「うちみたいな小さな会社にも社会保険の適用拡大って関係あるの?」——そんな疑問を抱えている小規模法人の経営者の方は少なくありません。2024年10月に従業員51人以上の企業へ適用が拡大されたのは記憶に新しいところですが、2026年10月にはさらに対象範囲が広がり、従業員規模の要件が撤廃される見込みです。施行まで残り約4か月となった今、対象判定から届出準備までを一気に整理しておきましょう。
012026年10月の適用拡大で何が変わるのか
これまでの適用拡大の経緯
短時間労働者への社会保険(健康保険・厚生年金保険)の適用拡大は、段階的に進められてきました。
- 2016年10月:従業員501人以上の企業に適用
- 2022年10月:従業員101人以上の企業に適用
- 2024年10月:従業員51人以上の企業に適用
- 2026年10月:企業規模要件の撤廃(予定)
2026年10月の改正では、これまで設けられていた「特定適用事業所」の従業員数要件(被保険者数51人以上)が撤廃される方向で法整備が進められています。つまり、従業員数が数名の法人であっても、週20時間以上働くパート・アルバイトを雇用していれば、社会保険の加入対象となる可能性があります。
対象となる短時間労働者の4要件
企業規模要件が撤廃されても、短時間労働者が社会保険の適用対象となるには、以下の要件を満たす必要があります。
- 週の所定労働時間が20時間以上であること
- 月額賃金が8.8万円以上(年収換算で約106万円以上)であること
- 2か月を超える雇用の見込みがあること
- 学生でないこと(休学中・夜間学生等を除く)
ポイント:企業規模要件が撤廃されるのは「厚生年金保険法等の改正」によるものです。2025年の通常国会で関連法案が成立しており、2026年10月1日施行が確定しています。個人事業主の場合は、常時5人以上の従業員を雇用する適用業種の事業所が対象となりますので、法人とは判定基準が異なる点にご注意ください。
02自社が対象になるかを判定するフロー
まずは自社が2026年10月以降に影響を受けるかどうかを、以下のステップで確認しましょう。
ステップ1:法人か個人事業主かを確認する
法人であれば、従業員数にかかわらず厚生年金保険・健康保険の適用事業所です。改正後は規模要件がなくなるため、すべての法人が短時間労働者の適用判定を行う必要があります。個人事業主の場合は、常時5人以上の従業員を使用し、かつ適用業種(製造業・小売業・士業など)に該当するかを確認してください。
ステップ2:短時間労働者のリストアップ
現在雇用しているパート・アルバイトについて、一人ひとりの所定労働時間と月額賃金を一覧にします。具体的には以下の情報を整理してください。
- 雇用契約書上の週所定労働時間
- 基本給+諸手当(通勤手当・残業代・賞与は除く)の月額
- 雇用契約の期間(2か月超かどうか)
- 学生かどうか
ステップ3:4要件に照らして該当者を特定する
前述の4要件すべてに該当する従業員が、新たに社会保険の加入対象者です。例えば、週22時間勤務・月額9万円のパート従業員で、雇用期間の定めなし・学生でない方は、2026年10月から社会保険に加入させる義務が生じます。
03人件費シミュレーション——社会保険料の上乗せコストを試算する
新たに対象となる従業員の社会保険料は、事業主と従業員が折半で負担します。経営への影響を把握するために、具体的な数字で試算してみましょう。
試算例:月額賃金10万円のパート従業員1名の場合
2026年度の保険料率は確定前ですが、現行水準をベースに概算すると以下のとおりです。
- 厚生年金保険料率:18.3%(労使折半で事業主負担は9.15%)→ 月額約9,150円
- 健康保険料率(協会けんぽ全国平均で約10%と仮定、労使折半)→ 月額約5,000円
- 子ども・子育て拠出金(事業主のみ、約0.36%)→ 月額約360円
- 事業主負担の合計:月額約14,510円(年間約17.4万円)
