「従業員はまだ数人だし、就業規則なんて大企業が作るものでしょ?」——そう思っている創業期の経営者の方は少なくありません。たしかに、労働基準法上の作成義務は常時10人以上の事業所に限られます。しかし実は、10人未満の段階で就業規則を整備しておくことが、税務・労務・融資審査のすべてにおいて有利に働くことをご存じでしょうか。2026年の夏、少し時間に余裕のあるこの時期だからこそ、ぜひ着手していただきたいテーマです。
01そもそも就業規則の作成義務はどこから?
労働基準法第89条では、「常時10人以上の労働者を使用する使用者」に対して就業規則の作成・届出義務を課しています。ここでいう「常時10人以上」にはパート・アルバイトも含まれますが、逆に言えば9人以下であれば法律上の義務はありません。
しかし、「義務がない=不要」ではありません。義務がないからこそ、自主的に整備している会社は金融機関や取引先から「しっかりした経営体制」と評価されやすいのです。以下では、就業規則を創業期に作っておくメリットを3つの視点から掘り下げます。
02【税務の視点】給与・手当の損金算入根拠が明確になる
税務調査で問われる「支給根拠」
法人税の世界では、役員以外の従業員に支払う給与・賞与・各種手当は原則として損金(経費)に算入できます。ただし、税務調査では「その手当はどういう基準で支給していますか?」と根拠を問われることがあります。就業規則や賃金規程に明記されていれば、「規程に基づいて支給しています」と即答でき、調査対応がスムーズになります。
退職金の損金算入にも規程が必要
将来的に従業員へ退職金を支給する予定がある場合、退職金規程の整備は事実上必須です。退職金規程がないまま退職金を支給すると、「恣意的な支出」として損金算入を否認されるリスクがあります。退職金規程は就業規則の一部(別規程)として整備するのが一般的ですので、就業規則の作成と合わせて取り組むのが効率的です。
ポイント:通勤手当・住宅手当・資格手当などを支給している場合、賃金規程に支給要件と金額基準を明記しておくと、税務調査で「合理的な支出」であることを説明しやすくなります。規程がないと、調査官から「なぜこの金額なのか」と追加資料を求められる場合があります。
03【労務の視点】トラブルを未然に防ぐ「社内ルールの見える化」
口頭ルールは紛争のもと
創業期にありがちなのが、「うちは少人数だから口頭の約束で十分」という考え方です。しかし、従業員が3人から5人、5人から8人と増えていく過程で、口頭ルールは必ずと言っていいほどズレが生じます。「有給休暇の取り方は?」「残業代の計算方法は?」「副業は認められるの?」——こうした疑問に対して、書面で統一されたルールがあるかどうかで、トラブル発生率は大きく変わります。
解雇・懲戒処分に就業規則は不可欠
万が一、問題のある従業員に対して懲戒処分や解雇を行う必要が生じた場合、就業規則に懲戒事由が明記されていなければ、懲戒処分そのものが無効とされる可能性があります。実際に、就業規則がないまま解雇を行い、労働審判で無効と判断されたケースは珍しくありません。人を雇った時点で、就業規則の整備は経営者を守るための「保険」と考えるべきです。
04【融資審査の視点】金融機関からの信用が上がる
日本政策金融公庫や民間銀行の融資審査において、就業規則の有無が直接的な審査項目になることは一般的ではありません。しかし、事業計画書や面談の場で「社内規程はありますか?」と聞かれることは実際にあります。
特に創業融資では、経営者の「計画性」や「組織運営能力」が評価ポイントになります。就業規則を整備していることは、「人を雇うことに対して真剣に向き合っている経営者」という印象を与え、間接的に信用力の向上につながります。
また、2025年以降、金融機関が「人的資本経営」への取り組みを重視する傾向が強まっています。従業員の働き方に関するルールを明文化していること自体が、ガバナンス体制の一端として評価される場面が増えています。
05最低限盛り込むべき項目と作成コストの目安
就業規則に記載すべき3つのカテゴリ
労働基準法第89条では、就業規則に記載すべき事項を「絶対的必要記載事項」と「相対的必要記載事項」に分けて定めています。最低限押さえるべき項目は以下のとおりです。
絶対的必要記載事項(必ず記載が必要)
- 始業・終業の時刻、休憩時間、休日、休暇に関する事項
- 賃金の決定・計算・支払いの方法、締め日・支払日に関する事項
- 退職に関する事項(解雇事由を含む)
相対的必要記載事項(制度がある場合に記載が必要)
- 退職手当に関する事項
- 賞与・臨時の賃金に関する事項
- 安全衛生に関する事項
- 表彰・制裁(懲戒)に関する事項
作成コストの目安
就業規則の作成を専門家に依頼する場合の費用目安は以下のとおりです。
- 社会保険労務士に依頼:15万〜30万円程度(規模や内容により変動)
- テンプレートをベースに自社でカスタマイズ:厚生労働省の「モデル就業規則」を活用すれば無料で雛形が入手可能。ただし、自社の実態に合わせた修正は専門家のチェックを受けることを推奨
- 顧問税理士・社労士がいる場合:顧問契約の範囲内で対応、または追加費用5万〜10万円程度で作成してもらえるケースもある
注意:インターネット上の無料テンプレートをそのまま使うのは危険です。自社の勤務形態(フレックス・リモートワーク等)や手当体系に合っていない規程は、かえってトラブルの原因になります。必ず自社の実態に合わせてカスタマイズし、社会保険労務士等の専門家にリーガルチェックを依頼してください。
06なぜ「夏のうちに」着手すべきなのか
2026年7月現在、多くの中小企業では3月決算の申告が完了し、次の繁忙期(年末調整や確定申告)まで比較的余裕のある時期に入っています。この夏の閑散期こそ、就業規則の整備に着手する絶好のタイミングです。
- 秋の採用シーズンに間に合う:10月以降に新規採用を予定している場合、入社時に就業規則を提示できる体制を整えておけます。
- 年末調整前に賃金規程を固められる:手当の支給基準を明確にしておくことで、年末調整時の給与計算がスムーズになります。
- 専門家のスケジュールが取りやすい:社会保険労務士も夏場は比較的対応に余裕があり、丁寧なヒアリングと作成が期待できます。繁忙期に依頼すると納期が延びる可能性があります。
- 助成金申請の土台になる:キャリアアップ助成金など、就業規則の整備が申請要件に含まれる助成金があります。秋以降の申請に備えて今から準備しておくと有利です。
07まとめ
- 従業員10人未満でも就業規則を作成する法律上の義務はないが、整備するメリットは大きい
- 【税務面】給与・手当・退職金の損金算入根拠を明確にし、税務調査での否認リスクを軽減できる
- 【労務面】口頭ルールによるトラブルを防ぎ、懲戒処分・解雇の有効性を担保できる
- 【融資面】経営体制の整備をアピールし、金融機関からの信用向上につながる
- 作成費用は社労士に依頼して15万〜30万円程度。厚生労働省のモデル就業規則を活用すれば雛形は無料で入手可能
- 夏の閑散期は専門家のスケジュールも取りやすく、秋の採用や年末調整に向けた準備に最適なタイミング
