「会社を辞めて開業した年、事業が赤字だったら給与所得と相殺して税金を取り戻せるのだろうか」——副業から専業への移行期に、多くの方がこの疑問に直面します。損益通算が使えれば大きな節税になりますが、そもそも「事業所得」と認められなければこの制度は利用できません。2022年の通達改正以降、事業所得と雑所得の線引きはより厳格になっています。本記事では2026年時点の判定基準と実務上の注意点を、具体例とともに解説します。

01損益通算の基本——なぜ「所得区分」がカギになるのか

所得税法第69条は、不動産所得・事業所得・山林所得・譲渡所得で生じた赤字を、他の黒字の所得と差し引きできると定めています。これが「損益通算」です。

たとえば2026年3月に退職し、同年4月に個人事業を開業したケースを考えます。1月〜3月の給与所得が300万円、4月〜12月の事業所得が△(マイナス)100万円であれば、損益通算により課税対象は差引200万円となり、源泉徴収で納め過ぎた税金が還付される可能性があります。

ところが、この事業の赤字が「雑所得」に区分されてしまうと、損益通算は一切できません。雑所得の赤字はその区分内でしか差し引きできず、他の所得とは合算されないためです。ここが、副業起業から専業移行した年に最も注意すべきポイントです。

02事業所得 vs 雑所得——2026年時点の判定基準

2022年通達改正の概要と現在の運用

国税庁は2022年10月に所得税基本通達35-2を改正し、事業所得と雑所得の判定基準を明確化しました。この通達は2026年現在も有効であり、確定申告の実務に直接影響しています。判定の中心となる基準は以下のとおりです。

  • 社会通念上「事業」と認められるかどうかが最上位の判断軸
  • その収入が主たる収入であるか、または記帳・帳簿保存が適正に行われているか
  • 収入金額が300万円以下かつ帳簿保存がない場合、原則として雑所得と推定される

帳簿保存の有無が決定的に重要

通達改正で特に重要視されたのが「帳簿書類の保存」です。収入が300万円以下であっても、正規の簿記に基づく帳簿を作成・保存していれば、事業所得として扱われる余地があります。逆に帳簿がなければ、いくら本業として営んでいると主張しても説得力が大きく低下します。

ポイント:開業届の提出だけでは事業所得の証拠としては不十分です。複式簿記による帳簿付け、請求書・領収書の整理保存、取引先との契約書など、「事業を継続的に営んでいる」ことを客観的に示す書類一式を準備することが実務上の分かれ目になります。

03損益通算ができるケース——具体例で確認

ケース1:退職後に本業として開業し初年度赤字

Aさん(35歳)は2026年3月末に退社し、4月にWebコンサルティング業で開業届を提出。青色申告承認申請書も同時に提出しました。1月〜3月の給与収入は240万円(給与所得控除後の給与所得は約152万円)。4月〜12月の事業売上は180万円でしたが、パソコン・ソフトウェア等の設備投資や広告費がかさみ、事業所得は△50万円でした。

Aさんは開業当初から会計ソフトで複式簿記を記帳し、請求書・契約書も全て保存しています。この場合、事業所得としての要件を満たす可能性が高く、給与所得152万円から事業所得の赤字50万円を差し引いた102万円が課税対象となり、給与から源泉徴収された税額との差額が還付されます。

ケース2:副業を続けながら年度途中で独立

Bさん(28歳)は会社員を続けながら動画編集を副業で行っていました。2026年8月に退職し専業に移行。年間の副業+専業の売上合計は250万円、経費控除後の所得は△30万円でした。Bさんは副業時代から青色申告で帳簿を付けており、取引先も複数あります。

このケースでは、副業期間中から継続的・反復的に業務を行い、帳簿も整備されているため、通年で事業所得と認められ損益通算が可能と考えられます。

04損益通算ができないケース——雑所得と判定されるパターン

ケース3:売上が少額で帳簿保存もない

Cさん(40歳)は2026年6月に退職後、フリマアプリでのハンドメイド販売を開始。年間売上は50万円、経費を差し引くと△20万円でした。帳簿は付けておらず、レシートも一部紛失しています。

