「退職する社員から未消化の有給休暇を買い取ってほしいと言われたけれど、これは給与として処理すればいいの? 退職金扱い? 源泉徴収はどうなる?」——少人数のスタートアップでは、創業メンバーの退職時にこうした疑問に直面することが珍しくありません。有給買取の税務処理は「いつ買い取るか」で取り扱いが大きく変わります。本記事では、2026年6月時点の税制・労務ルールを踏まえ、実務で迷いやすいポイントを整理します。

01そもそも有給休暇の買い取りは認められるのか

年次有給休暇は労働基準法第39条で認められた労働者の権利であり、原則として会社が金銭で買い上げて消化させないことは違法とされています。ただし、以下の3つのケースに限り、例外的に買い取りが認められると解されています。

  • 法定付与日数を超える部分(会社独自の上乗せ分)の買い取り
  • 時効(2年)により消滅した有給休暇の買い取り
  • 退職時に未消化のまま残った有給休暇の買い取り

創業期のスタートアップでは、人手不足で有給を消化しきれないまま退職を迎えるケースが多く、実務上は3つ目の「退職時の買い取り」が最も頻出します。就業規則や退職合意書に根拠規定を設けたうえで対応することが重要です。

02税務上の分岐点——給与所得か退職所得か

有給買取の税務処理は、支払いのタイミングと性質によって「給与所得」か「退職所得」かが分かれます。この分類が源泉徴収の方法に直結するため、最も重要なポイントです。

在職中の買い取り → 給与所得

時効消滅分や法定超過分を在職中に買い取る場合、その支払いは通常の給与と同じ「給与所得」に該当します。支給月の給与に上乗せして源泉徴収税額表(月額表)を適用し、所得税・復興特別所得税を徴収します。

退職に伴う買い取り → 退職所得となる余地がある

退職に起因して初めて発生する有給買取金は、退職所得として取り扱える場合があります。所得税基本通達30-2では、「退職に基因して一時に受ける給与」で一定の要件を満たすものは退職所得に含まれると規定しています。具体的には、退職しなければ支払われなかった性質のものであること、就業規則等に明確な根拠があることなどが求められます。

ポイント:退職所得として処理できれば、退職所得控除(勤続年数に応じた控除)や2分の1課税の恩恵を受けられるため、従業員の手取り額に大きな差が出ます。例えば勤続4年で有給買取金が30万円の場合、退職所得控除160万円(40万円×4年)の範囲内に収まり、所得税はゼロになり得ます。一方、給与所得として処理すると、その月の給与額に合算されるため、税率次第で数万円の源泉徴収が発生します。

ただし、退職所得として扱うには「退職により初めて支給事由が生じた」と客観的に説明できる必要があります。就業規則に「在職中は買い取らない。退職時のみ買い取る」と明記しておくことが、退職所得該当性を補強する実務上のポイントです。

03源泉徴収の具体的な実務フロー

給与所得として処理する場合

  1. 買取金額を支給月の給与に合算する
  2. 給与所得の源泉徴収税額表(月額表または日額表)に基づき所得税を計算
  3. 翌月10日(納期の特例適用なら半年ごと)に納付

退職所得として処理する場合

  1. 従業員から「退職所得の受給に関する申告書」を受領する
  2. 退職金がある場合は退職金と有給買取金を合算し、退職所得控除を差し引く
  3. 控除後の金額に2分の1を乗じた額に税率を適用して源泉徴収
  4. 支給月の翌月10日までに納付(納付書は「退職所得」の欄を使用)

注意:「退職所得の受給に関する申告書」の提出がない場合、支払額に対して一律20.42%の源泉徴収が必要です。少額の買取金でも徴収漏れが生じやすいため、退職手続きのチェックリストに必ずこの申告書を含めてください。

04社会保険料への影響

有給買取金の社会保険上の取り扱いも見落とせません。

  • 給与所得扱いの場合:報酬に含まれるため、月額変更届(随時改定)の対象となり得ます。ただし固定的賃金の変動ではないため、一時的な手当として随時改定に該当しないケースもあります。
  • 退職所得扱いの場合:退職時に支払われる一時金は社会保険上の「報酬」に含まれないのが原則です。したがって、健康保険料・厚生年金保険料の算定基礎には含めません。
  • 雇用保険料:賃金に該当する場合は雇用保険料の対象となります。退職後に支払われるものは対象外です。

社会保険料の負担は会社・従業員双方に影響するため、「いつ・どの名目で支払うか」の設計が総額人件費に直結します。

05損金算入のタイミング

法人側の損金算入時期は、債務確定基準(法人税法第22条第3項)に従います。

  • 給与所得扱い:支給日の属する事業年度で損金算入
  • 退職所得扱い:退職日(退職の事実が確定した日)の属する事業年度で損金算入。株主総会決議が必要な役員退職金とは異なり、従業員の退職に伴う有給買取金は退職日に債務が確定するため、未払計上も認められます。

3月決算の法人で従業員が2026年3月末に退職し、買取金の支払いが4月になる場合でも、3月期の損金として計上できる点は実務上有利です。ただし、未払計上するためには就業規則等で金額の算定根拠が明確になっていることが前提です。

06就業規則に買取条項を設ける際の注意点

税務と労務の両面からリスクを低減するために、就業規則には以下の事項を明記しておくことを推奨します。

  1. 買い取りの対象:退職時の未消化分に限定するのか、時効消滅分も含むのか
  2. 買取単価の計算方法:直近の平均賃金、所定労働時間あたりの賃金など具体的な計算式
  3. 上限日数:法定付与分のみか、会社独自の付与分も含むか
  4. 支払時期:最終給与と同時か、退職金と同時か
  5. 在職中の買い取り禁止の明記:退職所得該当性を担保するために「在職中は原則として買い取らない」旨を記載

なお、買取条項の存在が「有給休暇を取得させない」インセンティブと解釈されないよう、あくまで消化促進の施策を前提としたうえでの例外措置と位置づけることが労務管理上望ましいです。

07創業期に押さえておきたい実務チェックリスト

最後に、スタートアップ経営者が退職時の有給買取で失敗しないための実務チェックリストを整理します。

  • 就業規則(または雇用契約書)に有給買取条項が明記されているか
  • 在職中の買い取りか退職時の買い取りかを明確に区分できるか
  • 退職所得として処理する場合、「退職所得の受給に関する申告書」を受領したか
  • 源泉徴収額を正しく計算し、翌月10日までに納付できる体制か
  • 社会保険の資格喪失届と合わせて、報酬に含めるか否かを確認したか
  • 損金算入のタイミング(事業年度)を確認し、未払計上する場合は根拠を整備したか
この記事のまとめ
  • 有給休暇の買い取りが認められるのは、法定超過分・時効消滅分・退職時の3パターン
  • 在職中の買い取りは「給与所得」、退職に起因する買い取りは「退職所得」となり得る
  • 退職所得扱いなら退職所得控除・2分の1課税の恩恵があり、従業員の手取りに大きな差が出る
  • 退職所得として処理するには「退職所得の受給に関する申告書」の受領が必須
  • 社会保険料は給与所得扱いなら報酬に含まれ、退職所得扱いなら対象外が原則
  • 損金算入は債務確定日の属する事業年度。未払計上には就業規則等の根拠整備が必要
  • 就業規則に買取条項を設ける際は、対象・計算方法・在職中の取り扱いを明記する