「本業のコンサルティングとは別に、EC販売も始めた。屋号も分けているけれど、確定申告ではどうまとめればいいのだろう?」——創業期に複数の事業を同時に走らせる個人事業主の方から、こうしたご相談をいただく機会が増えています。事業ごとに帳簿は分けていても、所得税の確定申告書は「個人」単位で1通。ここを誤ると、青色申告決算書の記載ミスや消費税の判定誤りにつながりかねません。本記事では、2026年(令和8年)の確定申告を見据え、複数事業を運営する創業期の経営者が押さえるべき実務手順を解説します。
01個人事業主の申告は「人単位」——複数屋号でも申告書は1通
まず大前提として確認しておきたいのは、所得税の確定申告は「個人」に対して課税されるという点です。法人であれば事業ごとに別法人を設立すればそれぞれ申告しますが、個人事業主の場合はいくつ屋号を持っていても、提出する確定申告書は1通です。
したがって、コンサルティング事業(屋号A)とEC販売事業(屋号B)を営んでいる場合でも、両方の売上・経費を合算して1つの事業所得として申告します。開業届についても、事業を追加するたびに新たな開業届を提出することは可能ですが、あくまで届出上の整理であり、申告書が2通になるわけではありません。
02青色申告決算書の内訳記載——「月別売上」と「所得の内訳」をどう書くか
損益計算書は合算で作成する
青色申告決算書(一般用)の損益計算書は、事業所得全体として1枚にまとめます。売上高欄には、コンサルティングの売上とEC販売の売上を合計した金額を記載します。
月別売上金額の記載方法
損益計算書の2ページ目にある「月別売上(収入)金額及び仕入金額」の欄も合算値を記入するのが原則です。ただし、事業内容が大きく異なる場合は、売上の内訳が分かるよう「雑収入」欄や空きスペースを活用して補足記載すると、税務署からの問い合わせを減らせます。
所得の内訳書の活用
確定申告書第二表の「所得の内訳」欄には、取引先ごとの売上や源泉徴収税額を記載します。コンサルティング報酬で源泉徴収されている場合は、この欄に取引先名・金額・源泉徴収税額を漏れなく記載しましょう。EC販売については通常は源泉徴収がないため、プラットフォームからの入金額を合算して記載すれば足ります。
ポイント:事業ごとに帳簿を分けて管理していても問題ありません。むしろ、事業別に補助科目や部門を設定して帳簿を分けておくと、決算書を合算で作成する際にスムーズです。会計ソフトの「部門管理機能」を活用すると、事業別の損益を随時確認できます。
03共通経費の按分方法——合理的な基準を「決めて・記録する」
複数事業を運営していると、どちらの事業にも関係する「共通経費」が発生します。典型的なものとしては次のような費用があります。
- 自宅兼事務所の家賃・光熱費
- 通信費(インターネット回線・携帯電話)
- パソコンやプリンターなどの減価償却費
- 会計ソフト・クラウドサービスの利用料
按分の基準は「合理性」がカギ
共通経費の按分基準には法律上の決まった計算式はありません。重要なのは「合理的な基準を自ら設定し、継続適用すること」です。実務上よく使われる按分基準には以下のものがあります。
- 売上高比率:各事業の売上高の割合で按分する。例えばコンサルの年間売上が600万円、EC販売が400万円なら6:4。
- 作業時間比率:各事業に費やした時間の割合で按分する。日報やタイムトラッキングツールの記録が根拠になります。
- 使用面積比率:自宅兼事務所の家賃などは、事業ごとに使用するスペースの面積で按分する。
たとえば、月額1万円の通信費を「事業利用70%・私用30%」で按分し、さらに事業利用分をコンサルとECで「作業時間比率6:4」に分ける場合、コンサル事業の通信費は月額4,200円(1万円×70%×60%)、EC事業は2,800円(1万円×70%×40%)となります。
なお、確定申告の損益計算書上は合算した経費を記載するため、事業間の按分自体は申告書の見た目には直接影響しません。しかし、事業別の収支を正確に把握するためにも帳簿上は区分しておくことを強くお勧めします。
注意:按分基準を毎年コロコロ変えると、税務調査の際に合理性を疑われる原因になります。一度決めた基準は原則として継続し、事業環境が大きく変わった場合のみ見直すようにしましょう。変更した場合はその理由を記録に残しておくことが大切です。
04消費税の課税売上高——複数事業の合算で「免税」か「課税」かが変わる
基準期間の課税売上高は事業ごとではなく個人の合計
消費税の納税義務の判定は、基準期間(個人の場合は2年前の暦年)における課税売上高が1,000万円を超えるかどうかで行います。ここで重要なのは、この1,000万円の判定は「事業ごと」ではなく「個人の全事業を合算した課税売上高」で行うという点です。
たとえば2026年(令和8年)の納税義務を判定する場合、基準期間は2024年(令和6年)です。コンサル事業の2024年の課税売上が700万円、EC販売の課税売上が400万円であれば、合算で1,100万円となり、1,000万円を超えるため2026年は消費税の課税事業者となります。
「それぞれ単体では1,000万円以下だから免税」と誤解してしまうケースは、創業期の個人事業主に非常に多い間違いです。
インボイス登録済みの場合の注意点
2023年10月のインボイス制度開始以降、免税事業者であっても適格請求書発行事業者の登録を済ませている方は、課税売上高にかかわらず消費税の申告義務があります。2026年の確定申告(2025年分)においても、登録を継続している限り消費税の申告・納付が必要です。複数事業の課税売上を合算したうえで、正しく消費税額を計算しましょう。
簡易課税の事業区分にも注意
簡易課税制度を選択している場合、事業の種類ごとに「みなし仕入率」が異なります。コンサルティングは第5種事業(サービス業・みなし仕入率50%)、EC販売で自社商品を販売していれば第2種事業(小売業・みなし仕入率80%)に該当する可能性があります。事業区分を誤ると納付税額に大きな差が出るため、それぞれの売上を正しく区分して申告することが重要です。
05実務をスムーズに進めるための3つのポイント
最後に、複数事業を運営する創業期の方が日常の経理から確定申告までをスムーズに進めるためのポイントを整理します。
- 事業別に銀行口座を分ける:入出金の区別が明確になり、帳簿の正確性が格段に上がります。口座を分けるだけでも、事業ごとの売上・経費の集計が楽になります。
- 会計ソフトの部門管理を活用する:1つの会計データ内で事業別の損益を把握できるため、確定申告時の合算作業が簡単になります。freeeやマネーフォワードクラウドなど主要なクラウド会計ソフトには部門機能が備わっています。
- 年の途中で税理士に相談する:年末や確定申告直前に慌てるのではなく、事業を追加した時点で税理士に相談することで、帳簿の設計や届出の漏れを防げます。特に消費税の届出は適用開始年の前年末までに提出が必要なものが多いため、早めの相談が鍵です。
- 個人事業主は屋号が複数あっても確定申告書は1通。事業所得は全事業を合算して申告する。
- 青色申告決算書の損益計算書は合算で作成し、帳簿上は部門別に管理すると実務がスムーズになる。
- 共通経費の按分は売上高比率・作業時間比率など合理的な基準を設定し、継続適用する。
- 消費税の課税売上高1,000万円の判定は全事業の合算で行う。事業単体で判断しないよう注意。
- 簡易課税の場合、事業区分ごとにみなし仕入率が異なるため、売上の区分記載が重要。
- 帳簿設計や届出の判断は、事業を追加した時点で早めに税理士に相談することが失敗を防ぐポイント。
