「従業員を1人雇うと、給与の何割増しのコストがかかるのか?」——創業期の経営者がこの問いに即答できないケースは少なくありません。社会保険料・労働保険料といった法定福利費は、給与の約15〜16%に相当する”見えにくいコスト”です。11月のこの時期に来期(2027年度)の人件費を正確に見積もっておけば、採用や昇給の判断で「こんなはずでは」という事態を防ぐことができます。本記事では、2026年10月の社会保険適用拡大を踏まえた最新の保険料率と、法定福利費の見積もり精度を上げるための実務的な手順を解説します。
01なぜ11月に「来期の法定福利費」を見積もるべきなのか
多くのスタートアップや小規模法人は、12月〜1月にかけて来期の事業計画や予算を策定します。その前段階である11月に法定福利費の試算を済ませておくことには、次のようなメリットがあります。
- 9月に改定される厚生年金保険料率・健康保険料率が確定済みのため、最新の料率で計算できる
- 年度更新(労働保険の概算保険料確定)の結果が手元にあるため、労働保険料の実績値を参照できる
- 来期の採用計画・昇給方針を決める前に、コストインパクトをシミュレーションできる
特に2026年10月には、従業員数51人以上の企業にまで社会保険の適用が拡大されました。パート・アルバイトの短時間労働者を多く雇用するスタートアップでは、想定以上にコスト増となるケースもあります。早めの試算がリスク回避の第一歩です。
02法定福利費を構成する5つの保険料と2026年度の料率
「法定福利費」とは、法律で事業主に負担が義務付けられている保険料の総称です。大きく分けると、次の5種類があります。
社会保険(狭義)の3つ
- 健康保険料(介護保険料を含む):協会けんぽの場合、都道府県ごとに異なる保険料率を労使折半で負担します。2026年度の全国平均は約10.0%(事業主負担は約5.0%)。40歳以上65歳未満の従業員には介護保険料率(約1.60%)が加算されます。
- 厚生年金保険料:保険料率は18.3%で固定されており、労使折半のため事業主負担は9.15%です。
- 子ども・子育て拠出金:全額事業主負担で、2026年度は0.36%です。従業員の給与からは控除されません。
労働保険の2つ
- 雇用保険料:2026年度の一般の事業の保険料率は、事業主負担が9.5/1000(0.95%)です。
- 労災保険料:業種ごとに料率が異なり、全額事業主負担です。IT系・サービス業であれば概ね3/1000(0.3%)前後が目安です。
ポイント:事業主が負担する法定福利費の合計は、おおむね給与総額の15〜16%が目安です。例えば月給30万円の従業員を1人雇う場合、毎月の事業主負担は約4.5万〜4.8万円、年間では約54万〜58万円になります。「給与+約16%」が”本当の人件費”と考えておくと、計画のブレが小さくなります。
03来期の法定福利費を試算するステップ
ここからは、2027年度(2027年4月〜2028年3月)の法定福利費を11月時点で見積もる具体的な手順を紹介します。
ステップ1:従業員リストと予定給与を整理する
まず、来期に在籍する予定の従業員全員について、以下の情報を一覧にします。
- 氏名・年齢(40歳以上かどうかで介護保険料の有無が変わる)
- 予定月額給与(基本給+諸手当)
- 予定賞与額(年間見込み)
- 新規採用予定者がいればその想定給与・入社月
ステップ2:標準報酬月額を当てはめる
社会保険料は「標準報酬月額」に保険料率を掛けて算出します。予定月額給与から、該当する等級の標準報酬月額を確認しましょう。協会けんぽのホームページや日本年金機構のサイトに保険料額表が掲載されています。
ステップ3:保険料率を掛けて年額を計算する
各従業員について、以下の計算を行います。
- 健康保険料(事業主負担)= 標準報酬月額 × 健康保険料率 ÷ 2 × 12か月
- 厚生年金保険料(事業主負担)= 標準報酬月額 × 9.15% × 12か月
