります。一方、PoC(概念実証)として「この手法では精度が出ない」という検証結果だけが残る場合は、研究開発費として発生時に費用処理するのが妥当です。
ポイント:会計上の「研究開発費」(企業会計基準のいわゆる「研究開発費等に係る会計基準」に基づく処理)と、租税特別措置法上の「試験研究費の税額控除」の対象となる「試験研究費」は範囲が異なります。会計上は研究開発費として費用処理しても、税額控除の対象にならない支出もあるため、両者を混同しないよう注意してください。
03判定フローチャート——4ステップで処理を決める
以下の流れで、AI関連支出の税務処理を判定できます。
- ステップ1:研究段階か、開発段階か?
技術的な実現可能性が確立されていない段階(PoC、技術検証)であれば「研究段階」。この場合、支出額にかかわらず発生時の費用(研究開発費)として処理します。 - ステップ2:成果物としてソフトウェア(モデル含む)が完成するか?
ファインチューニング済みモデルやRAGパイプラインなど、反復利用可能なソフトウェアが完成する場合はステップ3へ。完成しない場合は当期の費用です。 - ステップ3:取得価額は30万円未満か?
青色申告の中小企業者等・個人事業主であれば、30万円未満なら少額減価償却資産の特例で即時償却が可能です。30万円以上であればステップ4へ。 - ステップ4:自社利用か、市場販売・SaaS提供目的か?
自社利用目的なら耐用年数5年で償却。市場販売目的なら見込販売数量等に基づく償却(残存有効期間は原則3年以内)となります。
04試験研究費の税額控除——AI関連で使えるケースとは
法人の場合、租税特別措置法第42条の4に基づく「試験研究費の税額控除(研究開発税制)」の活用を検討すべきです。2026年10月現在の制度では、一般試験研究費の税額控除として、試験研究費の一定割合(原則6~14%、増減試験研究費割合に応じて変動)を法人税額から控除できます。
AI関連支出が「試験研究費」に該当するかどうかのポイントは、以下のとおりです。
- 製品の製造または技術の改良、考案、発明に係る試験研究のために要する費用であること
- 対価を得て提供する新たな役務の開発に係る試験研究(いわゆるサービス開発型)も2026年度時点で対象
- 外部委託による試験研究費(特別試験研究費)は、大学や公的研究機関への委託だけでなく、一定の要件を満たす民間企業への委託も対象となる場合がある
たとえば、自社SaaSの精度向上のために大学の研究室にファインチューニングを委託し、その費用が200万円かかった場合、特別試験研究費として最大20~30%の税額控除が受けられる可能性があります。
注意:個人事業主には試験研究費の税額控除制度は適用されません。法人成りを検討している方は、研究開発税制の恩恵を受けられるかどうかも判断材料に加えてください。また、税額控除の適用には、試験研究の内容・費用を明確に区分した帳簿・証憑の整備が不可欠です。「AIの実験に使った」という曖昧な記録では否認リスクが高まります。
05実務で押さえるべき3つのポイント
1. 契約書・仕様書で「目的」と「成果物」を明確にする
外注先との契約書に「技術検証(PoC)目的であり、成果物はレポートのみ」と記載されていれば、費用処理の根拠になります。逆に「ファインチューニング済みモデルの納品」と書かれていれば、資産計上の検討が必要です。税務調査では契約書が最も重視されるため、支出前に内容を整理しておきましょう。
2. 勘定科目を分けて記帳する
AI関連支出を「外注費」や「支払手数料」に一括で放り込むと、後から判定が困難になります。「研究開発費」「ソフトウェア仮勘定」など、性質に応じた勘定科目で記帳してください。
3. API利用料は原則として当期の経費
OpenAI APIやClaude APIなどの従量課金型のAPI利用料は、その都度消費されるサービスの対価であり、資産性はありません。月額・従量課金にかかわらず、原則として発生した期の経費(通信費または外注費)として処理します。
- AI関連支出の税務処理は「用途(自社利用か販売目的か)」「金額(30万円未満か否か)」「成果物の有無(モデルが残るか知見だけか)」の3軸で判定する
- 技術検証(PoC)段階の支出は研究開発費として発生時に費用処理が可能。実用化段階でモデルが完成すればソフトウェアとして資産計上を検討する
- 法人は研究開発税制(試験研究費の税額控除)を活用できる可能性がある。特に大学等への委託は控除率が高い
- API従量課金は原則当期経費。契約書・仕様書で目的と成果物を明記し、勘定科目を適切に分けて記帳することが実務上の鍵
- 個人事業主には試験研究費の税額控除がないため、法人成りのタイミングも含めた総合的な判断が重要
