「まだ売上がゼロなのに、SNS広告やLP制作にどんどんお金が出ていく……。これは開業費にまとめていいの? それとも広告宣伝費で落とすべき?」——創業期の経営者からよくいただくご質問です。サービスリリース前・店舗オープン前のマーケティング費用は、計上のタイミングと勘定科目を誤ると、融資審査で不利になったり、税務調査で否認されたりするリスクがあります。本記事では、2026年8月時点の実務に即して、判断基準を整理します。

01そもそも「開業費」とは何か——繰延資産の基本ルール

開業費の定義と範囲

開業費とは、法人の場合は会社設立後から営業開始までに支出した「開業準備のために特別に支出した費用」を指します(法人税法施行令第14条第1項第1号)。個人事業主の場合は、開業届を提出する前の準備期間に支出した費用が対象です。

具体的には、以下のようなものが典型例です。

  • 市場調査費用・リサーチ費用
  • 開業に向けた打ち合わせの交通費・会議費
  • 開業前の広告宣伝費用(チラシ・看板など)
  • 開業前の研修・セミナー参加費

開業費は「繰延資産」として資産計上し、任意の時期に任意の金額を償却できます(任意償却)。つまり、利益が出た年度にまとめて経費化できる点が大きなメリットです。

開業費に含められないもの

注意すべきは、以下の支出は開業費には含まれないという点です。

  • 10万円以上の固定資産(パソコン、什器など)→ 固定資産として計上
  • 敷金・礼金 → 敷金は資産、礼金は繰延資産(長期前払費用)
  • 仕入れた商品・原材料 → 棚卸資産として計上

02マーケティング費用の「開業費 or 経費」判断フローチャート

売上が立つ前のマーケティング費用をどう処理するかは、「営業を開始しているかどうか」が最大の分岐点になります。以下のフローで判断してください。

ステップ1:営業開始日を特定する

法人の場合、「営業開始日」は登記上の設立日ではなく、実際に営業活動を開始した日です。たとえば、2026年4月1日に法人を設立し、2026年7月1日にECサイトをオープンした場合、営業開始日は7月1日となります。

ステップ2:支出のタイミングで振り分ける

  1. 営業開始「前」の支出 → 開業費(繰延資産)として計上可能
  2. 営業開始「後」の支出 → 広告宣伝費・販売促進費などの経費として計上

たとえば、7月1日のサービスリリースに向けて6月中に出稿したSNS広告費30万円は、開業費として繰延資産に計上できます。一方、7月以降に出稿した広告費は、売上の有無にかかわらず、その期の広告宣伝費として即時経費にするのが原則です。

ポイント:「売上がまだゼロだから開業費にできる」という考え方は誤りです。営業を開始した後は、たとえ売上がゼロでも、通常の経費(広告宣伝費・販売促進費等)として処理します。判断基準は「売上の有無」ではなく「営業開始の前か後か」です。

03広告宣伝費・販売促進費・業務委託費——勘定科目の使い分け

営業開始後のマーケティング費用は、内容に応じて以下のように勘定科目を使い分けます。

広告宣伝費として計上するもの

  • SNS広告費(Instagram広告、Google広告、YouTube広告など)
  • プレスリリース配信サービスの利用料
  • テレビCM・新聞広告・雑誌広告の出稿費
  • 看板・ポスター・チラシの制作費および掲出費

販売促進費として計上するもの

  • サンプル品・試供品の配布にかかる費用
  • クーポン発行・ポイント還元の原資
  • 展示会・イベントへの出展費用
  • ノベルティグッズの制作・配布費用

外注費(業務委託費)として計上するもの

  • LP(ランディングページ)の制作費(外部委託の場合)
  • コンテンツ制作代行費(記事作成、動画制作など)
  • SNS運用代行の月額費用

LP制作費は、制作を外部に委託した場合は「外注費」または「業務委託費」で処理するのが実務的です。ただし、自社の広告目的で制作したものであれば「広告宣伝費」に含めても差し支えありません。金額が大きい場合や継続的に使用する場合は、一貫した科目で処理しましょう。

注意:LP制作費やWebサイト構築費が数十万円以上になる場合、税務上「ソフトウェア」として無形固定資産に該当する可能性があります。自社の業務システムとして機能するWebサイト(会員管理機能付きなど)は、広告宣伝費ではなく資産計上が必要なケースがあるため、個別にご判断ください。

04期間帰属の考え方——「いつの経費にするか」のルール

発生主義が原則

法人税法・所得税法ともに、費用は「発生した期間」に帰属させるのが原則です。たとえば、2026年6月にSNS広告を出稿し、請求書が7月に届き、支払いが8月だった場合、費用の帰属は広告が掲載された6月です。

具体例で見る期間帰属

3月決算法人(2025年4月〜2026年3月)が2026年5月にサービスリリースを予定しているケースを考えます。

  1. 2026年2月に支出したLP制作費50万円 → この期(2025年4月〜2026年3月)の開業費として繰延資産に計上
  2. 2026年4月に支出したSNS広告費20万円 → 翌期(2026年4月〜2027年3月)の開業費として繰延資産に計上(5月のリリース前のため)
  3. 2026年6月に支出したSNS広告費15万円 → 翌期の広告宣伝費として即時経費(営業開始後のため)

05融資審査で有利になる計上方法のポイント

日本政策金融公庫や信用保証協会の創業融資を検討している場合、マーケティング費用の計上方法は審査に影響を与えることがあります。

開業費の活用で赤字幅を圧縮

開業費は任意償却が可能なため、利益が出るまで償却しないという選択ができます。これにより、創業初年度の損益計算書の赤字幅を小さく見せることが可能です。たとえば、開業準備に100万円のマーケティング費用を使った場合、これを即時経費にすると営業利益がマイナス100万円悪化しますが、開業費として繰延資産に計上すれば損益には影響しません。

ただし「見せ方」より「実態」が大切

融資審査では、単に数字の見栄えだけでなく、「その支出が合理的かどうか」「事業計画との整合性があるか」が重視されます。マーケティング費用の計上方法について、税理士と事前に方針を決めておくと、融資面談でも説得力のある説明ができます。

06個人事業主と法人で異なるポイント

個人事業主の場合

個人事業主の開業費は、所得税法上の繰延資産として扱われます。開業届の提出日が営業開始日の目安となりますが、実際に事業活動を開始した日を基準にするのが実務的です。開業届の提出前であっても、事業のために支出した費用であれば開業費として計上できます。

法人の場合

法人の場合は、設立登記日から営業開始日までの期間が開業費の対象期間です。なお、設立登記「前」に発行者個人が負担した費用は「創立費」として別の繰延資産になります。設立前の市場調査費やマーケティング費用が含まれる場合は、創立費と開業費の区分に注意してください。

この記事のまとめ
  • マーケティング費用を「開業費」にできるかどうかは、「売上の有無」ではなく「営業開始の前か後か」で判断する
  • 営業開始前の広告費・LP制作費・プレスリリース費用は開業費(繰延資産)として計上可能。任意償却により利益が出た年度に経費化できる
  • 営業開始後は、売上がゼロでも広告宣伝費・販売促進費・外注費などの勘定科目で即時経費にするのが原則
  • 勘定科目の使い分けは「不特定多数への訴求=広告宣伝費」「購買促進=販売促進費」「外部委託=外注費」が基本
  • 融資審査を控えている場合は、開業費の活用で赤字幅を圧縮できるが、事業計画との整合性が最も重要
  • 個人事業主と法人では開業費の対象期間が異なるため、設立前の支出(創立費)との区分に注意する