「事業を軌道に乗せるのに精一杯で、保険のことは後回しにしてきた」──創業期の経営者からよくいただくご相談です。個人の生命保険は独身時代に入ったまま、法人の賠償責任保険は加入しているかどうかも分からない。そんな状態のまま万一のことが起これば、家族の生活も事業の継続も危うくなりかねません。2026年の夏、このタイミングで「個人と法人の保険を一枚の表にまとめて棚卸し」してみませんか。本記事では、保障の重複・不足を見える化する具体的な手順と、保険料の経費処理の基本、そして家族構成や事業フェーズに合わせた優先順位の考え方を解説します。
01なぜ創業期の保険設計は「放置」されやすいのか
創業期の経営者が保険の全体像を把握できていない背景には、大きく3つの理由があります。
- 時間の不足:営業・資金繰り・採用など、事業の立ち上げに追われて保険を検討する余裕がない
- 窓口の分散:個人の保険は以前から付き合いのある保険代理店、法人の保険は銀行や別の代理店と、相談先がバラバラで全体像が見えにくい
- 経費処理の不安:どの保険料が法人の損金になるのか判断がつかず、「とりあえず加入しない」という選択をしてしまう
しかし、創業から1〜3年目はまさにリスクの集中する時期です。経営者が病気やケガで働けなくなれば売上が止まり、借入金の返済や従業員の給与支払いが滞ります。中小企業庁の調査では、創業5年以内に廃業する企業の約18%が「経営者の健康問題」を廃業理由の一つに挙げています。夏の時間に少し余裕が生まれるこの時期こそ、保険設計を見直す好機です。
02個人と法人の保険を「一枚の表」で棚卸しする手順
保険の全体像を把握するために、次の3ステップで一覧表を作りましょう。手書きでもスプレッドシートでも構いません。
ステップ1:手元の保険証券をすべて集める
個人で加入している生命保険・医療保険・がん保険・就業不能保険・個人年金保険、さらに法人で加入している役員向け生命保険・賠償責任保険・火災保険・労災の上乗せ保険などをすべて机の上に並べます。クレジットカード付帯の保険や共済も忘れずに確認してください。
ステップ2:一覧表に記入する
以下の項目を横軸にした表を作成します。
- 保険の種類(生命保険・医療保険・賠償責任保険など)
- 契約者(個人 or 法人)
- 被保険者(経営者本人・配偶者・従業員など)
- 保険金額・給付日額
- 月額保険料
- 損金算入の可否(全額損金・1/2損金・資産計上など)
- 満期・更新時期
- 備考(重複の有無、不足の懸念など)
ステップ3:重複と不足を色分けする
表が完成したら、同じリスクに対して複数の保険が重なっている部分を青、保障が手薄な部分を赤でマーキングします。たとえば、個人の医療保険と法人契約の医療保険で入院日額が合計2万円あるのに、就業不能保険には未加入、といったケースが典型的な「重複+不足」のパターンです。
ポイント:一覧表を作る際は、「経営者が3か月働けなくなったら」というシナリオを想定してみましょう。月々の固定費(家賃・人件費・借入返済)と保険からの給付額を比較すると、保障の過不足が具体的な金額で見えてきます。たとえば固定費が月80万円なのに就業不能保険の月額給付が15万円しかなければ、65万円のギャップが毎月発生する計算です。
03保険料の経費処理──損金算入の基本ルール
保険設計を考えるうえで避けて通れないのが、保険料の税務処理です。法人が支払う保険料について、主なパターンを整理します。
全額損金になるもの
- 定期保険(最高解約返戻率50%以下のもの)
- 賠償責任保険(PL保険・施設賠償など)
- 火災保険(掛け捨て型)
- 労災上乗せ保険
一部が資産計上になるもの
- 定期保険で最高解約返戻率が50%超のもの(返戻率の区分に応じて40%〜最大で保険料の約9割を資産計上)
- 長期傷害保険の一部
全額が資産計上になるもの
- 終身保険(いわゆる貯蓄性の高い保険)
- 養老保険で法人が満期保険金の受取人になっているもの