この場合、収入300万円以下かつ帳簿保存なしであるため、通達上は雑所得と推定されます。損益通算はできず、給与所得に対する還付も受けられません。

ケース4:意図的に赤字を作って節税を狙うケース

Dさんは給与所得が800万円あり、副業のコンサルティング業で売上30万円に対し、自家用車の減価償却費や家事費を大幅に経費計上して△200万円の赤字を計上しました。

税務調査では、事業の実態があるかどうかが厳しく見られます。売上規模に比して不自然に大きい赤字や、家事費との混同が疑われる経費は否認されるリスクが高く、そもそも事業所得自体が認められないおそれがあります。

注意:損益通算を目的とした意図的な赤字の計上は、過少申告加算税や重加算税の対象になる可能性があります。事業の実態・継続性・営利性がない場合、税務署は雑所得として否認できます。安易な節税スキームには十分ご注意ください。

05申告時に準備すべき書類と実務上のチェックリスト

損益通算を確実に認めてもらうためには、確定申告書に加えて以下の書類・資料を整備しておくことが重要です。

  1. 開業届出書の控え——事業開始日を客観的に証明
  2. 青色申告承認申請書の控え——開業から2か月以内(年度途中開業の場合)に提出していること
  3. 複式簿記による帳簿(仕訳帳・総勘定元帳)——会計ソフトの出力データでも可
  4. 収支内訳書または青色申告決算書——売上・経費の内訳を明示
  5. 取引先との契約書・発注書・請求書——事業の実在性を示す資料
  6. 源泉徴収票——退職した会社から発行されたもの(給与所得の証明)
  7. 事業用口座の通帳コピーまたは取引明細——事業用とプライベートの口座を分離している事実

これらの書類は確定申告時に全て添付が求められるわけではありませんが、税務調査の際に速やかに提示できるよう7年間保存しておくことが求められます。

06移行年に押さえておきたい3つの実務判断

1. 開業届と青色申告承認申請の提出タイミング

2026年中に開業した場合、開業日から2か月以内に青色申告承認申請書を提出すれば、その年分から青色申告が適用されます。青色申告特別控除(最大65万円)を使えれば、赤字幅をさらに縮小でき、翌年以降の繰越控除(3年間)も利用可能です。

2. 副業期間と専業期間の所得区分は分けるのか

同一年内で副業から専業に移行した場合でも、所得区分は暦年単位で判定されます。年間を通じて事業としての実態があれば、通年で事業所得として申告できます。ただし、副業期間の実態が「片手間」であった場合は、その期間の所得が雑所得と判定されるリスクもあるため、副業時代から帳簿を整備しておくことが重要です。

3. 損失の繰越控除も視野に入れる

青色申告者であれば、損益通算してもなお赤字が残る場合、その赤字を翌年以降3年間繰り越して将来の黒字と相殺できます。専業移行1年目は投資がかさみやすいため、繰越控除を活用した中長期の税務戦略も検討すべきです。

この記事のまとめ
  • 給与所得と事業所得の損益通算は、事業所得として認められることが前提。雑所得に区分されると損益通算は不可。
  • 2022年通達改正により、収入300万円以下かつ帳簿保存なしの場合は原則「雑所得」と推定される。2026年現在もこの基準は有効。
  • 損益通算を確実にするには、複式簿記による帳簿作成、契約書・請求書の保存、事業用口座の分離など客観的な事業実態の裏付けが不可欠。
  • 開業届・青色申告承認申請書は期限内に提出し、青色申告特別控除や損失の繰越控除も合わせて活用する。
  • 意図的な赤字による損益通算は税務調査で否認されるリスクが高い。事業の営利性・継続性を常に意識すること。