「年末が近づくにつれ、倉庫に眠った売れ残り在庫が気になって仕方がない」——創業期の経営者なら、一度はこうした悩みを抱えたことがあるのではないでしょうか。在庫を抱えたまま年を越せば、棚卸資産として課税所得の計算に影響します。しかし「捨てればいいのか、帳簿上の評価を下げればいいのか」という判断は意外と難しく、処理を誤ると税務調査で否認されるリスクもあります。この記事では、2026年12月の決算・確定申告を見据え、「廃棄による除却損」と「評価損の計上」の違いを実務目線で整理し、証拠書類の残し方までフローで解説します。
01そもそも棚卸資産の「廃棄」と「評価損」は何が違うのか
廃棄(除却損)とは
廃棄とは、物理的に在庫を処分し、その取得原価を損失(除却損)として計上する方法です。商品そのものがなくなるため、帳簿上も在庫がゼロになります。法人税法上は「資産の滅失」として損金算入が認められ、個人事業主の場合も必要経費として処理できます。
評価損とは
評価損は、在庫を手元に残したまま帳簿上の価額を時価まで切り下げ、その差額を損失計上する方法です。法人税法第33条第2項および法人税法施行令第68条では、棚卸資産の評価損を損金算入できるケースとして以下の事由を限定列挙しています。
- 災害による著しい損傷
- 著しい陳腐化(型落ち・流行遅れなど)
- 破損、型崩れ、品質変化等により通常の方法で販売できない状態
- 会社更生法等の法的整理に伴う評価替え
個人事業主の場合、所得税法上は低価法を届け出ていれば期末に時価と原価の低い方で評価でき、実質的に評価損と同様の効果を得られます。ただし届出をしていない場合は原則として最終仕入原価法が適用されるため、評価損の計上余地は限られます。
ポイント:廃棄は「モノを消す」処理、評価損は「モノは残すが帳簿価額を下げる」処理です。税務上の要件が大きく異なるため、どちらを選ぶかで必要な証拠書類もまったく変わります。
02どちらが有利? シミュレーションで比較する
創業2年目の小規模法人(12月決算)を想定し、仕入原価100万円・現在の販売見込額20万円の在庫を例にシミュレーションしてみましょう。法人税等の実効税率を約30%とします。
ケースA:廃棄を選んだ場合
- 除却損として100万円を損金算入
- 税負担の軽減効果:100万円 × 30% = 約30万円
- 在庫はゼロになるため、倉庫コストも削減
- ただし、販売見込額20万円分の将来キャッシュフローを放棄
ケースB:評価損を選んだ場合
- 評価損として80万円(100万円 − 20万円)を損金算入
- 税負担の軽減効果:80万円 × 30% = 約24万円
- 在庫は帳簿価額20万円で残り、今後販売できれば売上に
- ただし保管コストが継続して発生
税額だけを見れば廃棄のほうが6万円ほど有利ですが、20万円で実際に売れる見込みがあるなら評価損を選んだほうがトータルでは得になります。逆に、販売の見込みがほぼゼロであれば、保管コストも考慮して廃棄が合理的です。
創業期はキャッシュフローが最優先です。「本当に売れるか」を冷静に判断し、楽観的な見通しで在庫を残すことは避けましょう。
03評価損が認められるための「著しい陳腐化」の判断基準
税務調査で最も争点になりやすいのが「著しい陳腐化」の認定です。法人税基本通達9-1-4では、以下のような状況を著しい陳腐化の例示として挙げています。
- いわゆる季節商品で、その季節を過ぎて今後通常の価額では販売できないことが過去の実績等から明らかであること
- 当該商品と用途の面で競合する新製品が発売されたことにより、今後通常の方法では販売できないことが明らかであること
「なんとなく売れなくなった」では認められません。客観的な市場データや、実際の販売実績の推移といった裏付けが必要です。
04税務署に否認されない証拠の残し方——実務フロー
廃棄の場合に揃える書類
- 社内稟議書(廃棄決議書):廃棄の理由・対象商品・数量・取得原価を明記し、代表者が決裁日付入りで承認
