創業期に事業が軌道に乗り始めた矢先、満期保険金の受取りや店舗移転に伴う立退料の受領が重なった——そんな年の確定申告書の書き方に頭を悩ませていませんか。事業所得だけでも複雑なのに、一時所得まで加わると「どこに何を書けばいいのか」「税率はどう変わるのか」が分からなくなりがちです。本記事では、補助金の圧縮記帳を選ばなかった場合も含め、2026年分(令和8年分)の確定申告を前提に、所得区分の判定から申告書への具体的な記載手順までを実例付きで解説します。
01一時所得とは何か——事業所得との違いを押さえる
まずは所得区分の基本を整理しましょう。所得税法では所得を10種類に分類していますが、創業期の経営者が混同しやすいのが「事業所得」と「一時所得」です。
事業所得になるもの
- 本業の売上から必要経費を差し引いた利益
- 事業用資産の売却益のうち棚卸資産に該当するもの
- 事業に付随して受け取る報酬や手数料
一時所得になるもの
- 満期保険金・解約返戻金(業務に関係しない生命保険等)
- 立退料(借家人が受け取るもので、資産の譲渡・事業の対価に該当しないもの)
- 懸賞金やふるさと納税の返礼品
- 補助金のうち圧縮記帳を選ばなかった場合の一定のもの
ポイント:立退料は内容によって所得区分が変わります。借家権の消滅の対価として受け取る場合は「譲渡所得」、営業補償として受け取る場合は「事業所得」、それ以外は「一時所得」に分類されます。契約書や合意書の文言を必ず確認しましょう。
02一時所得の計算方法——50万円特別控除と1/2課税
一時所得には、税負担を軽くする2つの仕組みがあります。計算の流れは以下のとおりです。
- 総収入金額を算出する(満期保険金300万円+立退料100万円=400万円など)
- 収入を得るために支出した金額を差し引く(保険料の払込総額250万円など)
- さらに特別控除額50万円を差し引く(最大50万円)
- 残った金額の1/2だけを他の所得と合算する
具体的な計算例
たとえば、以下のケースで考えてみましょう。
- 満期保険金:300万円(払込保険料総額250万円)
- 立退料(一時所得に該当):100万円(支出した金額なし)
一時所得の計算は次のようになります。
(300万円 + 100万円)- 250万円 - 50万円(特別控除)= 100万円
合算対象額:100万円 × 1/2 = 50万円
この50万円が総所得金額に加算され、事業所得などと合わせて超過累進税率が適用されます。元の収入は400万円ですが、課税対象は50万円にまで圧縮される点が一時所得の大きな特徴です。
03補助金の圧縮記帳を選ばなかった場合の取扱い
創業期に受け取ることの多い各種補助金について、個人事業主の場合は「国庫補助金等の総収入金額不算入」(所得税法第42条)による圧縮記帳を適用できるケースがあります。しかし、これを選択しなかった場合は、補助金の全額がその年の収入として認識されます。
補助金が事業所得に該当するか一時所得に該当するかは、その性質によります。事業の遂行に直接関連して交付される補助金(例:小規模事業者持続化補助金など)は原則として事業所得の総収入金額に算入されます。一方、事業との関連性が薄い給付金等は一時所得となる場合もあります。
圧縮記帳を選ばなかった場合、補助金全額が事業所得に上乗せされるため、その年の所得が大きく膨らみ、結果的に税率の段階が上がる可能性があります。この点は資金繰り計画にも影響するため、事前にシミュレーションしておくことが大切です。
04確定申告書への具体的な記載手順(令和8年分)
2026年分(令和8年分)の確定申告書を前提に、事業所得と一時所得の両方がある場合の記載手順を整理します。
ステップ1:事業所得を第一表・第二表に記載
青色申告決算書(または収支内訳書)で算出した事業所得の金額を、確定申告書第一表の「収入金額等」の「事業(営業等)」欄と「所得金額等」の同欄に記載します。
ステップ2:一時所得を第一表・第二表に記載
- 第二表の「所得の内訳」欄に、満期保険金や立退料の支払者名・収入金額を記載
- 第一表の「収入金額等」の「一時」欄に一時所得の総収入金額を記載
- 第一表の「所得金額等」の「一時」欄に、特別控除後かつ1/2する前の金額を記載(先ほどの例では100万円)
注意:第一表の「所得金額等」欄には1/2する前の金額を書きます。1/2の計算は「合計」欄で自動的に反映される仕組みです。手書きで作成する場合はこの点を間違えやすいので注意してください。e-Taxや確定申告書等作成コーナーを利用すると自動計算されるため、転記ミスを防げます。
ステップ3:総所得金額の合計と税額計算
第一表の「所得金額等」の「合計」欄では、事業所得の金額に一時所得の金額の1/2を加えた総所得金額が計算されます。先ほどの例で事業所得が500万円の場合、総所得金額は以下のとおりです。
500万円(事業所得)+ 50万円(一時所得の1/2)= 550万円
ここから所得控除(基礎控除・社会保険料控除・青色申告特別控除適用後の金額等)を差し引いた課税所得に対して、超過累進税率(5%〜45%)が適用されます。
05税率への影響をシミュレーションで確認
一時所得の加算により所得税率の段階が上がるケースを確認しましょう。
シミュレーション例
前提条件:個人事業主(青色申告65万円控除適用済み)、所得控除の合計150万円
- 事業所得:500万円
- 一時所得の合算額(1/2後):50万円
- 課税所得(一時所得なし):500万円 − 150万円 = 350万円 → 税率20%(控除額427,500円)
- 課税所得(一時所得あり):550万円 − 150万円 = 400万円 → 税率20%(控除額427,500円)
このケースでは税率の段階は変わりませんが、課税所得が50万円増えるため、所得税額は約10万円(50万円 × 20%)、住民税は約5万円(50万円 × 10%)の増加となります。課税所得が330万円付近や695万円付近にある場合は、税率の段階が切り替わるため影響がさらに大きくなります。
06創業期経営者が押さえておくべき実務上の注意点
源泉徴収との関係
満期保険金は保険会社から支払調書が税務署に提出されます。申告漏れは税務署に把握されやすい項目ですので、必ず確定申告に含めてください。
一時所得が赤字になる場合
一時所得の金額がマイナスになった場合、他の所得との損益通算はできません。一時所得内での通算にとどまります。
消費税の取扱い
満期保険金や立退料は消費税の課税対象外(不課税)です。事業所得の消費税計算に含めないよう注意してください。
- 一時所得(満期保険金・立退料等)には50万円の特別控除と1/2課税が適用され、課税対象額は大幅に圧縮される
- 立退料は契約内容により所得区分が変わる(譲渡所得・事業所得・一時所得)ため、合意書の確認が必須
- 補助金の圧縮記帳を選ばなかった場合は全額が収入に算入され、税率の段階が上がる可能性がある
- 確定申告書第一表の一時所得欄には1/2する前の金額を記載し、合計欄で1/2が反映される仕組みに注意
- 満期保険金は支払調書で税務署に把握されるため、申告漏れのないよう確実に計上する