注意:2019年の法人税基本通達改正(いわゆる「バレンタインショック」後の通達)により、定期保険・第三分野保険の損金算入ルールが大きく変わっています。2019年7月8日以降の契約については新ルールが適用されますので、それ以前の契約と混同しないよう注意が必要です。具体的な処理については、契約内容に基づいた個別判断が必要ですので、顧問税理士にご確認ください。
なお、個人事業主の場合、事業に関する賠償責任保険や火災保険は必要経費になりますが、経営者自身の生命保険や医療保険は原則として必要経費にはなりません。生命保険料控除として所得控除の対象になるのみです(一般・介護医療・個人年金それぞれ最大4万円、合計12万円が上限)。
04家族構成・事業フェーズ別の保障優先順位
「すべての保険に満額で加入する」のは現実的ではありません。限られたキャッシュの中で優先順位をつけることが大切です。以下に、家族構成と事業フェーズの掛け合わせで考える指針を示します。
独身・創業1年目の場合
- 就業不能保険(最優先):自分が倒れたら収入がゼロになるリスクへの備え
- 賠償責任保険:業種に応じてPL保険や施設賠償責任保険
- 医療保険:高額療養費制度でカバーしきれない差額ベッド代や収入減への備え
配偶者・子どもあり・創業2〜3年目の場合
- 生命保険(死亡保障)(最優先):遺族の生活費+借入金の返済原資として、必要保障額を算出して加入
- 就業不能保険:家族の生活費と事業の固定費をカバーする水準で設定
- 賠償責任保険・火災保険:事業規模の拡大に合わせて補償額を見直し
- 医療保険:入院長期化リスクへの備え
従業員を雇用し始めた・創業3年目以降の場合
- 経営者の死亡保障+事業保障(キーマン保険):借入金の返済と従業員への給与支払い猶予(目安として月商の3〜6か月分)
- 労災上乗せ保険・使用者賠償責任保険:従業員の労災事故に対する備え
- 就業不能保険・医療保険:経営者自身の長期離脱リスクへの備え
必要保障額の目安として、たとえば月額固定費80万円・借入残高500万円・配偶者と子ども1人の家庭であれば、死亡保障は最低でも3,000万円〜5,000万円程度、就業不能保険は月額30万〜50万円程度を一つの基準にして検討すると良いでしょう。もちろん具体的な金額は個別の状況により異なります。
052026年の夏に見直すべき3つのチェックポイント
最後に、今年(2026年)の夏の段階で特に確認しておきたいポイントを3つ挙げます。
1. 更新型保険の保険料アップを確認
10年更新型の定期保険や医療保険に加入している方は、次の更新時に保険料がどの程度上がるかを確認してください。30代で加入した保険が40代の更新で1.5〜2倍近くに跳ね上がるケースも珍しくありません。更新前に収入保障保険への切り替えなどを検討する余地があります。
2. 事業規模の変化に保険が追いついているか
創業時に加入した賠償責任保険の補償限度額が1,000万円のままで、今の年商が3,000万円を超えているといったズレが起きていないかを確認しましょう。売上や取引先の規模に応じて補償額を引き上げる必要があります。
3. 社会保険の加入状況と保険の整合性
2024年10月以降、従業員51人以上の企業でパート・アルバイトの社会保険適用が拡大されていますが、小規模法人でも法人の代表者は原則として健康保険・厚生年金に加入しています。傷病手当金(標準報酬日額の2/3、最長1年6か月)が受けられることを前提に、就業不能保険の給付額を設計しましょう。個人事業主で国民健康保険に加入している方は傷病手当金がないため、就業不能保険の優先度がより高くなります。
- 創業期は保険の全体像が把握しづらいため、個人と法人の保険を「一枚の表」に整理して重複・不足を見える化する
- 保険証券を集め、保険種類・契約者・保険金額・月額保険料・損金算入可否・更新時期を一覧にまとめる
- 法人の保険料は種類や解約返戻率により損金算入のルールが異なる。2019年通達改正後の新ルールに基づいて判断する
- 家族構成と事業フェーズに応じて、就業不能保険・死亡保障・賠償責任保険などの優先順位をつける
- 2026年夏のタイミングで、更新型保険の保険料アップ・事業規模と補償額のズレ・社会保険との整合性を重点的にチェックする