仮に対象となるパート従業員が3名いれば、年間で約52万円のコスト増となります。5名なら約87万円です。小規模法人にとっては決して小さくない金額ですので、早めに資金計画に組み込んでおくことが重要です。
シミュレーション時の注意点
- 月額賃金には残業代・通勤手当・賞与は含めずに判定する(ただし保険料の計算時には標準報酬月額に残業代等が反映される)
- 健康保険料率は都道府県ごとに異なるため、自社の所在地に応じた料率を使用する
- 従業員側にも手取り減少が生じるため、事前の説明と合意形成が必要
注意:対応が遅れて届出を行わなかった場合、年金事務所の調査等により遡及して資格取得届の提出を求められることがあります。遡及期間分の保険料は事業主が一括で負担しなければならないケースもあるため、届出漏れのリスクは非常に大きいといえます。「知らなかった」では済まされませんので、この夏の間に準備を完了させましょう。
04届出準備のスケジュール——今から10月までのロードマップ
2026年10月1日の施行日に向けて、以下の時系列で準備を進めることをおすすめします。
2026年7月(今すぐ)
- 対象判定フローに沿って、新たに加入対象となる従業員を特定する
- 人件費シミュレーションを実施し、年間コスト増を算出する
- 顧問税理士・社会保険労務士に相談し、対応方針を確認する
2026年8月
- 対象となる従業員への説明会や個別面談を実施する(手取り額の変化、将来の年金増額メリット等を説明)
- 勤務時間・雇用条件の見直しが必要な場合は、労働条件変更の協議を開始する
- 給与計算ソフト・労務管理システムの設定変更を準備する
2026年9月
- 「被保険者資格取得届」の記載内容を事前に準備する
- 届出に必要な書類(雇用契約書の写し等)を整備する
- 10月分の給与計算から社会保険料を控除できるよう、給与システムの最終テストを行う
2026年10月
- 施行日(10月1日)に合わせて「被保険者資格取得届」を管轄の年金事務所へ提出する
- 届出は施行日から5日以内が原則
- 対象従業員へ健康保険証(またはマイナ保険証の資格確認)に関する案内を行う
05経営判断として検討すべきこと
社会保険料の負担増に対して、経営者としてどのような選択肢があるかも整理しておきましょう。
勤務時間の調整は慎重に
「社会保険に加入させたくないから週20時間未満にシフトを減らす」という対応を検討される方もいるかもしれません。しかし、人手不足が深刻な現在、労働時間の削減は業務への影響が大きく、従業員のモチベーション低下にもつながります。むしろ、社会保険加入を「働きやすい職場づくり」のアピール材料として活用するほうが、中長期的な人材確保には有効です。
キャリアアップ助成金等の活用
短時間労働者の社会保険加入を進める企業に対しては、キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)などの支援策が用意されています。助成金の活用によってコスト増の一部を補填できる可能性がありますので、管轄のハローワークや社会保険労務士に確認してみてください。
人件費全体の見直し
社会保険料の増加分を吸収するために、業務効率化や価格転嫁を含めた経営全体での対応を検討することも大切です。税務面では、社会保険料の事業主負担分は「法定福利費」として全額損金算入できますので、法人税の計算上は経費として処理されます。
- 2026年10月から社会保険の企業規模要件が撤廃され、従業員数にかかわらず短時間労働者の加入対象が拡大される
- 週20時間以上・月額8.8万円以上・2か月超雇用・学生でない、の4要件を満たすパート・アルバイトが新たに加入対象となる
- 月額賃金10万円のパート1名あたり、事業主負担は年間約17.4万円増加する見込み
- 届出漏れは保険料の遡及徴収リスクがあるため、2026年7月中に対象者の特定とコスト試算を完了させるべき
- 届出は施行日(10月1日)から5日以内に「被保険者資格取得届」を年金事務所へ提出する
- 助成金の活用や経営全体での対応策も併せて検討し、早めに顧問税理士・社労士へ相談を
