「会社を辞めて独立した年、退職金と事業所得の確定申告はどう書けばいいのだろう」——2026年に法人を退職し、個人事業を始めた方からよくいただくご質問です。退職所得は分離課税、事業所得は総合課税と、課税方式がまったく異なるため、申告書の記載を間違えると税金を多く払いすぎたり、還付を取りこぼしたりするリスクがあります。本記事では、具体的な数値例を使いながら、確定申告書第三表の書き方や「退職所得の受給に関する申告書」を出し忘れた場合のリカバリー手順まで、実務ベースで解説します。

01退職所得の分離課税の仕組みを押さえる

退職所得控除額の計算

退職所得は他の所得と合算せず、分離課税で税額を計算します。まず退職所得控除額を求めます。

  • 勤続年数20年以下:40万円 × 勤続年数(最低80万円)
  • 勤続年数20年超:800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)

退職所得の金額

退職所得の金額は、次の算式で求めます。

退職所得の金額 =(退職金の収入金額 − 退職所得控除額)× 1/2

なお、勤続年数5年以下の役員等については1/2課税の適用が制限される点に注意してください。また、2022年分以降、勤続年数5年以下の一般従業員についても、退職所得控除額を差し引いた残額のうち300万円を超える部分は1/2課税の対象外となっています。

ポイント:退職所得は「分離課税」です。事業所得が赤字でも、退職所得と損益通算することはできません(所得税法第69条)。損益通算の対象となるのは、不動産所得・事業所得・山林所得・譲渡所得の損失に限られます。退職所得の利益と事業所得の損失を相殺できると誤解しやすいため、創業初年度は特にご注意ください。

02具体的な数値例で申告書記載を確認する

前提条件

以下のケースで確定申告の流れを見てみましょう。

  • Aさん(45歳)は2026年3月末に勤続20年の会社を退職し、退職金1,500万円を受け取った
  • 2026年4月に個人事業を開業し、同年12月末までの事業所得は300万円(青色申告特別控除65万円適用後)
  • 退職時に「退職所得の受給に関する申告書」を会社に提出済み
  • 所得控除(基礎控除・社会保険料控除等)の合計は150万円とする

ステップ1:退職所得の計算

退職所得控除額:40万円 × 20年 = 800万円

退職所得の金額:(1,500万円 − 800万円)× 1/2 = 350万円

退職所得に対する所得税額(分離課税):350万円 × 20% − 42万7,500円 = 27万2,500円

復興特別所得税を加算すると、27万2,500円 × 1.021 = 約27万8,222円となります。

ステップ2:事業所得の計算(総合課税)

課税総所得金額:事業所得300万円 − 所得控除150万円 = 150万円

所得税額:150万円 × 5% = 7万5,000円

復興特別所得税を加算すると、7万5,000円 × 1.021 = 約7万6,575円となります。

ステップ3:確定申告書への記載箇所

このケースでは、確定申告書の第一表と第三表(分離課税用)を使います。記載のポイントは次のとおりです。

  1. 第一表「収入金額等」欄:事業所得の収入金額を「営業等(ア)」に記載。退職金の収入金額はここには書きません。
  2. 第一表「所得金額等」欄:事業所得の金額を記載。
  3. 第三表「退職所得」欄:退職金の収入金額1,500万円を「収入金額」に、退職所得の金額350万円を「所得金額」に記載。
  4. 第三表「税金の計算」欄:退職所得に対する税額を分離課税の欄に記載し、総合課税分の税額と合算して申告納税額を確定します。

「退職所得の受給に関する申告書」を提出済みであれば、会社が退職時に正しい税額を源泉徴収しているため、確定申告で追加納付や還付が生じないケースがほとんどです。ただし、事業所得側の所得控除との関係で還付が発生する場合もあるため、申告書を作成して確認することをおすすめします。

03「退職所得の受給に関する申告書」を出し忘れた場合のリカバリー

退職時に「退職所得の受給に関する申告書」を会社に提出しなかった場合、退職金に対して一律20.42%の源泉徴収が行われます。先ほどの例でいえば、退職金1,500万円に対して約306万3,000円が源泉徴収されることになります。

本来の税額は約27万8,222円ですから、約278万円も多く天引きされてしまう計算です。

リカバリーの手順

  1. 2027年2月16日〜3月16日の確定申告期間に確定申告書(第一表・第三表)を提出する
  2. 第三表の退職所得欄に正しい退職所得の金額と税額を記載する
  3. 第一表の「源泉徴収税額」欄に、退職金から天引きされた源泉徴収税額を記載する
  4. 正しい税額との差額が還付される

注意:還付申告は確定申告期間を待たなくても、翌年1月1日から5年間提出可能です。2026年分の退職所得について還付を受ける場合、2027年1月1日から2031年12月31日までが提出期限です。ただし、事業所得がある場合は通常の確定申告期限(2027年3月16日)までに申告するのが原則ですので、まとめて申告するのが実務上スムーズです。

04創業初年度に赤字が出た場合の取り扱い

創業初年度は設備投資や広告宣伝費がかさみ、事業所得が赤字になることも珍しくありません。この場合の取り扱いを整理します。

  • 退職所得との損益通算はできない:退職所得は分離課税のため、事業所得の赤字と通算できません。
  • 給与所得との損益通算は可能:退職前に受け取った給与(総合課税)がある場合、事業所得の赤字と給与所得を損益通算できます。
  • 青色申告の純損失の繰越控除:損益通算しても控除しきれない赤字は、翌年以降3年間繰り越すことができます(青色申告の場合)。

たとえば、Aさんの2026年1月〜3月の給与所得が200万円、事業所得が△250万円(赤字)だった場合、給与所得200万円と事業所得の赤字△250万円を通算し、差引き△50万円の純損失を翌年に繰り越せます。退職所得350万円はこの通算に含めることはできません。

05申告時に確認しておきたい実務チェックリスト

創業初年度の確定申告で見落としがちな項目をリストにまとめました。

  1. 「退職所得の受給に関する申告書」の提出状況を退職先に確認したか
  2. 退職金の源泉徴収票を手元に準備しているか
  3. 給与所得の源泉徴収票(退職前の給与分)を入手済みか
  4. 個人事業の開業届と青色申告承認申請書を期限内に提出したか
  5. 確定申告書の第三表(分離課税用)を使用しているか
  6. 事業所得が赤字の場合、損益通算と純損失の繰越控除を正しく適用しているか
  7. 退職所得と事業所得の赤字を誤って損益通算していないか
この記事のまとめ
  • 退職所得は分離課税。事業所得(総合課税)とは課税方式が異なり、確定申告書は第一表に加えて第三表を使用する
  • 退職所得と事業所得の赤字は損益通算できない。損益通算の対象は給与所得など総合課税の所得に限られる
  • 「退職所得の受給に関する申告書」を出し忘れると一律20.42%の源泉徴収となり、確定申告で還付手続きが必要になる
  • 創業初年度の事業所得が赤字なら、青色申告の純損失の繰越控除を活用して翌年以降の税負担を軽減できる
  • 退職金の源泉徴収票、給与の源泉徴収票など必要書類を早めに準備し、申告漏れを防ぐことが重要