「売上を伸ばしたいけれど、単価を上げるべきか、それとも件数を増やすべきか——」。創業期の経営者からよくいただくご相談です。どちらも売上増につながる施策ですが、利益へのインパクトは原価構造によって驚くほど異なります。本記事では「限界利益率」という指標を使い、具体的な数字シミュレーションで両者を比較しながら、あなたの事業に合った成長レバーの見つけ方を解説します。
01そもそも「限界利益率」とは何か
変動費と固定費を分ける発想
限界利益率を理解するには、まずコストを「変動費」と「固定費」に分ける考え方が必要です。
- 変動費:売上や受注件数に比例して増えるコスト(材料費、外注費、販売手数料など)
- 固定費:売上の増減にかかわらず一定のコスト(家賃、人件費の固定部分、リース料など)
売上から変動費を差し引いた金額が「限界利益(貢献利益)」です。そして限界利益率は次の式で求めます。
限界利益率 = 限界利益 ÷ 売上高 × 100(%)
この率が高いほど、売上1円あたりの利益貢献が大きいことを意味します。
なぜ創業期に重要なのか
創業期は固定費を回収するまでの「損益分岐点」を早く超えることが経営の最優先課題です。限界利益率が分かれば、単価と件数のどちらをテコにすれば最短で損益分岐点を突破できるかを数字で判断できます。
02シミュレーションの前提条件を設定する
ここから具体的な数字で比較してみましょう。次の2つのモデル企業を想定します。
モデルA:サービス業(コンサルティング)
- 月間受注件数:20件
- 客単価:50,000円
- 月間売上高:1,000,000円
- 変動費率:20%(外部リサーチ費など)
- 限界利益率:80%
- 月間固定費:600,000円
モデルB:物販業(ECショップ)
- 月間受注件数:200件
- 客単価:5,000円
- 月間売上高:1,000,000円
- 変動費率:60%(仕入原価・送料など)
- 限界利益率:40%
- 月間固定費:300,000円
どちらも月間売上100万円・固定費控除後の営業利益は同じ「200,000円」からスタートします。
03「単価10%アップ」と「件数10%アップ」を比較する
モデルA(限界利益率80%)の場合
パターン1:単価10%アップ(50,000円→55,000円)
- 売上高:55,000円 × 20件 = 1,100,000円
- 変動費:1,100,000円 × 20% = 220,000円
- 限界利益:880,000円
- 営業利益:880,000円 − 600,000円 = 280,000円(+80,000円、+40%)
パターン2:件数10%アップ(20件→22件)
- 売上高:50,000円 × 22件 = 1,100,000円
- 変動費:1,100,000円 × 20% = 220,000円
- 限界利益:880,000円
- 営業利益:880,000円 − 600,000円 = 280,000円(+80,000円、+40%)
モデルAでは売上増加額が同じ10万円で変動費率も変わらないため、単価アップと件数アップの利益増加額は同じ80,000円になります。一見すると「どちらでも同じ」に見えます。
モデルB(限界利益率40%)の場合
パターン1:単価10%アップ(5,000円→5,500円)
- 売上高:5,500円 × 200件 = 1,100,000円
- 変動費:ここがポイントです。単価を上げても仕入原価が変わらなければ、変動費は据え置きの600,000円のままです。
- 限界利益:1,100,000円 − 600,000円 = 500,000円
- 営業利益:500,000円 − 300,000円 = 200,000円 + 100,000円 = 300,000円はやや不正確なので整理します
ここは正確に計算し直します。単価アップで仕入原価(1個あたり3,000円と仮定)が変わらない場合:
- 変動費:3,000円 × 200件 = 600,000円(変化なし)
- 限界利益:1,100,000円 − 600,000円 = 500,000円
- 営業利益:500,000円 − 300,000円 = 200,000円(+100,000円、+50%)
パターン2:件数10%アップ(200件→220件)
- 売上高:5,000円 × 220件 = 1,100,000円
- 変動費:3,000円 × 220件 = 660,000円
- 限界利益:1,100,000円 − 660,000円 = 440,000円
- 営業利益:440,000円 − 300,000円 = 140,000円(+40,000円、+20%)
ポイント:モデルBのように変動費率が高い事業では、単価アップ(利益+50%)と件数アップ(利益+20%)で2.5倍もの差がつきます。これは単価を上げた分がそのまま限界利益の上乗せになるのに対し、件数を増やすと変動費も比例して増えるためです。逆に、変動費率が低いモデルAのような事業では両者の差は小さくなります。
04「単価アップ」が効きやすい事業、「件数アップ」が効きやすい事業
ここまでのシミュレーションをまとめると、次のような傾向が見えてきます。
単価アップが効きやすいケース
- 変動費率が高い事業(物販、製造業、飲食業など)
- すでにリピーターが一定数おり、価格改定を受け入れてもらいやすい
- 付加価値やブランド力で差別化ができる
件数アップが効きやすいケース
- 変動費率が低い事業(コンサル、デザイン、IT開発など)
- 稼働率にまだ余裕がある(固定費の範囲で対応件数を増やせる)
- 市場が成長途上で新規顧客を獲得しやすい
05自社の「成長レバー」を選ぶ3ステップ
では実際にどう判断すればよいのか。創業期の経営者向けに3つのステップを提案します。
- ステップ1:変動費を洗い出し、限界利益率を算出する
まずは直近3か月の損益データから変動費を抽出し、限界利益率を計算しましょう。会計ソフトの勘定科目ごとに「変動」「固定」のラベルを付けるだけで十分です。 - ステップ2:単価10%アップ・件数10%アップの利益シミュレーションを行う
本記事で紹介した方法でそれぞれの営業利益増加額を比較します。Excelやスプレッドシートで数分あれば完了します。 - ステップ3:実行可能性とリスクを加味して優先順位を決める
数字上のインパクトだけでなく、「単価を上げて顧客が離れないか」「件数を増やすための広告費はいくらか」「人員は足りるか」といった実行面もあわせて検討し、最終的な優先順位を決めましょう。
注意:件数アップを目指して広告費や人件費を増やすと、固定費が上昇して損益分岐点が上がります。シミュレーションでは「追加の固定費」も忘れずに織り込んでください。特に創業期は手元資金が限られるため、固定費増加による資金繰りへの影響にも注意が必要です。
06限界利益率を「定点観測」する習慣をつけよう
限界利益率は一度計算して終わりではありません。仕入価格の変動、外注比率の変化、サービスメニューの改定などによって常に変動します。月次決算のタイミングで限界利益率を追いかけることで、「いま自社にとって最も効くレバーは何か」を継続的に判断できるようになります。
2026年度は原材料費の高騰が続いている業種も多く、変動費率が上昇傾向にある事業者も少なくありません。こうした環境変化のなかで利益を守るためにも、限界利益率の定点観測は経営の必須習慣といえるでしょう。
- 限界利益率(=限界利益÷売上高)を把握することで、単価と件数どちらが利益に効くかを数字で判断できる
- 変動費率が高い事業ほど「単価アップ」の利益インパクトが大きく、変動費率が低い事業ほど「件数アップ」が有効
- シミュレーションでは追加の固定費(広告費・人件費など)も織り込むことが重要
- 限界利益率を月次で定点観測し、環境変化に応じて成長戦略の優先順位を見直す習慣をつけよう
