「年末の棚卸が近づいてきたけれど、今の評価方法のままでいいのだろうか」——12月決算の法人や個人事業主の方から、秋口になるとこのようなご相談が増えます。創業時はとりあえず届出を出さず最終仕入原価法のままにしていたけれど、在庫の種類が増えてきた今、このままで大丈夫か不安に感じていませんか。本記事では、最終仕入原価法から個別法・総平均法へ切り替えた場合の期末在庫金額・利益・税額への影響を具体的な数値でシミュレーションし、届出書の提出期限や判断基準を実務目線で解説します。
01棚卸資産の評価方法と「届出を出していない」場合の取扱い
法定評価方法は「最終仕入原価法による原価法」
所得税法・法人税法では、棚卸資産の評価方法を届け出なかった場合、法定評価方法である「最終仕入原価法による原価法」が自動的に適用されます。創業時に届出書を提出していない方の大半がこの方法を使っているはずです。
最終仕入原価法の特徴
- 期末に最も近い時点の仕入単価で在庫全体を評価する
- 計算がシンプルで事務負担が小さい
- 仕入単価が大きく変動した場合、期末在庫金額が実態と乖離しやすい
個別法・総平均法との違い
個別法は一つひとつの商品を取得原価で評価する方法で、高額品や一点物を扱う業種に適しています。総平均法は期中の仕入総額を仕入総数量で割った平均単価で評価する方法で、日用品や食品など同種大量の商品を扱う場合に合理的です。
02数値で比較——最終仕入原価法 vs 総平均法 vs 個別法
前提条件
商品Aを年間で3回仕入れ、期末に100個の在庫が残ったケースを想定します。
- 1回目(4月):200個 × @800円 = 160,000円
- 2回目(8月):300個 × @900円 = 270,000円
- 3回目(11月):200個 × @1,100円 = 220,000円
- 年間仕入合計:700個 = 650,000円
- 年間販売数量:600個(期末在庫100個)
シミュレーション結果
以下、評価方法ごとの期末在庫金額と売上原価を比較します。年間売上高を900,000円と仮定して税額への影響も算出します。
(1)最終仕入原価法
期末在庫:100個 × @1,100円 = 110,000円
売上原価:650,000円 − 110,000円 = 540,000円
売上総利益:360,000円
(2)総平均法
平均単価:650,000円 ÷ 700個 ≒ @928.6円
期末在庫:100個 × @928.6円 ≒ 92,860円
売上原価:650,000円 − 92,860円 = 557,140円
売上総利益:342,860円
(3)個別法(期末在庫100個がすべて11月仕入分と特定できる場合)
期末在庫:100個 × @1,100円 = 110,000円(最終仕入原価法と同額)
※ 仮に在庫の内訳が8月仕入50個+11月仕入50個の場合 → 50×@900+50×@1,100 = 100,000円
ポイント:このケースでは、最終仕入原価法の期末在庫が最も大きく(110,000円)、売上原価が最も小さいため利益が最大になります。総平均法に切り替えると期末在庫が約17,000円減少し、その分だけ売上原価が増えて利益が圧縮されます。仕入単価が期末に向かって上昇している局面では、最終仕入原価法が利益を押し上げる方向に作用しやすい点を押さえておきましょう。
税額への影響試算
上記の利益差(360,000円 − 342,860円 = 約17,140円)に対し、個人事業主で所得税率20%+住民税10%と仮定すると、約5,100円の税負担の差が生じます。法人の場合は実効税率を約25%とすれば約4,300円です。在庫金額が大きくなれば当然この差も拡大します。
03評価方法を変更すべきケース・しなくてよいケース
変更を検討すべきケース
- 在庫に高額品や一点物が含まれる場合:美術品、宝石、中古車など個体差が大きい商品は個別法のほうが期末在庫を正確に評価でき、金融機関への説明力が上がります。
- 仕入単価の変動が激しく、直近の仕入だけで全在庫を評価すると実態と乖離する場合:総平均法や移動平均法のほうが平準化されるため合理的です。
- 融資審査を控えており、在庫評価の合理性を問われる可能性がある場合:金融機関は棚卸資産の水増しに敏感です。評価方法が事業内容に合っていないと指摘を受けることがあります。
変更しなくてよいケース
- 在庫が少額または種類が少なく、仕入単価の変動も小さい
- 事務負担を最小限にしたいフリーランスや小規模事業者
- そもそも期末在庫がほぼゼロになるビジネスモデル(受注生産など)
04届出書の提出期限と手続きの実務
新規開業時の届出
最初から法定評価方法以外を選択したい場合は、「棚卸資産の評価方法の届出書」を以下の期限までに提出します。
- 個人事業主:その年分の確定申告期限(翌年3月15日)まで
- 法人:設立第1期の確定申告書の提出期限まで
評価方法を変更する場合
すでに最終仕入原価法で申告している方が変更するには、「棚卸資産の評価方法の変更承認申請書」を提出し、税務署長の承認を受ける必要があります。
注意:変更承認申請書の提出期限は、変更しようとする事業年度開始の日の前日です。12月決算法人であれば2027年1月1日開始の事業年度から変更したい場合、2026年12月31日までに提出しなければなりません。個人事業主も同様に、2027年分から変更したい場合は2027年3月15日まで(変更年の確定申告期限)ではなく、2026年12月31日までの提出が必要です。年末が近づいてからでは検討の時間が足りなくなるため、この秋のうちに意思決定することを強くおすすめします。
承認・却下のポイント
税務署長は「正当な理由」があるかどうかを判断します。単に節税目的だけでは却下されることもあります。事業内容の変化や取扱商品の変更など、合理的な理由を申請書に記載しましょう。また、変更が承認された場合は原則として3年間は再変更できない点にも注意が必要です。
05融資審査への影響——決算書の「見え方」が変わる
金融機関が融資審査で注目するポイントの一つが棚卸資産の金額です。最終仕入原価法で在庫が実態より過大に計上されていると、「利益の水増し」と見なされるリスクがあります。逆に、総平均法や個別法で合理的に評価されていれば、決算書の信頼性が向上し、融資担当者への説明もスムーズになります。
特に創業2〜3期目で本格的な借入を検討している場合は、棚卸資産の評価方法を見直しておくことが「決算書の質」を高める有効な手段になります。
062026年秋の実務チェックリスト
- 現在の評価方法を確認する(届出を出していなければ最終仕入原価法)
- 期末在庫の見込み数量・金額をざっくり把握する
- 仕入単価の変動幅を確認し、評価方法の違いによる在庫金額差を試算する
- 変更する場合は2026年12月31日までに「変更承認申請書」を所轄税務署へ提出する
- 来期以降の融資計画がある場合は、決算書への影響を顧問税理士に相談する
- 届出未提出の場合は法定評価方法「最終仕入原価法」が自動適用される。仕入単価の上昇局面では在庫が過大に評価され、利益も大きくなりやすい。
- 総平均法に変更すると期末在庫が平準化され、利益の圧縮効果が見込める場合がある。一方、個別法は高額品・一点物を扱う業種で特に有効。
- 評価方法の変更は「棚卸資産の評価方法の変更承認申請書」を変更事業年度開始日の前日(12月決算なら2026年12月31日)までに提出する必要がある。
- 融資審査に備えて決算書の信頼性を高める観点からも、評価方法の見直しは創業期の重要な意思決定である。
- 年末ぎりぎりでは検討時間が不足するため、2026年秋のうちに試算・判断を済ませておくのがベスト。
