「事業承継なんて、会社が大きくなってから考えればいい」——創業したばかりの経営者の多くがそう思っています。しかし、経営者がたった一人で事業を回している創業期こそ、突然の入院・事故・最悪の事態で会社が即座に機能停止するリスクが最も高いのが現実です。少人数法人だからこそ見落としがちな「引き継ぎ設計」と税務上の論点を、2026年4月時点の制度をもとに整理します。

01創業期こそ事業承継リスクが高い理由

中小企業庁の調査によると、経営者の平均年齢は60歳を超えていますが、事業承継の問題は高齢の経営者だけのものではありません。創業期には以下のような構造的リスクが存在します。

  • 代表者=唯一の意思決定者であり、代わりがいない
  • 法人口座のネットバンキングや各種サービスのログイン情報が代表者の頭の中だけにある
  • 取引先との契約が属人的で、代表者個人の信用に依存している
  • 株式を100%保有しているケースが多く、相続発生時に会社の支配権がそのまま相続財産になる

創業から1〜2年の法人では、「まだ利益も出ていないから大丈夫」と思いがちですが、問題は利益の有無ではなく「事業を止めないための仕組みがあるかどうか」です。

02株式の相続・贈与——創業期の評価額と落とし穴

非上場株式の評価方法

創業期の法人であっても、代表者が死亡すれば保有株式は相続財産として評価されます。非上場株式の相続税評価は、原則として財産評価基本通達に基づき「類似業種比準方式」「純資産価額方式」またはその併用で行います。

創業直後で業歴が浅い法人は、純資産価額方式が適用されるケースが多くなります。この場合、資本金+利益剰余金がベースとなるため、「設立時に資本金を大きくしすぎた法人」は思いのほか高い評価額になる可能性があります。

創業期だからこそ低コストで対策できる

逆に言えば、利益が蓄積されていない創業期は株式評価額が低く、贈与や株式移転のコストが最も小さい時期でもあります。将来の後継者候補(配偶者や共同創業者など)に一部の株式を早期に移転しておくことで、万が一の際に経営権が分散するリスクを軽減できます。

ポイント:2026年度(令和8年度)も暦年贈与の基礎控除110万円は従来どおり使えます。株式評価額が低い創業初期に、毎年110万円の範囲内で後継候補者へ株式を贈与しておけば、贈与税ゼロで支配権の分散リスクを回避する設計が可能です。ただし、2024年1月以降の暦年贈与は相続開始前7年以内の贈与が相続財産に加算される点に注意が必要です。

03法人口座の凍結リスクと資金ショート

個人の銀行口座は、名義人の死亡が金融機関に知られた時点で凍結されます。では法人口座はどうでしょうか。

法人口座そのものは代表者の死亡で自動的に凍結されるわけではありません。しかし、実務上は以下のような問題が発生します。

  1. ネットバンキングのID・パスワードが分からず、振込や支払いができない
  2. 代表者変更の登記が完了するまで、金融機関が大口の出金を制限する場合がある
  3. 代表者個人の口座から法人への貸付金がある場合、個人口座の凍結で法人の資金繰りが悪化する

特に3番目は創業期に非常に多いパターンです。設立初期に代表者個人が法人に資金を貸し付け、その返済原資が個人口座に戻る構造になっていると、個人口座の凍結が法人の資金ショートに直結します。

最低限やっておくべきこと

  • ネットバンキングのログイン情報を、信頼できる人物(配偶者・共同経営者等)と共有する仕組みを作る
  • 法人の運転資金として最低3か月分は法人口座に確保しておく
  • 代表者貸付金がある場合は、早期に解消するか、金銭消費貸借契約書を整備しておく

04取引先との契約——「地位の承継」は自動ではない

法人として締結した契約であれば、代表者が交代しても契約自体は原則として存続します。しかし、創業期に多い以下のケースでは注意が必要です。

  • 個人事業主として締結した契約を法人成り後もそのまま使っている場合(契約主体が個人のまま)
  • 業務委託契約に「本人の役務提供」が前提条件として記載されている場合
  • 賃貸借契約(オフィス・店舗)に連帯保証人として代表者個人が入っている場合

特に個人事業から法人成りした直後の経営者は、契約書の名義変更が済んでいないケースが少なくありません。万が一の際に「この契約は個人のものだから法人では引き継げない」と言われれば、事業の根幹が揺らぎます。

チェックリスト

  1. 主要取引先との契約書の契約主体が「法人名義」になっているか確認する
  2. 業務委託契約に「代表者個人の役務提供」が条件になっていないか確認する
  3. オフィス・店舗の賃貸借契約の連帯保証人条項を確認し、必要に応じて機関保証への切替を検討する

05最低限備えておくべき書類と手続き

創業期の経営者が「今すぐ」準備すべきものを優先度順に整理します。

  1. 緊急連絡先・権限リスト:銀行口座、クラウドサービス、ドメイン管理などのログイン情報と、万が一の際に誰が何をできるかを一覧化したもの
  2. 株主名簿の整備:会社法上、すべての株式会社に作成義務があります。株主が代表者1名であっても必ず作成し、最新の状態に保つこと
  3. 遺言書(公正証書遺言が望ましい):株式の承継先を明確にしておくことで、遺産分割協議中に経営権が宙に浮く事態を防げます
  4. 金銭消費貸借契約書:代表者個人と法人間の貸借がある場合、税務上も相続上も契約書の有無が大きな差を生みます
  5. 定款の見直し:株式の譲渡制限条項、相続人に対する売渡請求の規定などが入っているか確認する

注意:会社法174条に基づく「相続人等に対する株式の売渡請求」の規定は、定款に定めがなければ使えません。創業時にひな形で作った定款にこの条項が含まれていないケースは多いため、早めに確認・追加を検討してください。定款変更には株主総会の特別決議が必要です。

06税務上の論点まとめ

創業期の引き継ぎ設計に関連する主な税務論点を整理します。

  • 非上場株式の評価:純資産価額方式が中心。含み益がある資産(不動産等)を法人に移している場合は評価額が上がる点に注意
  • 代表者貸付金の相続税評価:代表者が法人に貸し付けている金額は、相続財産として額面どおり評価される。回収可能性が低くても原則として減額できないため、生前に計画的に解消することが重要
  • 死亡退職金:法人から遺族に支払う死亡退職金は「500万円 × 法定相続人の数」まで非課税。ただし、創業直後で在職期間が短い場合、不相当に高額な退職金は損金算入が否認されるリスクがある
  • 生命保険の活用:法人契約の定期保険等を活用し、代表者死亡時の運転資金や死亡退職金の原資を確保する方法が一般的。保険料の経理処理は2019年の通達改正後のルールに従う必要がある
この記事のまとめ
  • 創業期は代表者への依存度が最も高く、万が一の際に事業が即停止するリスクがある
  • 株式評価額が低い創業初期こそ、贈与・移転のコストが小さく、承継設計の最適タイミング
  • 法人口座は自動凍結されないが、ログイン情報や代表者貸付金の問題で実質的に資金が動かせなくなるリスクがある
  • 取引先契約の名義(個人か法人か)を必ず確認し、法人名義への切替を済ませておく
  • 緊急連絡先リスト・株主名簿・公正証書遺言・金銭消費貸借契約書・定款の見直しの5点を最低限整備する
  • 代表者貸付金は相続財産として額面評価されるため、生前の計画的な解消が重要