「敷金は返ってくるお金だから経費にならない」——創業時にそう聞いて、全額を資産に計上したままになっていませんか?実は、契約書をよく読むと”返還されない部分”が含まれており、その部分は費用として処理しなければなりません。逆に、本来経費にできる部分を見落としたまま確定申告を終えてしまうケースも少なくありません。本記事では、オフィスや店舗の賃貸借契約に伴う敷金・保証金について、契約時・期中・退去時の3つのフェーズに分けて正しい仕訳と判断基準を整理します。

01敷金・保証金の基本——「資産計上」が原則となる理由

敷金や保証金は、賃貸借契約の終了時に貸主から返還されることを前提とした預け金です。将来返ってくるお金であるため、支払った時点では「費用(経費)」ではなく「資産」として貸借対照表に計上するのが原則です。勘定科目は「差入保証金」や「敷金」を使用します。

たとえば、月額家賃20万円のオフィスを借りる際に敷金6ヶ月分(120万円)を支払った場合、仕訳は以下のとおりです。

  • (借方)差入保証金 1,200,000円 /(貸方)普通預金 1,200,000円

この時点では損益に影響しません。しかし、契約書に「償却」や「返還しない」旨の記載がある場合は話が変わります。

02経費にできるケース——「償却○ヶ月分」の記載がある場合

契約書の「敷引き」「償却」条項を確認する

商業テナントの賃貸借契約では、「敷金のうち2ヶ月分は解約時に償却する」「保証金の20%は返還しない」などの条項が設けられていることがあります。関西圏では「敷引き」と呼ばれることも多い取り決めです。

この返還されない部分は「預け金」ではなく「費用」として取り扱う必要があります。具体的な処理方法は、返還されない金額の大きさと契約期間によって異なります。

20万円未満の場合——支出時に一括経費

返還されない部分が20万円未満であれば、繰延資産の少額特例により、支出した事業年度(または年分)に全額を経費処理できます。勘定科目は「長期前払費用」ではなく「地代家賃」や「支払手数料」を使用して差し支えありません。

20万円以上の場合——5年(または契約期間)で均等償却

返還されない部分が20万円以上の場合は、税法上の繰延資産に該当し、以下のルールで償却します。

  1. 契約期間の定めがない場合、または契約期間が5年以上の場合:5年(60ヶ月)で均等償却
  2. 契約期間が5年未満の場合:その契約期間で均等償却
  3. 契約更新時に再度償却金が発生する場合:更新ごとの期間で償却

たとえば、敷金120万円のうち償却分が40万円、契約期間が3年の場合の仕訳は以下のとおりです。

  • 契約時:(借方)差入保証金 800,000円 + 長期前払費用 400,000円 /(貸方)普通預金 1,200,000円
  • 決算時(毎期):(借方)長期前払費用償却 ※月割り額 /(貸方)長期前払費用 ※月割り額

3年(36ヶ月)で償却するため、1ヶ月あたり約11,111円が経費になります。事業年度の途中で契約した場合は月割り計算を行ってください。

ポイント:繰延資産の償却は「任意償却(法人税法上)」ではなく「均等償却以内」であることに注意してください。法人の場合、償却限度額の範囲内で損金算入が認められます(法人税法施行令第64条)。個人事業主の場合は均等額を必要経費に算入します(所得税法施行令第137条)。いずれの場合も、初年度は契約日から期末(年末)までの月数で按分します。

03期中の処理——原状回復費用の見積計上はできるか

創業期の経営者からよく受ける質問のひとつが「退去時にかかる原状回復費用を、あらかじめ経費として見積計上できるか」というものです。

法人の場合——資産除去債務の考え方

上場企業等が適用する企業会計基準では「資産除去債務」として、将来の原状回復費用を見積計上する会計処理が求められます。しかし、中小企業向けの「中小企業の会計に関する指針」や「中小企業の会計に関する基本要領」では、資産除去債務の計上は求められていません。

