「秋から人を増やしたいけれど、実際にいくらかかるのか正確に把握できていない」——そんな不安を抱えているスタートアップ経営者は少なくありません。2026年10月には社会保険の適用拡大がさらに進む見込みもあり、採用形態によって会社の負担額は大きく変わります。給与額面だけを見て「このくらいなら大丈夫」と判断してしまうと、社会保険料の会社負担分や労働保険料、通勤手当、福利厚生費といった”見えないコスト”が積み重なり、想定外の資金繰り悪化を招くことがあります。この記事では、正社員・パート・業務委託の3パターンで「真の人件費」を比較し、月次損益と資金繰りへのインパクトを8月中にシミュレーションしておく手順を解説します。

01なぜ8月中に人件費シミュレーションを終わらせるべきなのか

秋採用を10月や11月に予定している場合、求人の準備・面接・内定通知といったプロセスを逆算すると、8月中にはコスト面の意思決定を終えておく必要があります。特に2026年10月からは、従業員数51人以上の企業を対象とした社会保険の適用拡大が本格運用されるため、短時間労働者を多く雇用する企業では負担構造が変わる可能性があります。

また、8月は多くの企業にとって上半期の実績がほぼ固まる時期です。上半期の損益実績をベースに下半期の採用コストを載せてシミュレーションすれば、年間の着地見込みと資金繰りの余裕度を精度高く見積もることができます。

02「真の人件費」とは——給与以外にかかるコストの全体像

採用を検討するとき、多くの経営者がまず考えるのは「月給いくらで出せるか」という額面給与です。しかし、会社が実際に負担する人件費は額面給与だけではありません。以下の項目をすべて含めたものが「真の人件費」です。

  • 社会保険料(会社負担分):健康保険・厚生年金保険・介護保険(40歳以上)。概ね額面給与の約15〜16%
  • 労働保険料(会社負担分):雇用保険・労災保険。業種により異なるが、概ね額面給与の約1.5〜2.5%
  • 通勤手当:非課税限度額の範囲内でも会社の支出としては発生
  • 福利厚生費:慶弔見舞金、健康診断費用、社員研修費など
  • 採用コスト:求人広告費、人材紹介手数料(年収の30〜35%が相場)
  • 備品・環境整備費:PC、デスク、ソフトウェアライセンスなど

ポイント:正社員の場合、額面給与に対して約1.2〜1.4倍が「真の人件費」の目安です。月給30万円の正社員であれば、会社の実質負担は月額36万〜42万円程度になると考えておきましょう。

03正社員・パート・業務委託——3パターンの総コスト比較

ここでは、同等の業務量をこなす前提で、月額報酬ベースで3パターンのコストを比較します。わかりやすくするため、「月20万円相当の付加価値を生む人材」を想定します。

パターンA:正社員(月給25万円)

  • 社会保険料(会社負担):約3.9万円(額面の約15.6%)
  • 労働保険料(会社負担):約0.5万円(額面の約2%)
  • 通勤手当:約1.5万円
  • 福利厚生費等:約0.5万円
  • 月額総コスト:約31.4万円

パターンB:パートタイム(時給1,300円・月120時間)

  • 額面給与:15.6万円
  • 社会保険料(会社負担):適用対象の場合 約2.4万円/対象外の場合 0円
  • 雇用保険料(会社負担):約0.3万円
  • 通勤手当:約0.8万円
  • 月額総コスト:約19.1万円(社保適用の場合)/約16.7万円(社保非適用の場合)

パターンC:業務委託(月額報酬20万円)

  • 社会保険料・労働保険料:会社負担なし
  • 通勤手当・福利厚生費:原則なし
  • 月額総コスト:約20万円

一見すると業務委託が最もコストを抑えられるように見えますが、指揮命令関係がある場合は「偽装請負」と判断されるリスクがあります。また、業務委託先が消費税の課税事業者であれば、報酬に消費税が上乗せされる点も忘れてはなりません(インボイス制度の対応状況も要確認)。

