「来期の役員報酬、いくらにすればいいのか分からない」――創業期の経営者からもっとも多く寄せられるご相談のひとつです。なんとなく前期と同じ額に据え置いたり、キリのいい数字で決めてしまったりしていませんか。2026年10月の今、12月決算法人はあと2か月半、3月決算法人でも約5か月後に新事業年度を迎えます。「感覚」ではなく「数字」で報酬額を決めるための実践ステップを、法人税・所得税・社会保険料・手取りの4つの軸から解説します。

01なぜ「10月」に来期の報酬設計を始めるべきなのか

役員報酬は、原則として事業年度開始から3か月以内に定めた金額を期中は変更できません(定期同額給与の要件)。つまり、期が始まってから慌てて決めるのでは遅いのです。

12月決算法人であれば来期は2027年1月スタートですから、10月中に今期の着地見込みを固め、11月にシミュレーションを完成させ、12月の株主総会(実質的には社長ひとりの決議でも可)で決定する流れが理想です。3月決算法人でも、年内に骨子を固めておけば年明けからの予算編成がスムーズになります。

02シミュレーションの全体像——4つの軸を同時に動かす

役員報酬を上げれば法人の利益が減り法人税は下がります。一方で個人の所得税・住民税と社会保険料は上がります。逆に報酬を下げれば法人税は増え、個人の負担は減ります。この「シーソー」のバランスポイントを探すのがシミュレーションの目的です。

4つの軸の概要

  • 法人税等:法人税・地方法人税・法人住民税・事業税。中小法人の場合、所得800万円以下は実効税率約23%前後、超過部分は約34%前後が目安です。
  • 所得税・住民税:給与所得控除適用後の課税所得に累進税率(5%~45%)が適用されます。住民税は一律10%。
  • 社会保険料:健康保険・厚生年金の事業主負担分と本人負担分の合計。標準報酬月額の上限(厚生年金は月額65万円、健康保険は月額139万円が2026年度の上限)を超えると保険料は頭打ちになります。
  • 手取り:法人に残るキャッシュと個人の可処分所得の合計。最終的に「法人+個人のトータル手取り」が最大になるポイントを探します。

03ステップ1:今期の着地見込みから来期の利益を予測する

まず今期(2026年度)の損益を月次で集計し、残り数か月分の見込みを加えて着地利益を算出します。その数字をベースに、来期の売上成長率やコスト増減を加味して来期の「役員報酬控除前の利益」を予測してください。

実務上のポイント

  1. 直近3か月の月次試算表を税理士と一緒に確認する
  2. 来期の大型案件・設備投資の有無を織り込む
  3. 「楽観」「標準」「悲観」の3パターンで予測するとブレに対応しやすい

ポイント:創業2期目~3期目は売上の振れ幅が大きいため、悲観シナリオでも資金ショートしない報酬額を下限ラインとして設定しておくことが重要です。

04ステップ2:報酬額を5万円刻みで比較表を作る

来期の役員報酬控除前利益が仮に1,200万円と予測できたとします。月額報酬を20万円から80万円まで5万円刻みで設定し、それぞれについて以下を計算します。

計算例(年間利益1,200万円・社長1名・40歳・東京都・協会けんぽの場合)

ここでは代表的な3パターンを示します。

  • 月額30万円(年額360万円)の場合:法人所得840万円 → 法人税等 約198万円/個人の所得税・住民税 約15万円/社会保険料(労使合計) 約106万円/法人+個人トータル手取り 約881万円
  • 月額50万円(年額600万円)の場合:法人所得600万円 → 法人税等 約143万円/個人の所得税・住民税 約38万円/社会保険料(労使合計) 約170万円/法人+個人トータル手取り 約849万円
  • 月額70万円(年額840万円)の場合:法人所得360万円 → 法人税等 約87万円/個人の所得税・住民税 約72万円/社会保険料(労使合計) 約216万円/法人+個人トータル手取り 約825万円

この例では月額30万円のパターンがトータル手取りとしては最も有利に見えますが、個人の生活費が不足するリスクや、将来の厚生年金受給額への影響も考慮する必要があります。単純な最大化だけでなく「生活に必要な最低報酬額」という制約条件を入れることが実務では欠かせません。

注意:上記の数値はあくまで概算シミュレーションです。実際の計算では、扶養親族の人数、配偶者の所得、iDeCoや小規模企業共済の掛金控除、各自治体の住民税均等割の差異などにより結果が変わります。必ず個別の条件で試算してください。

05ステップ3:社会保険料の「上限」と「損益分岐」を意識する

社会保険料は報酬額に比例して増えますが、厚生年金保険料は標準報酬月額65万円(2026年度)で頭打ちになります。つまり月額報酬65万円と100万円では厚生年金保険料は同額です。一方、健康保険料は上限が高い(協会けんぽで月額139万円)ため、報酬が高いほど保険料負担も増え続けます。

この構造を理解すると、「厚生年金保険料が頭打ちになる月額65万円付近」がひとつの節目であることが分かります。ただし所得税の累進税率との兼ね合いがあるため、必ず4軸を同時に計算することが必要です。

06ステップ4:法人に利益を残す場合のメリットも考慮する

創業期は融資を受ける機会が多い時期です。金融機関は法人の利益と純資産を重視しますので、手取り最大化だけを追求して法人利益をゼロ近くにしてしまうと、融資審査でマイナスに作用する場合があります。

また、法人に残したキャッシュは将来の設備投資や運転資金に充てられます。「来期中に資金調達を予定しているか」「設備投資の計画があるか」といった経営判断も、報酬額の決定に織り込むべき要素です。

07ステップ5:決定からフォローアップまでの実務フロー

  1. 10月:今期着地見込みの確定、来期利益の3パターン予測
  2. 11月:4軸シミュレーション表の作成と報酬レンジの絞り込み
  3. 12月(12月決算法人の場合):株主総会決議で来期報酬を正式決定、議事録作成
  4. 来期開始後:月次で実績と予測の乖離をチェックし、大幅なズレがあれば翌期の報酬額に反映

3月決算法人の場合は、12月~1月にシミュレーションを完成させ、3月の株主総会で決議するスケジュールが現実的です。

08まとめ

この記事のまとめ
  • 役員報酬は期首から3か月以内に決定が必要。12月決算法人は10月から準備を始めるのが理想的。
  • 法人税・所得税・住民税・社会保険料の4軸を同時にシミュレーションし、法人+個人のトータル手取りが最大になる報酬レンジを探す。
  • 「生活に必要な最低報酬額」「融資審査への影響」「将来の投資計画」など経営判断の要素も加味する。
  • 月額報酬を5万円刻みで比較表を作り、楽観・標準・悲観の3パターンで検証すると意思決定の精度が上がる。
  • 個別の条件(扶養人数、配偶者所得、掛金控除など)で結果は大きく変わるため、必ず税理士と一緒に具体的な数字で試算を行うことが大切。