「創業時に自分のお金を会社に入れたまま、気づけば役員借入金が1,000万円を超えていた」——そんなスタートアップ経営者は少なくありません。普段の経営には直接影響がないように見えるこの科目ですが、銀行融資の審査や将来の相続で思わぬ壁になることがあります。本記事では、金融機関が役員借入金をどう評価するのか、放置した場合のリスク、そして小規模法人でも実行できる「資本性借入金への切り替え」と「DES(デット・エクイティ・スワップ)」の具体的な手順と税務上の注意点を整理します。

01なぜ役員借入金は膨らむのか

創業期の法人では、金融機関からの融資が十分に受けられず、代表者個人の預貯金を会社へ貸し付けるケースが非常に多く見られます。具体的には次のような場面です。

  • 設立直後の運転資金の不足を代表者のポケットマネーで補填
  • 代表者が立て替えた経費を精算せずに「役員借入金」として計上し続ける
  • 赤字決算が続き、追加の資金注入を繰り返す

こうした積み重ねにより、設立から数年で役員借入金が1,000万円を超えることは珍しくありません。資本金100万〜300万円で設立した法人では、役員借入金が資本金の数倍に達しているケースもあります。

02金融機関は役員借入金をどう見ているか

「実質的な自己資本」と見てもらえる場合

金融機関の多くは、代表者からの借入金について「返済を急がない資金=実質的な自己資本」とみなす実務慣行があります。特に日本政策金融公庫や信用保証協会の審査では、経営者本人が「返済を求めない」と表明していれば、純資産にプラスして評価するケースが一般的です。

ネガティブに評価される場合

ただし、以下のような状況では評価が下がります。

  • 代表者と会社の間で資金が頻繁に行き来し、公私混同が疑われる
  • 金銭消費貸借契約書が存在せず、貸付条件(返済期限・利率)が不明確
  • 役員借入金の残高が毎期大きく変動している

金融機関の担当者は、決算書の「短期借入金」や「長期借入金」の内訳明細で役員借入金の有無と金額を必ずチェックします。契約書の整備や残高の説明ができないと「管理が甘い会社」という印象を持たれるリスクがあります。

ポイント:融資面談では、役員借入金について「返済予定はない」旨を口頭だけでなく書面(金銭消費貸借契約書に劣後条件を明記するなど)で示せると、実質自己資本としての評価を得やすくなります。

03役員借入金を放置するリスク

リスク1:相続税の課税対象になる

役員借入金は、代表者から見れば「会社に対する貸付金(債権)」です。代表者に万一のことがあった場合、この貸付金は相続財産に含まれます。たとえば役員借入金が2,000万円ある場合、会社の財務状況にかかわらず額面2,000万円が相続税の課税対象となる可能性があります。会社に返済能力がなくても、評価減が認められるには厳格な要件があり、実務上は額面どおりの評価となるケースが大半です。

リスク2:債務超過に見える決算書

役員借入金は貸借対照表の負債の部に計上されるため、純資産がマイナス(債務超過)に見えることがあります。実質的には自己資本的な性格があっても、決算書の表面上は「借金が多い会社」という印象を与えます。取引先の与信審査や入札の参加資格審査で不利になることもあります。

リスク3:役員報酬との関係で税務リスク

会社から代表者へ役員借入金を返済する際、返済額が過大だと実質的な役員報酬とみなされるリスクがあります。また、無利息の貸付について税務調査で「認定利息」を指摘されるケースもゼロではありません。

04対策1:資本性借入金(資本性劣後ローン)への切り替え

日本政策金融公庫の「挑戦支援資本強化特別貸付(資本性ローン)」のように、金融機関が「資本性借入金」として扱うスキームがあります。しかし、代表者からの既存の役員借入金を資本性借入金として金融機関に認めてもらうためには、以下の条件を整える必要があります。

  1. 金銭消費貸借契約書を作成し、返済期限を5年超(できれば期限の定めなし)に設定する
  2. 他の債権者に対して劣後する旨の条項を明記する(劣後特約)
  3. 法的な弁済順位が最劣後であることを書面で確認できるようにする