注意:業務委託契約であっても、実態として出勤時間や業務の進め方を会社が細かく指示している場合は、労働基準法上の「労働者」とみなされる可能性があります。その場合、未払い社会保険料の遡及徴収や労働基準法違反のリスクが生じます。契約形態と実態が一致しているか、必ず確認してください。

04月次損益と資金繰りへのインパクトを試算する手順

コストの全体像が把握できたら、次は月次損益計画と資金繰り表に落とし込みます。以下の手順で進めましょう。

  1. 現在の月次損益を整理する:2026年4月〜7月の実績から、月平均の売上高・売上原価・販管費・営業利益を算出します。
  2. 採用パターンごとの月額総コストを販管費に加算する:上記の3パターンそれぞれで、採用後の販管費がいくらになるかを計算します。
  3. 損益分岐点の変動を確認する:人件費は固定費(業務委託の場合は変動費扱いも可能)のため、損益分岐点売上高がどれだけ上がるかを確認します。たとえば、粗利率50%の事業で月31.4万円の正社員コストを追加すると、損益分岐点売上高は約62.8万円上昇します。
  4. 資金繰り表に反映する:給与は当月末払いが一般的ですが、社会保険料の納付は翌月末です。このタイムラグを資金繰り表に正確に反映させましょう。賞与がある場合は支給月の資金流出も忘れずに。
  5. 採用によって期待できる売上増加額を見積もる:コストだけでなく、その人材がもたらす売上貢献も試算に含めます。「採用後3か月は教育期間で売上貢献ゼロ、4か月目以降に月30万円の売上増」といった現実的な前提を置くことが重要です。

052026年10月の社会保険適用拡大を踏まえた注意点

2024年10月から従業員数51人以上の企業にも短時間労働者への社会保険適用が拡大されていますが、2026年現在もこの基準が適用されています。パートタイム労働者を複数名雇用する場合は、以下の要件に該当するかどうかを確認してください。

  • 週の所定労働時間が20時間以上
  • 月額賃金が8.8万円以上
  • 2か月を超える雇用見込みがある
  • 学生でない

これらの条件を満たすパートタイム労働者には社会保険の加入義務が生じ、会社負担分のコストが発生します。「パートだからコストが安い」と単純に考えるのではなく、適用要件に照らして正確な試算を行いましょう。

06シミュレーション結果を意思決定に活かすコツ

シミュレーションは作って終わりではありません。以下の視点で結果を活用してください。

  • 複数シナリオで比較する:「売上が計画通りの場合」「計画の80%にとどまった場合」の2パターンで損益を比較し、最悪ケースでも資金ショートしないかを確認する
  • 採用形態のハイブリッドも検討する:コア業務は正社員、定型業務はパートや業務委託というように、業務内容に応じて最適な形態を組み合わせる
  • 助成金の活用を忘れない:キャリアアップ助成金やトライアル雇用助成金など、要件を満たせば受給できる助成金が複数あります。採用前の計画届出が必要なものも多いため、早めに情報を収集しましょう

シミュレーションの精度を上げたい場合や、自社の状況に合わせた具体的な試算が必要な場合は、税理士や社会保険労務士に相談することをおすすめします。

この記事のまとめ
  • 秋採用を検討するなら、8月中に人件費の総コストシミュレーションを完了させる
  • 「真の人件費」は額面給与の1.2〜1.4倍。社会保険料・労働保険料・通勤手当・福利厚生費まで含めて計算する
  • 正社員・パート・業務委託の3パターンで総コストを比較し、自社の業務内容と資金状況に合った形態を選ぶ
  • 2026年10月の社会保険適用拡大の要件を確認し、パート採用時の会社負担を正確に把握する
  • 月次損益計画と資金繰り表に採用コストを反映させ、複数シナリオで検証する
  • 偽装請負リスクや助成金の活用も含め、採用前に専門家へ相談することが望ましい