「年末調整の準備を始めようとした矢先に、従業員から退職の申し出があった」——創業期の少人数チームでは、たった1人の退職でも経理・労務の負荷が一気に跳ね上がります。源泉徴収票はいつ発行すればいいのか、年末調整は必要なのか、社会保険の届出は何日以内か。複数の手続きが同時に押し寄せるこの時期だからこそ、退職日が決まった時点で「逆算タイムライン」を組み、漏れなく処理を進めることが重要です。本記事では、2026年10月〜12月に従業員が退職するケースを想定し、税務・労務・資金繰りの実務フローを具体的な仕訳例とともに解説します。
01退職時期による年末調整の対象判定
年末調整の対象になるかどうかは、退職日によって明確に分かれます。まず原則を押さえておきましょう。
年末調整が「不要」なケース(原則)
年の中途で退職する従業員は、原則として年末調整の対象外です。2026年10月31日や11月15日に退職する場合、勤務先では年末調整を行わず、退職後1か月以内に源泉徴収票を交付します。退職者本人が翌年(2027年)に確定申告を行い、年間の所得税を精算する流れになります。
年末調整が「必要」なケース(例外)
ただし、以下に該当する場合は年末調整の対象となります。
- 12月中に退職し、その月の給与を支払った後に退職する場合(12月の最終給与で年末調整を実施)
- 退職日がその年の最後の給与支払日以後であり、かつ再就職の見込みがないと認められる場合
- 死亡退職の場合
ポイント:「12月退職=必ず年末調整が必要」ではありません。12月中に退職しても、退職日以後にその年中の給与の支払いを受けないことが確定している場合は、最後の給与支払時に年末調整を行います。一方、12月31日付退職で12月分給与を支給する場合は、通常どおり年末調整の対象です。判定に迷う場合は早めに税理士へご相談ください。
02退職日確定から逆算する「手続きタイムライン」
退職日が決まったら、以下のタイムラインで各手続きを進めます。ここでは「2026年11月30日付退職」を例にします。
退職日の2週間前まで(〜11月16日頃)
- 退職届の受理・退職日の確定
- 有給休暇の残日数確認と消化スケジュールの調整(買取を行う場合はその合意)
- 最終給与・未払賞与の計算開始
- 健康保険証の回収スケジュール確認
退職日前後(11月下旬)
- 最終月の給与計算(日割計算・通勤手当精算を含む)
- 住民税の異動届出書の作成(退職月の翌月10日まで=2026年12月10日期限)
- 社会保険の資格喪失届の作成(退職日の翌日から5日以内=2026年12月5日期限)
- 雇用保険の資格喪失届・離職証明書の作成(退職日の翌日から10日以内=2026年12月10日期限)
退職後1か月以内(〜12月末頃)
- 源泉徴収票の作成・交付(退職日以後1か月以内=2026年12月31日まで)
- 退職所得がある場合は「退職所得の受給に関する申告書」の受領と退職所得の源泉徴収票の発行
注意:社会保険の資格喪失届は「退職日の翌日から5日以内」が届出期限です。創業期は届出漏れが多い手続きの一つで、届出が遅れると退職者が新しい健康保険への切替えに支障をきたします。退職日が確定した段階で届出書の下書きを済ませておきましょう。
03退職月の給与計算と具体仕訳
退職月の給与計算では、通常の月次給与に加え、有給買取や未払賞与の精算が発生することがあります。以下に具体的な仕訳例を示します。
ケース:月給25万円の従業員が11月30日付で退職(有給買取3日分・未払賞与なし)
有給買取額の計算:250,000円÷所定労働日数20日×3日=37,500円
最終給与の仕訳(11月25日支給日):
【給与支給時】
- (借方)給料手当 250,000円 /(貸方)普通預金 196,540円
- (借方)給料手当(有給買取分)37,500円 /(貸方)預り金(源泉所得税)6,750円
- /(貸方)預り金(住民税)15,000円
- /(貸方)預り金(社会保険料・本人負担分)36,985円
- /(貸方)預り金(雇用保険料・本人負担分)1,725円
- /(貸方)普通預金 30,500円(有給買取の手取り分)
有給買取分は「給与所得」として源泉徴収の対象となります。退職所得には該当しないため、通常の給与と合算して源泉徴収税額を計算してください。
社会保険料の控除に関する注意点
社会保険料は「資格喪失日の属する月の前月分」まで発生します。11月30日退職の場合、資格喪失日は翌日の12月1日となり、喪失月は12月です。したがって11月分までの社会保険料を控除します。月末退職の場合は当月分の保険料控除が必要になるため、月末の1日前(11月29日)退職の場合とは控除月が異なる点に注意してください。
04源泉徴収票の発行と退職者への案内
年の中途退職者に交付する源泉徴収票には、1月1日から退職日までに支払った給与・賞与の総額と、源泉徴収した所得税額を記載します。年末調整を行っていないため、「年調未済」として摘要欄に記載する必要があります。
退職者に伝えるべき3つのこと
- 源泉徴収票は再就職先での年末調整、または確定申告で必要になること
- 年内に再就職しない場合は、翌年(2027年)2月16日〜3月15日に確定申告を行うと、源泉徴収された所得税の一部が還付される可能性があること
- 住民税の残額について、一括徴収か普通徴収かの選択が必要であること(特に1月1日〜4月30日退職の場合は原則一括徴収)
05創業期の資金繰りへの影響と対策
従業員の退職は、直接的な資金の流出を伴います。特に創業期は以下のコストが重なるリスクを想定しておきましょう。
- 有給買取費用(労働基準法上は義務ではないが、就業規則や合意に基づく場合は支払いが必要)
- 退職金の支給(中小企業退職金共済等に加入していない場合は全額自社負担)
- 後任採用にかかる費用(求人広告費・紹介手数料など)
- 社会保険料の事業主負担分の最終月分
月給25万円の従業員1名が退職する場合、有給買取・退職月の社会保険料事業主負担分・採用コストを合計すると、50万〜100万円程度の一時的なキャッシュアウトが発生する可能性があります。退職の申し出を受けた時点で、向こう2〜3か月の資金繰り表を更新し、必要に応じて融資枠の確認や支出の優先順位見直しを行ってください。
06チェックリスト:退職手続き完了までの確認項目
最後に、創業期の少人数チームでも漏れなく対応できるよう、退職手続きの主要チェック項目をまとめます。
- 退職届の受理・退職日の確定
- 最終給与の計算(日割計算・有給買取・通勤手当精算)
- 源泉徴収票の作成・交付(退職後1か月以内)
- 住民税の異動届出書の提出(退職月の翌月10日まで)
- 社会保険の資格喪失届の提出(退職日翌日から5日以内)
- 雇用保険の資格喪失届・離職証明書の提出(退職日翌日から10日以内)
- 健康保険証の回収
- 貸与物(PC・社用携帯・鍵など)の回収
- 退職所得がある場合は「退職所得の受給に関する申告書」の受領
- 資金繰り表の更新と後任採用計画の策定
- 10月〜11月退職は原則として年末調整の対象外。12月退職は退職日と最終給与支給日の関係で判定が分かれる。
- 源泉徴収票は退職後1か月以内に交付。年調未済である旨を摘要欄に記載する。
- 社会保険の資格喪失届は退職日翌日から5日以内、雇用保険は10日以内が届出期限。月末退職と月末前日退職で社会保険料の控除月が異なる点に注意。
- 有給買取は「給与所得」として源泉徴収の対象。退職所得には該当しない。
- 退職に伴うキャッシュアウトは50万〜100万円規模になることもあるため、退職申し出時点で資金繰り表を更新する。
