「10月から最低賃金が上がるので給与を見直さなければならないが、どうせ人件費が増えるなら税制面でも少しでも取り戻したい」——創業して間もない経営者の方から、秋になるとこうしたご相談が増えます。2026年10月の最低賃金改定を目前に控え、昇給の検討と賃上げ促進税制の適用判定を同時に進めることで、人件費増の一部を法人税(または所得税)の税額控除として回収できる可能性があります。本記事では、創業期の小規模事業者が押さえるべき要件と具体的な計算例、そして9月中に完了したい準備事項を時系列で整理します。

012026年10月の最低賃金改定と創業期企業への影響

最低賃金は毎年10月に改定されます。2025年度の改定では全国加重平均が1,055円となり、2026年度もさらなる引上げが見込まれています。中央最低賃金審議会の目安答申を受け、各都道府県の地方審議会が8月から9月にかけて正式に金額を決定するのが通例です。

創業期の企業にとって、最低賃金の引上げは次のようなインパクトをもたらします。

  • パート・アルバイトの時給改定に伴う月額人件費の増加
  • 正社員についても最低賃金を下回らないかの再チェックが必要
  • 給与支給総額が前年度比で増加しやすいタイミングであるため、賃上げ促進税制の適用判定に有利に働く場合がある

つまり、「上げざるを得ない人件費」を単なるコスト増ではなく、税額控除の原資として捉え直すことが重要です。

02賃上げ促進税制(中小企業向け)の適用要件を再確認

賃上げ促進税制は、令和6年度(2024年度)税制改正で見直しが行われ、2024年4月1日から2027年3月31日までの間に開始する各事業年度が適用対象となっています。中小企業者等(資本金1億円以下等)向けの制度を前提に、主な要件を整理します。

基本要件:雇用者給与等支給額の増加率

適用を受けるためには、「雇用者給与等支給額」が前事業年度と比較して一定割合以上増加している必要があります。中小企業者等の場合、以下の区分で控除率が変わります。

  • 1.5%以上増加:税額控除率15%
  • 2.5%以上増加:税額控除率30%

さらに、教育訓練費の要件を満たすと控除率が上乗せされます(教育訓練費が前年度比10%以上増加で+10%)。くわえて、子育てとの両立やキャリアアップに積極的な企業としてプラチナくるみん等の認定を受けている場合にも+5%の上乗せがあります。

創業期特有の論点:「前事業年度」が存在しない場合

設立初年度の法人には比較対象となる前事業年度が存在しません。この場合、原則として賃上げ促進税制の適用はできません。ただし、設立2期目であれば初年度との比較が可能であり、10月の昇給による増加額が要件を満たすか検討する価値があります。個人事業主が法人成りしたケースでは、前事業年度の判定に注意が必要です。

ポイント:「雇用者給与等支給額」には役員やその特殊関係者への給与は含まれません。創業期の企業では役員報酬の比率が高いことが多いため、対象となる従業員給与のみで増加率を計算するよう注意してください。

03給与シミュレーション——具体的な数字で増加率を検証

ここでは、2025年12月設立・3月決算法人(第2期:2026年4月~2027年3月)のケースで試算します。

前提条件

  • 従業員3名(パートタイム2名・正社員1名)。役員1名(役員報酬は計算対象外)
  • 第1期(2025年12月~2026年3月)の雇用者給与等支給額:合計240万円(4か月分)
  • 第2期(2026年4月~2027年3月)は、10月にパート時給を1,060円から1,100円へ改定し、正社員の月給を22万円から23万円へ昇給

第2期の雇用者給与等支給額の試算

以下のように月額を概算します。

  • パート2名:4月~9月は月額各84,800円(1,060円×80時間)→合計1,017,600円。10月~3月は月額各88,000円(1,100円×80時間)→合計1,056,000円。パート合計:2,073,600円
  • 正社員1名:4月~9月は月額220,000円×6=1,320,000円。10月~3月は月額230,000円×6=1,380,000円。正社員合計:2,700,000円
  • 第2期の雇用者給与等支給額合計:4,773,600円

