「一緒に起業する仲間に株を持ってもらいたい」——スタートアップの創業期にはごく自然な発想です。しかし、株式の渡し方を誤ると、受け取った共同創業者に数百万円単位の贈与税や所得税が課されるケースがあります。実際に「額面で譲渡したから大丈夫だと思っていた」「資本金が少ないから時価もゼロに近いはず」と考えて後から痛い目に遭う方は少なくありません。本記事では、創業期の株式設計にまつわる税務リスクと、正しい進め方を税理士が解説します。
01なぜ「株を渡す」だけで課税されるのか
株式の移転には、大きく分けて「譲渡(売買)」「贈与」「新株発行(第三者割当増資)」の3つの方法があります。いずれの方法でも、税務上は「時価」が基準になります。時価よりも著しく低い金額で株式が移転した場合、その差額に対して課税が生じるのが原則です。
ここで言う「時価」とは、上場株であれば市場価格ですが、非上場株式の場合は所得税法・相続税法に基づく評価方法(純資産価額方式、類似業種比準方式など)で算定する必要があります。創業直後であっても、すでにエンジェル投資家から出資を受けていたり、知的財産や事業計画に価値がある場合、時価がゼロとは認められない可能性があります。
02額面譲渡・低額譲渡の落とし穴
個人間の低額譲渡——贈与税の問題
創業者Aが保有する株式を、共同創業者Bに1株1円で譲渡するケースを考えます。もし税務上の時価が1株5,000円と評価された場合、差額の4,999円×株数が「みなし贈与」として扱われ、Bに贈与税が課される可能性があります(相続税法第7条)。
たとえば1,000株を1円で譲渡し、時価が5,000円と認定されれば、みなし贈与額は約499万円。基礎控除110万円を差し引いても389万円に贈与税がかかり、税額は約53万円にのぼります(一般税率の場合)。「たった1,000円の売買」のつもりが、50万円超の税負担を生むわけです。
個人から法人・法人から個人への低額譲渡——所得税の問題
法人が絡む場合はさらに複雑です。個人が法人に対して時価の2分の1未満で株式を譲渡すると、時価で譲渡したものとみなされ、売主である個人に所得税が課されます(所得税法第59条・みなし譲渡課税)。逆に法人から個人へ低額で譲渡した場合は、個人側に給与所得や一時所得として課税されるリスクがあります。
注意:「設立時の出資額=時価」とは限りません。設立後に事業が動き出し、VC等からバリュエーションを提示されている場合や、既に売上が立っている場合は、純資産価額が出資額を上回っていることがあります。「資本金100万円の会社だから株の価値も100万円分」という思い込みは危険です。
03第三者割当増資で株式を分ける場合のリスク
既存株式の譲渡ではなく、会社が新株を発行して共同創業者に引き受けてもらう「第三者割当増資」も広く使われる方法です。しかし、発行価額が時価よりも著しく低い場合、既存株主から新株引受人への経済的利益の移転があったとみなされ、やはり贈与税の問題が生じます。
具体的には、増資前の1株当たり時価が10,000円の会社が、共同創業者に1株100円で第三者割当増資を行うと、増資後に既存株主の持分価値が希薄化する一方、新株引受人は「安く買えた分」の利益を得たことになります。この利益が贈与税の対象になりうるのです(相続税法第9条・みなし贈与)。
有利発行と会社法上の手続き
加えて、時価より特に有利な金額での新株発行は、会社法上「有利発行」に該当し、株主総会の特別決議が必要です(会社法第199条第3項)。創業者が100%株主であれば手続き上は問題になりにくいものの、税務上のリスクは残ります。
04ストックオプション(新株予約権)という選択肢
創業メンバーへの株式付与の方法として、税制適格ストックオプション(SO)を活用するケースもあります。税制適格SOであれば、権利行使時には課税されず、株式売却時にまとめて譲渡所得として課税されるため、キャッシュアウトなく株式を取得できるメリットがあります。
