「月給25万円の人を1人雇えば、年間の人件費は300万円」——そう計算して採用を決断しようとしていませんか。実際には、社会保険料の会社負担分、労働保険料、備品・教育費、採用にかかる広告費など「見えないコスト」が上乗せされ、額面給与の1.3倍から1.5倍に膨らむのが現実です。2026年の秋、採用を考えている創業期の経営者の方に向けて、正社員・パート・業務委託それぞれの「真の人件費」を具体的な数字で試算し、損益分岐点への影響まで含めた判断のフレームワークをお伝えします。
01額面給与だけでは見えない「真の人件費」とは
人件費と聞くと、多くの方が「月給×12か月+賞与」を想像されます。しかし経営上の人件費はそれだけではありません。大きく分けると以下の5つの要素で構成されます。
- 額面給与・賞与:基本給、残業手当、通勤手当、賞与など
- 社会保険料の会社負担分:健康保険・介護保険・厚生年金保険・子ども子育て拠出金
- 労働保険料の会社負担分:雇用保険・労災保険
- 福利厚生・備品コスト:PC・デスク・ソフトウェアライセンス・健康診断費用など
- 採用・教育コスト:求人広告費、面接にかかる時間コスト、研修費用
これらを合算した金額が「真の人件費」です。創業期はキャッシュフローが限られているため、この全体像を把握しないまま採用に踏み切ると、数か月後に資金繰りが行き詰まるリスクがあります。
02正社員を1人採用した場合の試算(月給25万円のケース)
2026年度の社会保険料率を前提に、月給25万円(年間額面300万円・賞与なし)の正社員を雇用した場合の会社負担を試算してみましょう。
社会保険料の会社負担
2026年度の主な保険料率(会社負担分の目安)は以下のとおりです。なお、健康保険料率は協会けんぽの全国平均を想定しています。
- 健康保険料(介護保険該当なしの場合):約5.0%
- 介護保険料(40歳以上の場合に加算):約0.8%
- 厚生年金保険料:9.15%
- 子ども・子育て拠出金:0.36%
40歳未満の従業員の場合、会社負担の社会保険料率合計はおおむね約14.5%です。月給25万円に対して月額約36,250円、年間では約43.5万円になります。
労働保険料の会社負担
- 雇用保険料(会社負担分):約0.95%(一般の事業の場合)
- 労災保険料:業種により異なりますが、オフィスワーク中心なら約0.3%
合計で約1.25%、年額にすると約3.75万円です。
福利厚生・備品・採用コスト
創業期の実態を踏まえると、最低限でも以下の費用が発生します。
- PC・デスク・チェアなど初期備品:約15万円(初年度のみ)
- ソフトウェアライセンス・通信費の追加分:年間約6万円
- 健康診断費用:約1万円
- 求人広告費(Indeed、求人ボックス等):約10〜30万円
- 教育・研修にかかる時間コスト:約10万円相当
初年度の合計は控えめに見積もっても約40万円程度です。
真の人件費の合計
これらをすべて合算してみましょう。
- 額面給与:300万円
- 社会保険料(会社負担):約43.5万円
- 労働保険料(会社負担):約3.75万円
- 福利厚生・備品・採用コスト:約40万円
- 合計:約387万円
額面300万円に対して約1.29倍。賞与を年間2か月分(約50万円)加えると、額面350万円に対して真の人件費は約450万円前後となり、1.28〜1.3倍の水準です。残業代や福利厚生を手厚くすれば1.4〜1.5倍に達することも珍しくありません。
ポイント:「額面給与の1.3〜1.5倍」という目安は業種や福利厚生の充実度によって変動します。まずは自社の条件で具体的に計算し、月次のキャッシュアウトベースで資金繰り表に落とし込むことが重要です。
03パート・業務委託との比較試算
正社員を雇う以外の選択肢も視野に入れて比較しましょう。
パートタイマーの場合(時給1,200円・週20時間)
月の労働時間を約87時間(週20時間×4.35週)とすると、月額給与は約104,400円、年間約125万円です。週20時間以上で社会保険の加入要件を満たす場合は会社負担の社会保険料が発生しますが、週20時間未満に調整すれば雇用保険・社会保険の負担を抑えられます。ただし2026年10月からの適用拡大の動向には注意が必要です。
- 社会保険加入なしの場合の真の人件費:額面の約1.05〜1.1倍
- 社会保険加入ありの場合の真の人件費:額面の約1.15〜1.2倍
業務委託(フリーランス)の場合
業務委託であれば社会保険料・労働保険料の会社負担はゼロです。月額20万円で外注した場合、年間240万円がほぼそのまま費用となります。ただし以下の点に注意してください。
- 実態が「指揮命令下の労働」であれば、偽装請負と判断されるリスクがある
- 消費税のインボイス対応が必要(免税事業者への発注は仕入税額控除に影響)
- ノウハウの蓄積が社内に残りにくい
注意:業務委託契約であっても、勤務時間や場所を細かく指定し、他社の仕事を制限しているような場合は、労働基準法上の「労働者」とみなされる可能性があります。契約書の内容だけでなく、実態が伴っているかを必ず確認してください。
04損益分岐点から逆算する「採用してよい基準」
真の人件費がわかったら、次に考えるべきは「その人を雇うことで、どれだけ売上を増やす必要があるか」です。
たとえば、粗利率が60%のサービス業で真の人件費が年間400万円の正社員を1人採用する場合、損益分岐点の増加額は以下のように計算できます。
必要追加売上 = 真の人件費 ÷ 粗利率 = 400万円 ÷ 60% ≒ 約667万円
月に換算すると約55.6万円の追加売上が必要です。創業期にこの売上増を見込めるかどうかが、採用可否の判断基準になります。
採用判断のための3つのチェックポイント
- 6か月分の人件費を手元資金で賄えるか:新規採用者が戦力化するまでに通常3〜6か月かかります。その間の人件費を「投資」として確保できるか確認しましょう。
- 売上の見通しに根拠があるか:既存顧客からの受注増や具体的な商談パイプラインがあるかどうか。「なんとなく忙しいから」は危険です。
- 段階的に増やす選択肢はないか:いきなり正社員ではなく、まずはパートや業務委託で業務量を検証し、確信を得てから正社員採用に切り替える方法も有効です。
05秋の採用で気をつけたい実務上のポイント
2026年の秋に採用を進める場合、以下の実務的なスケジュールも押さえておきましょう。
- 社会保険の資格取得届:入社日から5日以内に届出が必要です。届出が遅れるとペナルティの対象になり得ます。
- 労働条件通知書の交付:2024年4月の法改正で明示事項が追加されています。就業場所・業務の変更の範囲の記載が必要です。
- 年末調整への影響:秋入社の場合、前職がある従業員の源泉徴収票を回収し、年末調整で合算する必要があります。
- 労働保険の年度更新:翌年度(2027年度)の概算保険料に影響するため、給与総額の見込みを修正しておきましょう。
- 正社員の「真の人件費」は額面給与の1.3〜1.5倍。月給25万円(年間300万円)でも実際の負担は約387〜450万円になる
- パートは額面の1.05〜1.2倍、業務委託は社会保険負担がないぶん割安だが、偽装請負リスクやインボイス対応に注意が必要
- 採用可否の判断は「真の人件費 ÷ 粗利率」で必要追加売上を算出し、具体的な売上見通しと照らし合わせて行う
- 手元資金で最低6か月分の人件費を賄えるか、段階的に人員を増やす選択肢はないかを必ず検討する
- 秋採用では社会保険届出、労働条件通知書の新様式対応、年末調整の準備など実務面の段取りも忘れずに