- 子ども・子育て拠出金 = 標準報酬月額 × 0.36% × 12か月
- 雇用保険料(事業主負担)= 年間給与総額(賞与含む)× 0.95%
- 労災保険料 = 年間給与総額 × 業種別料率
賞与については、標準賞与額に同様の料率を掛けて加算します。これらを全従業員分合計すれば、来期の法定福利費の年間総額が求められます。
ステップ4:試算シートに落とし込む
Excelやスプレッドシートで、従業員ごとに上記の計算式を組んでおくと、採用人数の増減や昇給額の変更をシミュレーションする際に便利です。「従業員を1人追加したら年間コストがいくら増えるか」「月額5,000円の昇給で法定福利費はいくら増えるか」が即座に分かるようになります。
04試算結果を採用・昇給の意思決定に活かすポイント
人件費率の目安を知っておく
人件費率(売上高に占める人件費の割合)の適正水準は業種によって異なります。一般的な目安として以下を参考にしてください。
- IT・コンサルティング業:40〜60%
- 飲食業:30〜40%
- 小売業:20〜35%
- 製造業:20〜35%
ここでいう「人件費」には法定福利費を含めます。給与だけで人件費率を管理してしまうと、実態より低く見積もることになり、利益計画に狂いが生じます。
採用判断のフレームワーク
来期に1人採用する場合の判断基準として、次の計算式が実務的に有用です。
採用可能人数 =(来期の粗利益 × 目標人件費率 − 既存人件費総額)÷ 新規1人当たりの年間人件費(給与+法定福利費)
ここで法定福利費を正確に織り込むことで、「あと何人採用できるか」の精度が格段に上がります。
注意:2026年10月の社会保険適用拡大により、週20時間以上勤務・月額賃金8.8万円以上などの要件を満たすパート・アルバイトも社会保険の加入対象となる企業が増えています(従業員数51人以上の企業)。短時間労働者を中心に人員を組んでいるスタートアップは、来期の法定福利費が従来の見積もりより大幅に増加する可能性があります。必ず対象者の洗い出しを行ってください。
05よくある見積もりミスとその防止策
創業期の経営者が法定福利費の見積もりで陥りやすいミスを3つ挙げます。
ミス1:賞与にかかる社会保険料を忘れる
賞与にも健康保険料・厚生年金保険料がかかります。年2回の賞与で各30万円(計60万円)を支給する場合、事業主負担だけで約9万円の法定福利費が発生します。
ミス2:料率改定のタイミングを見落とす
健康保険料率は毎年3月に改定される場合があります。11月時点では翌年度の料率がまだ確定していないこともあるため、試算はあくまで「現時点の料率ベース」であることを前提に、改定分の余裕(概ね0.1〜0.3%程度)を見込んでおくと安全です。
ミス3:役員報酬を法定福利費の計算から除外する
法人の役員も社会保険の加入対象です。特に代表取締役自身の社会保険料は高額になることが多いため、忘れずに計上しましょう。
06まとめ——11月の試算が来期の経営判断を変える
法定福利費は、見えにくいがゆえに見落としやすいコストです。しかし、給与の約15〜16%にもなるこの費用を正確に把握することは、創業期の限られた資金を有効に配分するうえで欠かせません。11月の今、来期の試算を済ませておくことで、12月以降の予算策定や採用面接に自信を持って臨めるようになります。
保険料率の確認や試算シートの作成に不安がある方は、顧問税理士や社会保険労務士に相談しながら進めることをおすすめします。
- 法定福利費は給与総額の約15〜16%。「給与+16%」が本当の人件費と覚えておく
- 11月に来期の法定福利費を試算しておけば、採用計画・昇給判断の精度が上がる
- 2026年10月の社会保険適用拡大により、短時間労働者の保険料負担が増える企業がある——必ず対象者を洗い出す
- 賞与にかかる社会保険料や役員報酬の法定福利費も忘れずに計上する
- 試算シートを作っておけば、採用・昇給のコストインパクトを即座にシミュレーションできる