増加率の計算

ここで注意したいのは、第1期は4か月しかないという点です。賃上げ促進税制における比較は「支給額の総額」で行いますので、事業年度の月数の違いがそのまま有利に働くことがあります。

増加率=(4,773,600円 − 2,400,000円)÷ 2,400,000円 = 約98.9%

この例では、事業年度の月数差もあって増加率は2.5%を大きく超えるため、控除率30%の適用が見込めます。

税額控除額=(4,773,600円 − 2,400,000円)× 30% = 約712,080円

ただし、控除上限は法人税額の20%です。仮に法人税額が200万円であれば上限は40万円となり、実際の控除額は40万円にとどまります。

注意:上記はあくまで簡略化したシミュレーションです。実際には賞与・通勤手当・社会保険料の事業主負担分の取扱い、雇用者の範囲(雇用保険一般被保険者かどうか等)の詳細判定が必要です。必ず税理士に具体的な数値を確認してもらいましょう。

04適用判定フローチャート

以下のステップで自社が要件を満たすか確認してみてください。

  1. 自社が中小企業者等に該当するか(資本金1億円以下、かつ大規模法人の子会社でないか等)を確認
  2. 前事業年度が存在するかを確認(設立初年度は原則適用不可)
  3. 雇用者給与等支給額を前年度・当年度それぞれ集計(役員分を除外)
  4. 増加率が1.5%以上かを判定 → 未達なら適用なし
  5. 増加率が2.5%以上かを判定 → 達成なら控除率30%、1.5%以上2.5%未満なら控除率15%
  6. 教育訓練費の上乗せ要件を確認(前年度比10%以上増加で+10%)
  7. 法人税額の20%を上限として税額控除額を計算
  8. 確定申告書別表六(三十三)等に所定事項を記載して申告

05申告書への記載手順のポイント

賃上げ促進税制の適用を受けるには、確定申告書に控除額の計算に関する明細を添付する必要があります。法人の場合は別表六(三十三)に、前事業年度および当事業年度の雇用者給与等支給額・増加額・控除率・控除限度額等を記載します。

個人事業主の場合は所得税の確定申告書に「雇用者給与等支給額が増加した場合の所得税額の特別控除に関する明細書」を添付します。いずれも期限内申告が要件ですので、期限後申告では適用できない点に留意してください。

069月中に完了すべき準備——時系列チェックリスト

2026年9月15日現在、10月の賃上げを税制適用につなげるために以下を進めましょう。

  1. 9月15日~20日:都道府県の最低賃金改定額の確定情報を確認し、自社の時給・月給が下回らないかチェック
  2. 9月20日~25日:前事業年度の雇用者給与等支給額を確定(給与台帳の整理)。当事業年度の10月以降の昇給を反映した見込額を試算し、増加率を仮計算
  3. 9月25日~30日:10月支給分からの新給与額を確定し、労働条件通知書や雇用契約書を更新。就業規則の賃金規程に改定が必要な場合は変更手続きを開始
  4. 10月1日以降:新給与での支給を開始。毎月の給与台帳で支給額を正確に記録し、年度末の集計に備える

特に、給与台帳の正確な記録は申告時の証拠資料となるため、日頃からのデータ整備が欠かせません。

この記事のまとめ
  • 2026年10月の最低賃金改定に伴う昇給は、賃上げ促進税制の適用要件(雇用者給与等支給額の1.5%以上増加)を満たすチャンスとなり得る
  • 創業期は前事業年度との月数差が大きく増加率が高くなりやすいが、設立初年度は比較対象がないため原則適用不可である点に注意
  • 役員報酬は対象外。従業員分の給与のみで増加率を計算するため、創業期は対象金額が少額になりやすく、法人税額の20%上限にも注意が必要
  • 9月中に前年度支給額の確定・当年度見込みの試算・労働条件通知書の更新を完了させることで、10月からの昇給をスムーズに税額控除へつなげられる
  • 確定申告書への所定の明細添付と期限内申告が適用の必須条件。早めに税理士へ相談して申告準備を進めましょう