したがって、スタートアップや小規模法人の場合、原状回復費用を毎期見積計上する必要は原則としてありません。税務上も、まだ発生していない原状回復費用を損金算入することは認められないため、実務的には退去時に一括処理する方法が現実的です。

個人事業主の場合

個人事業主の場合も同様で、実際に原状回復工事を行い費用が確定した時点で必要経費に算入します。見積段階での計上は認められません。

04退去時の税務処理——返還額・原状回復費用・消費税を整理する

敷金が返還されるケース

退去時に敷金が全額返還された場合、資産計上していた差入保証金を取り崩すだけで、損益には影響しません。

  • (借方)普通預金 1,200,000円 /(貸方)差入保証金 1,200,000円

原状回復費用が敷金から差し引かれるケース

実務で最も多いのがこのパターンです。たとえば敷金120万円のうち、原状回復費用30万円(税込33万円)が差し引かれて87万円が返還された場合を考えます。

  • (借方)普通預金 870,000円 + 修繕費 300,000円 + 仮払消費税 30,000円 /(貸方)差入保証金 1,200,000円

原状回復費用は「修繕費」として経費処理します。金額が大きく資本的支出に該当する場合は別途検討が必要ですが、通常の現状復帰であれば修繕費で問題ありません。

消費税の取り扱い

敷金・保証金の預け入れ・返還そのものは消費税の課税対象外(不課税)です。一方、返還されない償却部分や原状回復費用は役務の提供の対価に該当するため、消費税の課税取引となります。課税事業者の方は、仕入税額控除の適用漏れがないようご注意ください。

注意:2023年10月以降に開始したインボイス制度のもとでは、原状回復費用について仕入税額控除を受けるためには、貸主または工事業者から適格請求書(インボイス)の交付を受ける必要があります。敷金から差し引かれる形で精算される場合でも、必ずインボイスの発行を依頼してください。2026年8月現在、経過措置(2割特例など)の適用期限にもご注意ください。

05判断フローチャート——契約時にまず確認すべき3つのポイント

賃貸借契約を締結する際に、以下の3点を契約書で確認しましょう。

  1. 返還されない部分はあるか?——「償却」「敷引き」「返還しない」等の記載があれば、その金額を費用処理の対象として切り分ける
  2. 返還されない金額は20万円以上か?——20万円未満なら一括経費、20万円以上なら繰延資産として均等償却
  3. 契約期間は何年か?——5年未満なら契約期間、5年以上または定めなしなら5年で償却

このフローに沿って判断すれば、創業時の仕訳で迷うことはほぼなくなります。

06創業期に見落としがちな実務上の注意点

  • 自宅兼事務所の場合:事業用部分の面積按分で敷金を区分し、事業用部分のみを差入保証金として計上する
  • 礼金との違い:礼金は全額が返還されない支出であり、20万円以上であれば繰延資産として償却、20万円未満であれば一括経費処理が可能
  • 仲介手数料:支払時に全額「支払手数料」として経費処理可能(繰延資産には該当しない)
  • 決算をまたぐ場合の月割り計算:繰延資産の償却は月単位で按分するため、事業年度の途中で契約した場合は端数月の計算を忘れないようにする
この記事のまとめ
  • 敷金・保証金は原則として資産計上するが、契約書に「償却」「敷引き」等の記載がある返還されない部分は費用処理が必要
  • 返還されない部分が20万円未満なら支出時に一括経費、20万円以上なら繰延資産として契約期間(最長5年)で均等償却する
  • 原状回復費用の見積計上は中小企業・個人事業主には不要で、退去時に実額を「修繕費」として経費処理するのが実務的
  • 敷金の預け入れ・返還は消費税の不課税取引だが、償却部分や原状回復費用は課税取引のためインボイスの入手を忘れずに
  • 契約時に「返還されない部分の有無」「金額が20万円以上か」「契約期間は何年か」の3点を確認すれば、正しい仕訳を判断できる