- 廃棄作業の写真・動画記録:日付が確認できるようタイムスタンプ付きで撮影。廃棄前・廃棄中・廃棄後の3段階が理想
- 廃棄業者の証明書(マニフェスト):産業廃棄物として処分した場合は収集運搬・処分の委託契約書と管理票を保管
- 廃棄明細リスト:品名・数量・単価・合計金額を一覧化し、棚卸表との整合性を確保
評価損の場合に揃える書類
- 時価の算定根拠:同業他社の販売価格、ECサイトでの相場、見積書など客観的な資料
- 陳腐化・品質劣化の証拠:写真、品質検査報告書、競合新製品のリリース情報など
- 販売実績の推移表:直近数か月の販売数量を示し、販売不振を数値で立証
- 評価損計上の社内稟議書:評価減の理由・対象・金額を記載し、代表者が承認
注意:証拠書類は「事後作成」が最大のリスクです。税務調査では書類の作成日が問われることがあります。廃棄や評価損の意思決定時にリアルタイムで書類を作成・保存することが不可欠です。特に写真は、スマートフォンのExif情報(撮影日時・位置情報)が有力な証拠になります。加工・編集は行わないでください。
05個人事業主が注意すべきポイント
個人事業主の場合、棚卸資産の評価方法として「低価法」を届け出ていなければ、期末に時価が下がっていても原価のまま計上するのが原則です。低価法への変更届出は、変更しようとする年の3月15日までに所轄税務署に提出する必要があります。2026年分の確定申告で低価法を使いたい場合は、2026年3月15日までに届出が済んでいることが前提です。届出をしていない方は、今年は廃棄による除却損で対応し、来年以降に備えて届出を検討しましょう。
062026年12月に向けた実務スケジュール
12月決算法人・個人事業主を想定した、年末までの推奨スケジュールです。
- 10月中:倉庫の在庫を全品棚卸しし、処分候補リストを作成
- 11月上旬:廃棄か評価損かの方針を決定。税理士に相談のうえ、税額シミュレーションを実施
- 11月中旬:社内稟議書を起案・決裁。廃棄の場合は廃棄業者の手配も開始
- 11月下旬〜12月上旬:廃棄作業の実施と写真撮影。評価損の場合は時価算定資料を収集
- 12月中旬:廃棄証明書の受領、帳簿への反映
- 12月末:期末棚卸表を確定し、処分済み在庫が反映されていることを最終確認
創業期は業務に追われがちですが、証拠書類の整備は後回しにすればするほどリスクが高まります。遅くとも11月には方針を固め、計画的に動くことをお勧めします。
07よくある失敗パターンと対策
失敗1:廃棄したのに証拠がない
「確かに捨てた」と主張しても、写真もマニフェストもなければ税務署は認めてくれません。特に高額在庫の廃棄は、第三者の立会いや廃棄業者の証明書が事実上必須です。
失敗2:評価損の理由が曖昧
「売れないから」だけでは著しい陳腐化とは認められません。「競合のA社が同等製品を30%安い価格で発売し、当社の直近3か月の販売実績が前年同期比で80%減少した」のように、具体的な事実と数値で説明できるようにしましょう。
失敗3:棚卸表と損失計上額が不一致
期末棚卸表の数量と、廃棄・評価損の対象数量が一致しないケースは調査官に疑義を持たれやすいポイントです。在庫管理台帳・棚卸表・会計帳簿の三者が整合するよう、クロスチェックを徹底してください。
- 「廃棄(除却損)」はモノを処分して取得原価全額を損金算入、「評価損」はモノを残して帳簿価額を時価まで切り下げる処理。要件が異なるため、使い分けの判断が重要
- 評価損の損金算入には「著しい陳腐化」等の法定事由が必要。法人税基本通達9-1-4の要件を客観的資料で立証する必要がある
- 廃棄を選ぶ場合は、社内稟議書・写真(タイムスタンプ付き)・廃棄業者の証明書をリアルタイムで作成・保管することが否認防止の鍵
- 個人事業主が評価損を活用するには、低価法の届出が前提。届出が未了の場合は廃棄による除却損で対応を
- 2026年12月決算に向けて、遅くとも11月中に方針を確定し、計画的に証拠書類を整備するスケジュールで動くことが大切
