「経理のことは税理士さんにお任せしているから大丈夫」——創業期の経営者からよく伺う言葉です。しかし、試算表の数字をまったく読めない状態で経営を続けることは、計器を見ずに飛行機を操縦するようなもの。資金繰りの悪化に気づけなかったり、融資の面談で金融機関の質問に答えられなかったりと、取り返しのつかない場面を生むことがあります。本記事では、経営者が毎月最低限チェックすべき試算表の5つの数字と、税理士に的確な質問をするためのコツを解説します。
01なぜ「丸投げ」が危険なのか
資金繰りの悪化に気づけない
試算表を一度も開かないまま半年が過ぎ、気づいたときには預金残高が翌月の給与支払いを下回っていた——これは実際に創業2年目の法人で起きがちなケースです。売上が順調に伸びていても、売掛金の回収サイトが長ければ手元資金は増えません。損益計算書の利益だけを見て安心し、貸借対照表の現預金残高をチェックしていなかったために起こる典型的な失敗です。
融資面談で信用を失う
日本政策金融公庫や信用保証協会付きの融資を申し込む際、担当者は必ず直近の試算表の内容について質問します。「粗利率はどの程度ですか」「借入金の返済原資はどこから捻出しますか」といった問いに対し、経営者が「税理士に聞かないとわかりません」と答えてしまうと、事業への理解が浅いと判断され、融資の審査に悪影響を及ぼすことがあります。
税理士との情報格差が意思決定を遅らせる
税理士は税務の専門家ですが、事業の現場を最もよく知っているのは経営者自身です。試算表の読み方がわからないと、税理士からの報告を正しく理解できず、設備投資や人材採用のタイミングを逃してしまうこともあります。
注意:丸投げが危険なのは、税理士の仕事の質が低いからではありません。経営者が数字を「自分ごと」として把握していないと、どんなに正確な帳簿があっても意思決定に活かせない、という構造的な問題です。
02毎月チェックすべき試算表の5項目
試算表には多くの勘定科目が並びますが、創業期の経営者がまず押さえるべきは次の5つです。
項目1:現預金残高
貸借対照表の最上部に表示される「現金及び預金」の金額です。月末時点であと何か月分の固定費を賄えるかを把握するために確認します。一般的に、最低でも月間固定費の3か月分以上の残高を維持しておくことが望ましいとされています。たとえば月の固定費が150万円であれば、450万円以上を目安にします。
項目2:売上高(月次推移)
損益計算書の最上段にある売上高を、前月・前年同月と比較します。単月の金額だけでなく、3か月移動平均で傾向を見ると季節変動に惑わされにくくなります。たとえば2026年2月から4月の売上平均が前年同期比で10%以上下がっていれば、早めの対策が必要です。
項目3:粗利益(売上総利益)と粗利率
売上高から売上原価を差し引いた粗利益は、事業の基本的な収益力を示します。粗利率(粗利益÷売上高×100)が月ごとに大きくブレている場合、仕入価格の変動や値引き販売の影響を疑う必要があります。飲食業であれば粗利率60〜70%、小売業であれば25〜35%程度が一つの目安です。
項目4:売掛金・買掛金の残高
売掛金が売上の増加以上に膨らんでいないかを確認します。たとえば月商500万円の会社で売掛金が1,500万円を超えていれば、回収サイトが3か月以上ということになり、資金繰りを圧迫している可能性があります。反対に、買掛金の支払いサイトが短すぎないかもあわせて確認しましょう。
項目5:借入金残高と月次返済額
貸借対照表の負債の部に表示される借入金残高と、毎月の返済額を把握します。月次の営業利益+減価償却費が月次の返済額を上回っているかどうかが、返済能力の簡易的な判断基準です。これを「簡易キャッシュフロー」と呼ぶこともあります。この数値が返済額を下回る月が続くようであれば、金融機関へのリスケジュール相談を早めに検討する必要があります。
ポイント:上記5項目をExcelやスプレッドシートで毎月記録し、推移表を作るだけでも経営判断の精度は格段に上がります。最初は数字を転記するだけで構いません。3か月続ければ「いつもと違う」変化に自然と気づけるようになります。
03税理士に的確な質問をするための3つのコツ
試算表の数字をチェックしたら、次は税理士とのコミュニケーションです。漠然と「うちの経営、大丈夫ですか?」と聞くのではなく、次の3つのコツを意識してみてください。
コツ1:数字を指差して「なぜ」を聞く
「今月の粗利率が先月より5ポイント下がっていますが、原因として考えられることは何ですか?」のように、具体的な数字の変化を指摘したうえで理由を尋ねます。税理士側も回答しやすくなり、原因の特定が早まります。
コツ2:未来の行動につなげる質問をする
過去の数字を確認するだけでなく、「このペースで売掛金が増え続けると、3か月後の資金繰りはどうなりますか?」「設備投資をした場合、減価償却費はどの程度利益に影響しますか?」といった未来に関する問いを投げましょう。税理士はシミュレーションのプロです。具体的な前提条件を伝えれば、精度の高い見通しを出してくれます。
コツ3:月次面談の前に質問リストを共有する
面談の2〜3日前にメールやチャットで「今月確認したい項目」を3つ程度送っておくと、税理士側も資料を準備できるため、限られた面談時間を有効に使えます。質問例として以下のようなものが挙げられます。
- 前年同月比で販管費が増えている費目はどこか
- 消費税の中間納付額の見込みはいくらか
- 役員報酬の変更を検討する場合、いつまでに届出が必要か
04丸投げから「協働」へ——経営者と税理士の理想の関係
誤解のないように申し上げると、記帳代行や税務申告を税理士に依頼すること自体は何も問題ありません。問題なのは、数字の「意味」まで他人任せにしてしまうことです。
理想的な関係は、経営者が試算表を読んで仮説を持ち、税理士がその仮説を数字で検証する「協働」のスタイルです。たとえば経営者が「来期は人件費を20%増やして事業を拡大したい」という意思を示し、税理士が「その場合、月次の損益分岐点売上高は現在の800万円から960万円に上がります。達成可能性はいかがですか?」と問い返す。このキャッチボールが、根拠ある経営判断を生み出します。
創業期だからこそ、数字に向き合う習慣を早い段階で身につけておきましょう。事業が拡大してから慌てて学ぶよりも、売上規模が小さく勘定科目もシンプルな今のうちに始めるほうが、はるかに効率的です。
- 経理の「丸投げ」は、資金繰りの悪化・融資面談での失敗・意思決定の遅れを招くリスクがある
- 毎月チェックすべき5項目は「現預金残高」「売上高の推移」「粗利益と粗利率」「売掛金・買掛金残高」「借入金残高と月次返済額」
- 税理士への質問は、具体的な数字を指差し・未来の行動につなげ・事前に質問リストを共有するのが効果的
- 目指すべきは「丸投げ」ではなく、経営者が仮説を持ち税理士が数字で検証する「協働」の関係