これらを整えたうえで、融資申込先の金融機関に「この役員借入金は資本とみなしてほしい」と説明します。2026年5月現在、金融庁の「金融検査マニュアル」は廃止されていますが、多くの金融機関は従来の運用基準を参考に、上記の条件を満たす場合に自己資本として評価する実務を続けています。

ポイント:契約書のひな型は顧問税理士や弁護士に作成を依頼しましょう。「返済順位が劣後する」「期限の利益を放棄する」といった法的な文言が正確でないと、金融機関から認められない場合があります。

05対策2:DES(デット・エクイティ・スワップ)の活用

DESとは何か

DES(Debt Equity Swap)とは、会社に対する貸付金(債権)を現物出資して資本金(または資本準備金)に振り替える手法です。役員借入金という「負債」を「純資産」に変換するため、貸借対照表が劇的に改善します。

小規模法人でのDES実務ステップ

  1. 取締役会(または株主総会)の決議:募集株式の発行を決議し、代表者の貸付金を現物出資の目的財産とする旨を定めます。
  2. 検査役の調査の省略:現物出資額が500万円以下の場合、または弁護士・税理士等の証明を受けた場合は、裁判所の検査役調査が不要です(会社法第207条第9項)。小規模法人では、税理士等の証明書で対応するのが一般的です。
  3. 債権の評価:税務上、DESにおける債権の出資は「時価」で評価されます。会社が債務超過の場合、債権の時価が額面を下回り、差額が代表者個人の「債権譲渡損(みなし寄附金)」や会社側の「債務消滅益(法人税課税対象)」となる可能性があります。
  4. 登記手続き:資本金の増加に伴い、法務局へ変更登記を申請します。登録免許税は増加資本金額の1,000分の7(最低3万円)です。

注意:債務超過の会社でDESを行うと、債権の時価が額面より低く評価され、会社側に「債務消滅益」が発生して法人税が課される場合があります。実行前に必ず顧問税理士と債権の時価評価をシミュレーションしてください。また、資本金が1,000万円を超えると消費税の免税事業者の要件を満たさなくなる点にも注意が必要です。

06DESと資本性借入金、どちらを選ぶべきか

それぞれの特徴を比較すると、以下のようになります。

  • 資本性借入金への切り替え:登記不要・コストが低い・税務リスクが小さい。ただし金融機関が資本とみなすかは相手次第。
  • DES:貸借対照表上の純資産が確実に増加し、対外的な信用力が向上。ただし登記費用・税理士等の証明費用がかかり、債務消滅益の課税リスクがある。

小規模法人では、まず資本性借入金への契約変更を行い、金融機関との関係を整えたうえで、必要に応じてDESを検討するという段階的なアプローチが現実的です。役員借入金が1,000万円を超えている場合は、一部だけをDESで資本化し、残りを資本性借入金として整理する「ハイブリッド型」も有効です。

07今すぐやるべき3つのアクション

  1. 金銭消費貸借契約書の整備:既存の役員借入金について、金額・利率・返済条件を明記した契約書を作成する。
  2. 決算書の内訳明細を見直す:役員借入金と外部借入金が明確に区分されているか確認する。
  3. 顧問税理士に相続税シミュレーションを依頼する:代表者の年齢や家族構成を踏まえ、貸付金が相続財産に与える影響を試算する。

2026年5月期の決算を控えている法人は、このタイミングで役員借入金の整理方針を決めておくことをお勧めします。

この記事のまとめ
  • 役員借入金は金融機関から「実質自己資本」と評価される場合もあるが、契約書の整備や説明が不十分だとマイナス評価になる
  • 放置すると相続税の課税対象となり、額面どおりの評価で課税される可能性が高い
  • 資本性借入金への切り替えは低コストで税務リスクが小さく、まず着手すべき対策
  • DES(デット・エクイティ・スワップ)は純資産を確実に増やせるが、債務消滅益の課税リスクや登記費用に注意が必要
  • 小規模法人では資本性借入金とDESを組み合わせた段階的なアプローチが現実的