ただし、税制適格の要件は厳格です。2026年6月現在の主な要件は以下の通りです。
- 付与対象者が取締役・執行役・使用人等であること(一定の要件を満たす外部協力者を含む場合あり)
- 権利行使価額が付与時の時価以上であること
- 権利行使期間が付与決議の日から2年経過後~10年以内であること
- 年間の権利行使価額の合計が一定の上限以内であること
- 発行会社等との間で保管委託等の要件を満たすこと
要件を1つでも外すと「税制非適格」となり、権利行使時に時価と行使価額の差額が給与所得として課税されます。最高税率55%(所得税45%+住民税10%)がかかる可能性があるため、設計は慎重に行う必要があります。
ポイント:創業直後で時価が低いタイミングであれば、低い行使価額でSOを設定できます。会社の価値が上がってからでは行使価額も高くなるため、「SOを出すなら早い段階で」が鉄則です。ただし、時価の算定自体を適切に行わないと、税制適格の要件を満たさないリスクがあります。
05創業期の株式設計——実務ステップ
では、共同創業者に株式を適切に分配するには、どのような手順を踏めばよいのでしょうか。以下の5ステップを推奨します。
- 設立前に株主構成を決める:最もシンプルかつ税務リスクが低いのは、設立時に共同創業者全員が出資者として参加する方法です。設立時の出資であれば、原則として払込金額=時価となるため、贈与税やみなし譲渡の問題は生じません。
- 時価の算定を行う:設立後に株式を移転する場合は、移転時点の非上場株式の時価を適切に算定します。純資産価額方式を基本としつつ、直近の資金調達ラウンドのバリュエーションがあればそれも考慮します。
- 移転方法を選択する:時価での譲渡、第三者割当増資、ストックオプションなど、税務上の影響と事業上の目的を踏まえて最適な方法を選びます。
- 契約書・議事録を整備する:株式譲渡契約書、株主間契約書(創業者間契約)、株主総会議事録などを適切に作成します。リバースベスティング条項(途中離脱時の株式買戻し条項)の検討もこの段階で行います。
- 税理士・弁護士に事前相談する:株式の移転は実行後に修正が困難です。必ず事前に専門家に相談し、課税関係を確認してから実行してください。
06よくある失敗パターンと対策
失敗パターン1:設立後に「やっぱり株を分けよう」
創業者1人で設立した後、共同創業者に株を分けようとすると、設立後の時価で評価されます。たとえ事業開始前でも、すでに資金調達の話が進んでいれば時価が上がっている可能性があります。対策としては、設立段階で株主構成を確定させることが最善です。
失敗パターン2:バリュエーションを無視した増資
シードラウンドでプレバリュエーション1億円の評価を受けた直後に、共同創業者へ額面(1株の払込金額=設立時と同額)で第三者割当増資を行うと、時価との乖離が明確に存在するため、みなし贈与のリスクが極めて高くなります。
失敗パターン3:口約束だけで株式を「あげる」
正式な契約書なしに株式を無償譲渡した場合、贈与そのものです。時価が110万円を超えれば贈与税の申告義務が生じます。また、後のトラブル防止の観点からも、必ず書面化してください。
- 共同創業者への株式移転は、時価と取引価額の乖離がある場合、贈与税・所得税が課される「地雷原」となる。
- 最もリスクが低いのは、設立時に共同創業者全員が出資者として参加する方法。設立後に株を分ける場合は、必ず時価の算定が必要。
- 額面譲渡・低額の第三者割当増資は、みなし贈与やみなし譲渡課税の対象になりうる。
- ストックオプションは有力な選択肢だが、税制適格の要件は厳格。設計を誤ると権利行使時に高額の所得税が発生する。
- 株式の移転は実行後の修正が困難なため、必ず事前に税理士等の専門家へ相談すること。
